第19話 第三形態は外見に変化なし? 死にそうになりました
遅くなりました。
なお、少なくとも明日は更新はお休みです。
森を歩いていて、俺はドングリのような形の、長さが7センチ前後はありそうな木の実が落ちているのに気が付いた。
「これ、アグチで間違いないよね。」
ミッシュに聞くと、そうだな、と返事があり、俺は母様にもお願いして拾い始める。
このところ肉に草を添えて食べているから、たんぱく質と脂質は取れていても炭水化物は取れていないが、確かこの三つの栄養は大切だったはずだ。
アグチが炭水化物を体に供給してくれて、たぶん、体の栄養バランスを整えてくれる。
母様がいやに簡単にアグチを集めているのを見て、ある予感がして母様が集め始めたアグチをチェックすると、やっぱり母様はアグチの選別などしておらず、虫が喰った穴が空いたものがたくさんあった。
なので、一つを割って母様に見せて、穴が空いていないものを集めてくれるように頼もうとしたら、母様は顔色を青くしてしがみ付いてきた。
「ひっ。む、虫っ! 私、食べないからね! 虫が食べるようなもの、私、絶対に食べない! 」
(あー。知らないのか。)
「母様、食べ物に虫は付くものなんですよ?
母様は身分が高いから、料理をする人が虫が付いていないものを選別して調理してくれているだけです。」
そう教えたら、母様はさらに顔を青くして、頭を振っていやいやをする。
「それに、食べ物に付いている虫のほとんどは間違えて口に入ったとしても害はありません。」
親切のつもりだったが、母様は目尻に涙を浮かべて、イヤ、絶対食べない、と震えている。
お姫様にいくら説明しても、これは無理だな。
そう結論を出して、俺は母様に、集めたアグチは一つ一つ中を割って確認して、母様にお見せしてからお出しします、と説明して、何とか納得してもらった。
母様はそれからアグチの実に絶対に触ろうとしない。
溜め息を吐いて、俺は黙々と実を拾い続けた。
少し進むと湿地帯に出て歩くことしばらく、足に突っ張るような違和感を感じて、見ると血を吸って太ったヤマビルが食いついていた。母様を見るとやはり足に何匹も食いついている。
先ほどの虫に対する反応から母様に知らせるのは後にして、こっそりと自分の足に付いたヒルを取ろうとしたが、引っ張っただけではなかなか取れず、爪を喰い付いた隙間に差し込んで引っ剥がすと取れた。
これは念入りに取る必要がある。
さらに下から何匹もが上ってきているのも見つけて、仕方なく俺は母様に声を掛けた。
「母様、ちょっと動かないでください。下を見ないでくださいね。」
俺は母様にそう伝えて、足に上がってきているヒルを払うと自分の足の付いたヒルも払い始めたのだが、母様の視線が俺の足に向き、次に自分の足に向いて、ぎゃーっ!!、と悲鳴をあげた。
しまった、と思ったが、母様が闇雲に走り出したので慌ててミッシュに思念を送ってヒルがいなさそうな場所を聞いて、大声で母様に指示をした。
母様は乾燥した小高い峠を目指して駆けていき、あっという間に見えなくなった。
さすがレベルが違う、全然追いつけない、と俺は息を切らせながら見失っていた母様をミッシュに教えてもらって後から追いつくと、母様は必死で足を蹴り出しながら、ひぃ、ひぃっ、と悲鳴をあげてイヤイヤをしている。
吸い付かれたままなのはイヤだが、ヒルを取るために触るのはもっとイヤなのだろう。
仕方がないので、母様にヒルを取りますからじっとして、と指示をして、震える母様の足から一匹ずつヒルを剥がしていった。
それから、もしやと思って母様のスカートを少し捲ってみると太股にまだ2匹ほど喰い付いていて、スカートの裏地にも這っている姿が見えて、服や髪にも付いている。
これは勢いよく走ったから蹴り上げられてあちこちに付いているな。
まずは母様の太股に吸い付いているヒルを取ろうとするが、母様はブルブルと震えながらしがみ付いてくるのを、ほら、母様、離れてくれないとヒルが取れません、と説得して離れてもらい作業を続ける。
俺は母様の荷物を肩から外すと入念に調べた後で、中からレギンスと短パンのいつもの運動着を取り出して、服を脱いでもらって下着姿のまま、母様の体にヒルが付いていないか、入念に確認をした。
髪や首筋などもよく確認してから着替えてもらっている間に着ていた服も確認して、自分にも母様に確認してもらって同じことをした。
そんなことをやっていると、2人が着替えたときにはたぶん1時間くらいが経過していた。
母様は大きな岩の上に座って、死んだ目で脱力している。
ふと瞳の焦点が合ったと思ったら、立ち上がって、自分のお尻と岩と周りとのチェックをつぶさにし始め、はあ、と息を吐いてまた座り込んだ。
──母様、虫が苦手なんだ。でもここは山の中だし、青葉の季節なんだから、虫から逃れるのは無理ですよ?
そう気の毒に思っていたら、今日はもうここから動かない、と母様が駄々をこね始めた。
「まだ、お昼前ですよ? まだ日は長いのに、どうするんですか。」
「今日はここでお昼を摂って、それから訓練をして過ごしましょう。」
聞くんじゃなかった。他にすることがなくなると、母様には訓練の二文字しかない。
仕方がないので、まずは料理に取りかかる。
まずはアグチを茹でてきちんとアク取りをして、実を割って中身を出して母様に確認してもらい、それからまな板用に作って持ち歩いている板の上で洗った石でアグチを磨り潰し、味を見て刻んだ香草を混ぜ込んで味を調えると、母様に頼んで剣で薄く表面を削いできれいにした板…のようなものに擦り付けてたき火の側に立てる。
それからミッシュが取ってきてくれた獲物を解体して肉を刻んで鍋に入れ、草や香草の味を見ながら塩で味を決める。
単純かもしれないが、どんな香草を使うかで味にバリエーションがでるのが面白い。落ち着いたら、いろんな作り方でいろんな食材を使って作ってみるのも面白いかもしれないな。
それに……あまりおおっぴらにしていないが、女の体になってから、甘いものが美味しいのだ。
いっそお菓子が作りたい。可愛い形にクッキーとかを成形して、うまくできたお菓子を摘まんで食べると最高に幸せ……ああ、止めよう。こういうことを考え始めると、なぜか大事な何かに負けているような敗北感がひしひしとこみ上げてくる。
「ふう! セイラちゃん、腕前が上がってるわね。この焼いた…ええっとアグチだったかしら、とっても美味しいわ。」
母様はおばあさんしゃべりを止めた反動だろうか、話し方が少し若作りになっている。今は38歳だが、ザカールさんと離れ離れになった30歳台前半の言葉使いに戻すつもりのようで、俺のことをちゃん付けし始めた。
◇◆◇◆
食休みが終わって、訓練が始まった。
今は基本の型を覚えて、基本の型から次の型へと動作を連係させる練習をしている。
まず正面の上からの振りをステップで躱して左右どちらからかの攻撃を剣か柄で払い、正面に切りつけてさっき払って体勢が崩れた敵を切り、反対側から来た敵を突きで倒す。
もちろん、受け手の順番や技は無限にあり、母様から、正面下、右突き、また右右横……などと、次々と攻撃のパターンが変えて指示があり、対応が拙いと叱責が飛ぶ。
ふと思いついて、久々にオートモードを入れて母様に焦点を当ててみた。
フュン、シユーュッ、ヒュッ……
体が目も止まらないような動きをして凄い風切り音が響き、3手目を過ぎたところから急に意識がなくなり……母様に呼ばれて目が覚めて、凄い筋肉痛に脂汗がでた。
「セイラちゃん、馬鹿ねえ。オートモードを入れたでしょ。
私ができない理想をイメージしてたら、いきなり熟してひっくり返るんだもの、びっくりしたわよ。」
母様。自分でもできないことを理想に、俺にその実現を求めてたんですかっ!
どおりで訓練が厳しい訳だ。
アスリーさんの体の能力が高いから、転生してから筋肉痛が出たの、初めてです。
ということは、さっきの3手はアスリーさんをも上回ってた訳で……それは倒れて当然です。
ステータスを確認すると、わずか10分くらいしか訓練してなかったはずなのに、レベルが15も上がっている。
うお……。
俺は思わず呻いて絶句した。
母様に回復魔法を掛けてもらって、少し落ち着いて起き上がると、母様から提案があった。
「セイラちゃん、オートモードとオートモードセーブとで体の制御にどれくらいの違いがあるのかしら。
もし、セーブを使えばある程度無理を抑えられるのであれば、私の指示を聞きながらオートモードセーブで動いて、体が技を覚えて馴染む速度を早くできるんじゃない? 」
ああ、それは試してみる価値があるな。
「母様、オートモードセーブでやってみますので、まずはお手柔らかにお願いします。」
オートモードセーブは、俺が付いていけなくなると、無理にでもそれ以上を実現しようとはしなかった。ただ、限界までは要求する。
15分の訓練で母様がどんなに活を入れても動けなくなり、母様が諦めてお茶が欲しくなり、人生で初めて自分でお湯を沸かして鍋の縁を手づかみし、熱湯をそこら中に撒き散らして大騒ぎして、回復でやけどを治療している間、俺は何の感情も湧かずにぼーっと蹲ったままだった。
レベルは10上がっていて、30分ほどの間にレベルが25も上がったのを見て、母様もさすがにやり過ぎだと思ったのだろう。
俺が反応を示すようになるまで辛抱強く待つと、今日はもう夕食後に10分だけと宣言して、ターフを張って下に布を敷くと、夕方まで休もうと提案してくれた。
結局この日、一日で得たレベルは40、転移されてからこれまでに得たレベルの3割ほどを一日で稼ぐことになった。




