第51話 わあ、人間になったミッシュ、渋い佳い……いいえ、なんでもないです
ティルクが到着してしばらくしてにガズルさん夫妻が到着して、お互いに簡単な紹介をした後で、一緒にトルキア伯爵のところへ挨拶に行くことになったのだけれど……
ガズルさん夫妻はティルクが私たち仲間と偶然遭遇したことにびっくりしていたけれど、中でもコールズさんと私、特に私には熱い視線を向けられた。
「噂の魔王妃様にお会いできて、すごく光栄です。」
(噂の魔王妃!
眷属が増えているから知ってはいたけど、やっぱり噂になっているんだ。
それに呼び方が婚約者じゃなくて魔王妃…… )
正式な手順を踏んでいないだけで、称号には魔王妃が付いているから、間違いじゃあない。
でもその呼び方に国王の妻はもう確定、みたいなニュアンスがありありと感じられて、それが一般の人たちの目線なんだということに思い当たると、すごく辛いものがある。
伯爵はちょうど手が空いていて、婚約者のシュゼーダさんと一緒に私たちの応接をしてくれた。
「ガズルさんご夫妻はよくおいで下さいました。
ちょうどセイラ様たちも当城にご滞在中でして、ご夫妻もアンパーにご滞在の間、当城にお泊まりいただけるならばありがたい。
歓迎致しますので、ぜひどうぞ。」
社交辞令とは思えない伯爵の提案に、夫妻が遠慮がちながら和やかに頷く。
後で聞いたところだと、アンパーに滞在する他種族の人たちは多くないらしい。
「愛血族の方々に血を吸われるんじゃないかと疑心暗鬼になる訪問者が多いことを愛血族の方自身がよく理解しているから、普通は愛血族の方たちって旅行者にあまり踏み込んでこないんです。
ただ、ドワーフは自国からほかの地域に行くにはアンパーを通っていきますから、できるなら愛血族の方たちと仲良くなりたいと考える人は割といるんですよ。」
そう聞いて、ドワーフは愛血族にあまり偏見がないことが分かって、私たちに親切にしてくれている愛血族が孤立している訳ではないことが分かって少し嬉しかった。
ティルクとガズルさん夫妻との引き合わせが終わって、伯爵の元を辞そうと考えていたときだった。
部屋の奥からコンコンとノックの音が響いて、伯爵とシュゼーダさんの顔つきが緊張に包まれる。
2人が緊張する理由が分からずに様子を窺っていると、扉がゆっくりと開いて一組の男女が部屋に入ってきた。
「ガシュルさん!
物置からいらっしゃるから、誰かと思いましたよ。
うちの者が私の私室の近辺に転移する筈がありませんからね。」
伯爵が感動の面持ちで声を掛けた2人、見知らぬ男性がたぶんミッシュだろう。
(これが人間バージョンのミッシュなんだ。)
初めて見る人間の男性の姿をしたミッシュは、背が高く均整の取れた筋肉質の体に、濃い緑色の目に金色より赤の強いハシバミ色の短い髪とあご髭を生やした少し気難しげだが影がある分渋い男っぽさがでている。
(まあ、元は神様なんだから、きっと男前なんだろうとは思ってたけど。)
そんなことを思いながらミッシュの後ろの女性を見遣って、私はびっくりした。
女神リーアだ。
リーアは鋭い突き刺さるような眼差しを私に向けていて、私は以前にウィーナさんからそんな視線を向けられたことを思い出した。
(え、リーアって、そうなの? )
女神に恋敵と思われて得なことなんか一つもない。
(私、ミッシュとどうこうなる気はさらさらないですよ? )
ぷるぷると首を振る私の気持ちを読んだリーアの視線が和らいだことにほっとする。
そしてリーアがミッシュを好きらしいことには興味をそそられたけれど、怖いので黙っていることにした。
ガズルさん夫妻も神像で見慣れているリーアのことは分かったようで、慌てて跪こうとする2人を見たミッシュが半歩移動して2人の視線を遮って微かに首を横に振ってみせたので2人は動作を中断したけれど、顔色が少し青ざめている。
「少し相談があるのですが、よろしいでしょうか。」
そして、ミッシュがガズルさん夫妻に視線をやりながらそう切り出すと、ミッシュの要請を察したガズルさんが伯爵に退席を求めて了承された。
ティルクはミッシュとリーアのことは分かったみたいだけれど、私が特に反応しないのを見て合わせることにしたようで、黙って体の力を抜いている。相変わらず、本当に肝の据わった娘だと私は感心した。
夫妻がいなくなった後に私たち6人は席に着いて、ミッシュの発言を待っていたのだけれど、口を開いたのはリーアだった。
伯爵とシュゼーダさんは先ほどからミッシュと話をしながら、この女性の風貌に心当たりがあるのだろう、気遣わしそうに言葉を待ち受けている。
「私のことはアイリと呼んで下さい。
ガシュルの連れということで、それ以上のことは内密ですよ? 」
にこりと笑ったアイリさんに皆が頷き、シュゼーダさんからはごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「それで、今回の訪問の用件ですが、ティルクのご先祖に当たる魔王フェリアスはまだ存命でね、彼女とは私たちも関わりが深いので、面会に立ち合おうと思ってやって来たのよ。」
先祖である魔王がまだ生きていことを初めて聞いてびっくりしているティルクへ、アイリさんはフェリアスの現在の境遇について掻い摘まんで説明をして、それから私を見る。
「フェリアスはセイラにも関わりがある人なの。」
え、と声が漏れた私に、ミッシュが言葉を継いだ。
「セイラとフェリアスの関わりは後で説明する。
今はセイラとティルクの2人がフェリアスから直に話を聞けば、それぞれの持っている悩みの解決に向けた方向性が確認できると、そう思っていてくれればいい。」
ちらりと伯爵とシュゼーダさんを見た動作で、当事者だけの話とみんなが理解した。
そんな前置きが終わって、フェリアスさんとギダルさんに会いに行く具体的な相談を始めようとして、アイリさんが私たちを止めた。
「ちょっと待って。
ティルク、カバンに何か入っているわね。全部出して。」
アイリさんの指示にティルクがカバンに手を伸ばし、女性の私物が出てくることを気遣って伯爵がミッシュの袖を掴んで後を向く。
ティルクも収納空間が使えるためにカバンの中には身の回りのごく私的なものしか入っていなかったので、伯爵の対応は誠に適切なものだったのだけれど、特段問題がないものしか入っていないと思った後から、黒い石が一つ転がり出てきた。
何もなかったじゃない、と思った直後、アイリさんが持っていた細身の剣で石を貫いた。
石はパチンッと弾けたと思うと、小さな細長い影が蛇のようにうねってアイリさんへと飛びかかり、空中でパシュウと気の抜けた音とともに消えていった。
「ティルク。敵──魔族の指導者と出会っていたわね。」
「え、いつ?
私、旅に出てからガズルさんたち以外、誰とも会っていないし話していないわよ。」
アイリさんに言われてティルクが慌てる。
「──そう。
なら、一方的に見つけられて荷物に仕込まれたのね。
これはガシュルの今の神格では気が付かないわ。
ガシュルを出し抜いて、ティルクを自分の手駒にするために仕込まれたのね。」
アイリさんの説明にティルクは青ざめたけれど、もう心配要らないとアイリさんが請負い私が手を握っていてあげると、だんだんと落ち着いてきたようだった。
それからは少し寛いだ雰囲気になったので、シュゼーダさんがお茶を用意しようとするのを私も手伝って、みんなでケーキとお茶をいただきながら、フェリアスさんたちのところへ行く方法やその後の段取りなどを相談する。
結論として、明後日の朝に楽園に向かい、楽園でまずギダルさんたちに念話で連絡して、ミッシュに楽園内を軽く案内してもらった後でこちらへ戻ってギダルさんたちと合流し、話をすることになった。
諸般のバタバタがありまして、更新が遅くなっていますが、少しずつ書き進めています。
落ち着いて書かないと書き込みがおざなりになっている実感がありまして、急がないことにしたせいでもあります。
しばらくの間、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくご了承下さい。




