第50話 ふぐっ、妹属性属性じゃなくてダメ属性
泣きじゃくるティルクを立ち上がらせて自分とティルクの服に付いた汚れを払ってから背を伸ばして、不意に気が付いた。
(あれ? ティルクの方が背が高い? )
ティルクの方が私よりも10センチくらい背が低かったはずだったのに、今は私より少し高いくらいのところにティルクの顔がある。
ちょっと見ない間に、いつも視線を下げて見ていた相手が自分よりも背が高くなっていることにびっくりした。
(ずいぶんと背が伸びたのね。
でも成長期なんだから、仕方ないか。)
ティルクと同じく最近になって自分よりも背が高くなってしまったソバット君のことも思い出しながら、悔しいけれどそう納得しようとして、ふと違和感を覚えた。
(……ウィーナさんに威城のメイドのみんな、全員が私より背が高くない?
私、そんなに背が低かったっけ。)
記憶を手繰って真実に突き当たる。
(私の背が縮んでるんだ! )
私の体は本来の自分の体じゃなくて、女神リーアの使徒だ。
そして使徒の体や顔の形は、わざわざ変形魔法を使わなくても、使っている者の意識を反映して変わる。
──ということは。
(うわあ、思い切りやっちゃった。
私、緩んでそこまで後ろ向きになってたのか。)
思わず右手を顔に当てて項垂れた。
緩んでいた自覚はある──というより、緩んでいたことを認識したからこそ、何かしなくちゃ、と思い立った。
◇◆◇◆
私が直感を覚えてから何度かコールズさんと手合わせをして、コールズさんに対する現時点での絶対的な優位を確認した上にコールズさんがなかなか直感を覚えられないでいるのを知ったときに、私はシューバを自力で超えたような気分になってしまった。
少し前からまた急速に増え出して私の中で渦巻いている眷属の戦闘力も、今にして思えば私が気を大きくした原因だろう。
シューバに実力では勝てなかった負い目と来たるシューダ討伐への圧迫感が急に薄らいで、私は根拠もなく安心した。
それでたぶん、これまできちんとしなきゃと思って張ってた気がふっと抜けちゃったんだと思う。
そのタイミングで胸を大きくしたのは偶々だったけれど、切迫した気持ちが消えたら、急に自分のスタイルが気になり始めて、こっそりと部屋の鏡で何度もスタイルを確認しては似合う服とかを当てて楽しんでいた。
そして尋ねてきたトルキア伯爵の婚約者シュゼーダさんにその現場を見つけられて、シュゼーダさんは真っ赤な顔で言い訳する私に、普通の女の子の心がある人で良かった、と喜んでくれてお茶会に誘われた。
今のメンバーは女の子が多いくせに、訓練とか魔物討伐とかでいつも殺伐としているから、偶には女の子らしいことを、とウィーナさんや威城のメイドのみんなにも声を掛けたのだけれど、私たち、もてなされる側に回ると肩が凝るから、と遠慮されてしまった。
で、私が1人でシュゼーダさんのところへ何度かお邪魔して、2人でお茶をしながら、普段滅多にしないおしゃれの話や美容の秘訣を聞き出したりして、楽しく過ごしていたんだよね。
本来は引っ込み思案なシュゼーダさんと意気投合して過ごすうちに、今回私が母様に放り出される原因になった人に頼りたい気持ちが、だんだんとまたぶり返していたんだろうと思う。
半ば無意識に、ほかの人がやろうとしている気配を感じたら自分は手を出さずに人にやってもらおうとし始めたのを覚えている。
恐らくこの辺りの意識の変化が背が縮み始めた原因だろうと思う。
そんな私がシュゼーダさんとのお茶会を止めたのは、2人が大分打ち解けて、これだけ仲良くなったらそろそろ良いかとシュゼーダさんがお互いの恋バナをしようと提案してきて、私とダイカルとの馴れ初めを聞きたがったことが原因だ。
私とダイカルとの出会いは、ダイカルとの初夜の床入りの最中に突然にアスリーさんと幽体が入れ替わって女の子の経験をしてしまいそうになったことに始まって──
その次はベッドだけ分けて、新婚夫婦を装いながら同じ部屋に同居して──
そのまた次は妊娠疑惑が発生して、ダイカルが危うく子どもの認知と私を第2婦人として受け容れることの覚悟を決めそうになったお家の大騒動……
いや、これ、人に話せないでしょ。
少なくとも、世間的にまだ生娘ですは絶対に通らない。
生娘ですが通らないと、ダイカルとの恋愛関係がなくても否応なしにダイカルの妻だか妾だかが確定しまうし、その辺の事情を他国の伯爵婦人(予定)に無邪気に告白することもできない。
私がどうしたものかと悩んでいると、シュゼーダさんがさらに爆弾を放り込んできた。
「ねえ、セイラさんがアスリー王妃に代わって魔王妃の儀をお勤めになったっていうのは本当ですの。」
(え、なんでそれを知って── )
「実はガルテム王国にある領事館から、ガルテム王国の国民の間でそんな噂が広がっていると報告がありましたの。
アスリーさんのための儀式だったとはいえ、すでに魔王妃の儀を受けて、真実の魔王妃であると世界各国に向けて証明なさったセイラさんが魔王妃の座に就くのは当然だろう、むしろセイラさんが第1王妃であるべきなんじゃないかという声が、国民の間から上がっているそうですよ。」
(なんでそんな話が広まってるのよ。)
朗報を届けたつもりで嬉しそうに打ち明けてくれたシュゼーダさんの話で私の顔色がさーっと青ざめたことにシュゼーダさんが気が付いて、不躾な話題を出してしまったことを平身低頭に詫びられながら、その日の恋バナは取り止めになった。
(冗談じゃない。シューダなんかさっさと討伐して、噂が広がって大事にならないうちに逃げなくちゃ。)
ようやく緩んでいた私の意識が前を向いて、やるべきことをやってさっさとビアルヌで次の準備をしようと思ったのが、私がみんなにビアルヌへ帰ることを提案した切っ掛けだった。
◇◆◇◆
(うわー、何やってたんだ、私。)
身長が縮んでも気付かないくらいにふわふわと現実から目を逸らして、他人任せでみんなに甘えていたら、みんなが心配して私に優しくするのも当然だわ。
妹属性なんて明後日のことを考えている場合じゃなかった。
気持ちを切り替えていつもの自分をイメージすると、使徒の体は現金なもので身長がぐんぐんと伸びていく。
鍛え直したつもりで全然成長していなかったという後悔は猛烈に込み上げてくるけれど、少なくともティルクにその弱さを見せたくはない。
私がおかしくなったときに一番泣いていたのはティルクだもの。
「ティルク、久しぶり。元気そうね。」
傍で涙を拭いて怪訝そうな視線をこちらへ向けたティルクに、私はにっこりと笑ってみせた。
ティルクは一瞬、あれ、という顔をしたけれど、その視線がすぐに私の胸に張り付いて嬉しそうな笑みを広げる。
(また枕にしようとするんだろうな。)
そんなことを考えて溜め息を吐きながら、私はティルクをほかの仲間に引き合わせようとみんなに声を掛けて、それに応じて三々五々に集まってくる中で、ティルクはひたと一人の男性に視線を据えると、いきなり剣に手を掛けて駆け出した。
「そこにいたかーっ! 」
(え、ティルクとソバット君って、知り合い? )
びっくりしながら、でもレベル差が10倍からあるティルクが斬りかかると危ないので、私はソバット君の前に結界を張った。
見えない壁が音もなく振られたティルクの剣を止める。
「やっぱり姉様はコールズに騙されてるんだっ! 姉様、術を解いて! 」
「俺がどうかしたか? 」
私に向かって叫ぶティルクに名前を出されて、コールズさんがずいと前に出てきた。
「! …… 」
ティルクは、そっちかっ、という顔で振り返って、コールズさんをじいっと見詰めたと思ったら急に体の力を抜いて剣を下げた。
「「「?? 」」」
コールズさんと私とソバット君が顔を見合わせて、なんだろうと思っていると、ティルクはソバット君にぺこりと頭を下げて、ごめんなさい、と言うとそそくさと戻ってきた。
「あれは絶対に姉様の好みの顔じゃないし。大丈夫、だよね、姉様? 」
首を傾げる私に、ティルクがぼしょりと聞いてくる。
(この子は…… )
無言でティルクの両耳を引っ張る私にマイナが声を掛けて来た。
「あら、ようやく調子が出たみたいじゃない。
やっぱりあなたたち、良いコンビよね。」
マイナだけじゃなく、威城のメイドのみんなとウィーナさんも笑顔を見せた。
ああ、まあ。
私がみんなに甘えていることに気が付いたのはティルクのお陰だし、そういうことでいいかな。




