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第52話 ティルクに甘える

少し長いです。

 打ち合わせが終わり、ティルクは部屋へと案内する申し出を断って、いつもどおり私の部屋を使うつもりだ。

 ミッシュとアイリさんも当然のように同室での宿泊を希望してトルキア伯爵とシュゼーダさんに衝撃を与えていたが、伯爵が執事を呼んで一番良い部屋を用意しようとしたのも断って、私とティルクと並んで伯爵がティルクのために用意した部屋へと向かおうとする。


「ではガシュルさん、アイリさん、ベッドだけでも大きいものに入れ替えますので、お待ちください。」

 慌てて申し出た執事の言葉を遮って伯爵に向き直ったアイリさんが、口角を三日月に引いて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「伯爵。あなたもシュゼーダさんと体験してみるといいわ。

 狭いベッドで体を押しつけ合ってお互いを感じながら眠るのも嬉しいものなのよ。ね? 」

 アイリさんがこちらへと視線を向ける。


(え、そんなふうに話を振られて、私にどう答えろと。

 私がティルクと眠るのとは、きっと意味が違うと思うけれど。)

 返事に私が悩んでいる様子に、ティルクが目をキラキラと輝かせてにんまりと笑顔になるのを横目に見て、私は小さく首を横に振りながら眉間を押さえた。

(ティルク。そういう反応をするなら一緒に眠るの、止めるよ? )

 私がちろりと非難の視線を向けると、ティルクはペロリと舌を出してからすまし顔でそっと私の腕を取って、おやすみなさい、とみんなに挨拶をして部屋に下がろうとする。


 それを見たミッシュがにやりと意地の悪い笑みを溢した。

『ティルク、話はこれからが本番だ。

 2人の部屋にお邪魔するぞ。』

 あからさまに嫌な顔をしたティルクの横をミッシュとアイリさんが腕を組んで伯爵たちと別れて私室に向かい、私の部屋の応接セットで私たちは再び向かい合ったのと同時に、なぜか私は不安な気持ちが込み上げてきて息苦しくなるのを感じた。


「さっきフェリアスがセイラと関わりがあると言ったのは、フェリアスも異世界から召喚された異世界人だからよ。」

 私が用意したお茶を片手にアイリが切り出す。

「フェリアスさんが、異世界人…… 」

 同郷の人がいた、と思いながら私が呟くと、アイリさんは(こうべ)を振りながら説明を続ける。


「この世界のほかにも世界は無限にあるの。

 ほかの世界の中にはこの世界とは違うルールが構築されているところもあります。

 アトルガイア王国の召喚は、その違いがアトルガイア王国の召喚者たちにとって都合の良い方向に現れる可能性が高い人間を見つけ出して、その幽体を呼び寄せて利用しようというものよ。


 フェリアスの世界の特徴は、動物の性が分化しないまま成長すること。

 性別は思春期に幽体が男女のどちらかに揺れて初めて決まって、その後は変化しないそうよ。」

(子どものうちは性別がない世界…… )

 想像もしていなかったフェリアスの故郷の話に、私は唖然とした。


「フェリアスが召喚されたのは10歳、性別が決まる前でね。

 一方で召喚のために用意された体はマッチョな壮年の男性だった。

 そこにフェリアスの幽体を入れれば、幽体が深刻な影響を受けることは確実だった。

 言い訳になるけれど、当時の私は主神ガシュミルドがいなくなって間もなくで、ガシュミルドが分担していた男神の役割の分も私1人で担わなければならないのに、私の神格は神としてはかなり低い方でね。

 初めて訪れた異世界人を迎え入れるために、私はできる限りの丁寧な対応はしたけれど、経験不足は否めなかったわ。


 私はアトルガイア王国の召喚の紐を断ち切って、フェリアスを私の管轄する女性型の使徒に移して様子を見ることにした。

 使徒は使用者の意識を反映させるから、フェリアスの未分化な体とフェリアスが入って変化した使徒の体の見た目は、その時点ではほとんど同じだったし問題は無かったはずよ。


 でも、それから数年が経つうちに、問題が表面化したの。

 フェリアスの体は成長はしていたけれど、性的にはほとんど変化していなくて、調べてみたら、フェリアスの幽体は男性の意識に目覚めていたことが分かったの。」


(それって、私と……セラムの状況に似ている、よね。

 私の場合、体はメリハリ抜群のアスリーさんだったけれど。)

 召喚された直後の性的認識の危機的状況をろくに理解できないうちに体が爆散するような目に遭って、セラムは召喚したときのあの衝撃的な体験をトラウマになることもなく、よく耐えたものだわ。


 アイリさんの説明はやや気怠げな声色に聞こえて、やっぱりフェリアスさんの対応には苦労したんだろうと察して、女神の人間くさい側面というのは何だか新鮮だった。


「私が女性の加護しかしていないのは知っているわね。

 私は男性の使徒は持っていないし男性の体のことはよく分からない。


 セイラの幽体をアスリーに移していろんな能力を与えたのは、私が経験したフェリアスの事例にセイラを近づけて、何が起こるかの予測をし易くするためだったの。

 そしてフェリアスの処理で起きた失敗を踏まえて予防措置を講じて、あなたがこの世界にうまく馴染むことができるように配慮したつもりよ。」


”リーアはセイラが強くなるとか男に戻るとかについて、一切斟酌していないだろうことは間違いがない。”

(以前、アスモダに入ったばかりの頃にミッシュにそう言われて落ち込んだことがあるけれど、なによ、全部外れたじゃない。)

 リーアは私が強くなるように配慮してくれていたし、私が元に戻れるかもちゃんと心配してくれていた。

 私はミッシュのあのときの言葉を思い出して、ミッシュを睨んだ。

『すまんな。あの当時にリーアがどんな心境だったか、俺は知らなかったんだ。』

 私の心が読めるミッシュは、眉を少し上げて軽く首を振って私に念話を寄越す。


「結果論だけれど、今のフェリアスは女性。

 それで、まずはセイラにはフェリアスに会ってもらって、将来に備える心構えをして欲しいの。

 セイラのこれからのことを相談するのは、その後が良いと思うわ。」

 アイリさんは頼りになる。私はアイリさんの提案を受け容れた。

(取り敢えずはフェリアスさんに会って話を聞けば、もっと詳しいことを教えてくれるみたいだし、ティルクのご先祖様にお会いしてみて損はないわよね。)


 そんなふうに気軽に考えていた私は、アイリさんの視線がティルクに向いているのに気が付いた。

(ああ、ティルクも私がどうするかで将来が変わるのよね。

 私が残ってセラムがいなくなったら、ティルクはやっぱり悲しむだろうな。)

 ティルクを悲しませたくはないけれど、ことは私とセラムの……どちらかが生き残り、どちらかは思い出になるかという問題。

 そこにティルクの意向を織り込みたくないとティルクに詫びながらティルクの顔を覗き込むと、ティルクは意外にも目を輝かせて嬉しそうだった。


(あれ? )

 すごい違和感。

 だけど、その理由を直接ティルクに確認するのは躊躇(ためら)われた。


◇◆◇◆


「姉様。この間は()ったりしてごめんなさい。」

 アイリさんとミッシュが自分たちの部屋に行き2人になって、ティルクは私に詫びてきたけれど、原因は私にあったことを今は理解している。


「ううん、あのときは私が悪かったの。私こそティルクやみんなに申し訳なかったわ。」

 ティルクに素直に頭を下げてティルクに許してもらった。


 それからは私が旅に出て以来のことを、暴漢に襲われたことなどは省略して話していたのだけれど……

「え、姉様、あの男の子、姉様の弟子?

 姉様が弟子を取るなんて、本当?

 姉様の恋人じゃないよね。」

 迫力の籠もった険のある言葉が飛んで来た。


「こ、恋人って、んなわけないでしょ。」

「だって姉様、マッチョなイケメンが好きでしょ。

 あの子、筋肉の付き方はまだ甘いけれどちょっと可愛くて顔はまあまあだし……。

 姉様、ぐらついてたりしてない? 」


(へ、マッチョなイケメン?)

 ゲイズさんの顔と体がぽわんと浮かぶ。

(あー… )

 ぽわん、ぽわん、と最近、印象に残っちゃった男の人や男の子が浮かんで……なぜか意図した以上に強く反発しちゃった人のこととか……


(ぐぅっ。

 ……自覚してなかった。)

 急速に顔が火照って、耳が痛いほど熱くなるのが分かる。


「姉様? どうしたの? 怒った? 」

 急に黙って顔を洗いに席を立って寝支度を始めた私の後から、ティルクが狼狽えて声を掛けて来たけれど、知らないっ。

 ごそごそと後から布団に潜り込んで来ようとするティルクを軽く何回か蹴飛ばして、赤い顔を枕に顔を(うず)める。

 枕から突き出した頭を抱え込んで、ティルクが私の肩に手を回してきたので、えい、この際だ、思い知れと、いつもと逆にティルクの胸に顔を埋めてやった。


 ひゃっという声を上げて一瞬硬直したティルクだったけれど、やがて、ふふふふ、という嬉しそうな忍び笑いが聞こえて、ティルクが私の頭を撫で始めた。

 髪に手を入れて優しく指で頭皮に触れながら髪を()き、一房を抓んで指に巻いて(よじ)り、解してパラパラと落とすとまた髪を丁寧に撫でてくる。


 気持ちが良い。

 さっきアイリさんと話していたときといい、なぜティルクはこんなに上機嫌なんだろうと思いながら、髪を弄られる気持ちよさに身を任せるうちに、私は眠りに落ちた。



前振りが分かり難くて、やっぱり書いておいた方がいいと思ったので、あとがきに追加しておきます。

ここのところ、セイラの性格がおかしいとお感じの方々、正解です。

理由は(たぶん)次話あたりで出てきます。

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