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第44話 ミッシュの人間形態。何それ、すごく見てみたい

 それなりに興味を引かれるところのある話だったのだけれど、トルキア伯爵の長い話をここまで聞いて、私は肝心の部分がまだ出てきていないことにちょっと苛立(いらだ)っていた。


「それで伯爵、なぜそのことが伯爵がこれまで結婚を引き延ばしていたことと関連しているんですか。」

 つい口を挟んでしまう。


 伯爵は少し傷ついた顔をしたけれど、でも答えてくれた。

「私たちが楽園に入ったとき、ガシュルさんは私たちとは行動を別にして去って行きました。

 ただ、そのときに私がまたお目にかかりたいと言ったら、ガシュルさんはこう(おっしゃ)ったんです。

 ”私がトルキアさんと次に合う機会か。

 ……そうだな、あなたが妻を(めと)るのと時を同じくして再び戦乱の兆しが巻き起ころうとしている、そのときには会うだろうな。”」


 伯爵は言葉を切ると、俯いた。

「そのときには思わなかったのですが、シュゼーダ嬢と婚約をしたある日に、ふと、私の結婚が再び訪れる戦乱の時代の予兆となるのでないかと思いついてからは、結婚することが恐ろしくなって、シュゼーダ嬢との結婚に踏み切れないできたんです。」


(……ああ、確率って考え方はこの世界にはないんだったっけ。)

 私は眉間を指で押さえながら考えた。

 トルキア伯爵の言葉が正確にガシュルさんの言ったことを再現しているのだったら、ガシュルさん、いやミッシュは、一連の出来事の連鎖の結果、伯爵の結婚と戦乱の兆しが同時に起きるような流れに物事が進んだ場合は、2人が再会する可能性が高いという話をしただけなんじゃないのかな。

 それを伯爵は自分が結婚しようとすれば悪いことが起きると取っちゃって、わざわざ今の、戦乱の兆しが起きそうなときまで結婚を引き延ばしちゃったんじゃなかろうか。


「あの、伯爵。」

 私はそのことを確認しようと声を掛けてから、(かたわ)らで黙って話を聞いているシュゼーダさんに気が付いて止めた。

 だって、事実が私が思ったとおりなのかはもうすぐ分かるんだろうし。

 それに、もし私が思ったとおりで、伯爵の間違った思い込みで何十年も結婚を待たされたのかもしれないと婚約者のシュゼーダさんが知っちゃったら……


 私、そんな恐い爆弾、この場に放り込む勇気はないもん。


 なので、気になった別のことを聞くことにする。

「楽園に入った後、鬼人族の人たちとはどうなったんですか。」

「私たち吸血族は定職を持ったものはほとんどいなかったからね。

 鬼人族から住居の建築、食糧提供、職業訓練など、あらゆる支援を受ける一方で、10年ほどで私たちは少し離れたところに自分たちだけの集落を作った。

 もちろん鬼人族の人たちには大変な恩義を感じて最大限の敬意を持ってお付き合いをさせてもらったし、私たちがこの世界に戻るときにはできる限りの協力をすることを約束しました。」


 それから、これまでの経緯を手短に説明してくれた。

「楽園に入って30年後に私たちは再びこの世界に戻り砦の奥地、このアンパーの地を開拓して、さらに20年後、私たちは満を持して砦までを開拓して、吸血王は、人間たちに自分たちは愛血族であると宣言し、人間を襲わず家畜の血で生きられることの証を示し、家畜の肉を輸出することを約束しました。

 揉め事はありましたが、最後には各国の上流層に提供した私たちの極上肉が功を奏して、私たちは警戒されながらも、こうやって少しずつ世界と馴染んでいるというわけです。」


 それで、と伯爵は言葉を継いで、鬼人族のことを簡潔に説明してくれた。

「鬼人族の人たちは、何十年かに一度、数人ずつこの世界へとやって来ていて、私たちが橋渡しをして、元々の鬼人族に少しずつ溶け込んでいます。

 ギダルさんとフェリアスさんはこちらの世界に来る気はないようで,もう随分と老けられたがご健在ですよ。」


(え? )

 ちょっと待って、と私は2人の年を計算した。

 楽園の時間の速さがこちらの4分の1だったとしても、さっきのは300年も前の話。

 もう100歳はゆうに超えることになるんじゃ……


 私の疑問は顔に出ていたらしい、伯爵は説明を忘れたとばかりに笑う。

「向こうの時間の流れはもう2倍くらいなんですが、生き物の年の取り方は逆にゆっくりになるみたいで、おふたりの年の頃は見た目60歳台といった感じですよ。」


(何、その反則。)

「でも、家畜を向こうで育てると大きくならないし殖えないので、親や素畜(もとちく)を収納空間で連れてくるのですが、この世界でできる限り無菌状態を保つのはけっこう大変なんですよ。」


 色々と聞きたいと思ったことはあったのだけれど、ギダルさん夫妻の年齢の衝撃が大きくて、私たちの会話はつい雑談へと流れていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねえ、ミッシュ。あなた、人間になりたがっているくせに、なぜ人間の姿にならないの。」

 今夜も来て首に手を回しながら聞いてくるアイリに、ミッシュはいつものように答えないかと思ったのだが、やがてぽつりと答えた。


「神を辞めてすぐに、人間の姿にはなってみたよ。

 だがな、俺は人間の気持ちが分からない。

 表情を真似ていれば人間の振りができると思ったんだが、人間の真似に近づいたと思えば思うほど、人間は違和感を持って、俺の本質が人間とは異なることに気が付くらしい。

 気味悪がられるくらいならまだしも、魔物が化けていると思われるばかりでな、人間社会に紛れることができないんだよ。」


 ミッシュが溜め息を吐く様子をじっと見詰めていたアイリは、微笑んだ。

「だから魔物の姿になって使い魔の振りをしながら、人間を観察し続けてきたのね。

 下界で私があなたの姿を見つけられなかったはずだわ。

 でも、セイラが来てからのあなたは、無愛想にだけれど、親身になってセイラの面倒を見てあげているじゃない。」


「セイラとケイアナは人間を観察する上で面白いな。

 特に世知に長けているくせに常識のないケイアナは良い勉強になる。

 昔はな、フェリアスと鬼人族の面倒を見ていたんだが、俺が人間に見えないことでフェリアスたちには随分と気を遣わせた。」


「あら、鬼人族とフェリアス。

 ……そう、ティルクと言ったかしら。

 あの子の能力がよく分からないと思っていたら、フェリアスの子孫なのね。」

「そう言えばティルクは間もなくアンパーに着く頃合いだな。

 フェリアスには、自分の玄孫(やしゃご)に会わせてやろうと思ってるんだ。」


 ミッシュの言葉にアイリは破顔する。

 瞳が陰影を作り優しげに光を反射して嬉しそうに見えるのは、使っている使徒に宿っている心の残滓が影響しているのだろうか。


「そう、とうに死んだと思っていたけれど、フェリアスはあなたの神域だった場所で、まだ生きているのね。

 ね、気が付いている?

 人間と直接言葉を交わすために、あなたが私の使徒を使ってミシュルと名乗っていたときに、あなたが人間じゃないと思っていた人はいないわ。」


 あ、と首を巡らせるミシュルの首に改めて抱き付きながら、アイリはミシュルに軽く頬摺りをした。

「ね、トルキアに予言までしたのなら、会いに行っておあげなさいな。

 きっとトルキアは今のあなたに驚くわ。」


 首を前足の上に載せて、再び眠りの体勢に入ったミッシュが呟くように応えるのを、アイリは黙って聞いていた。



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