第43話 伯爵の昔話。起こりえた滅亡
簡単な打ち合わせを終えて、出陣の準備に入る。
ギダルさん、吸血王アルジア、スケイルとフェリアスさん、私、カークスの2組に分かれ、鬼人族夫妻が長距離転移を受け持ち、アルジア王の補佐をスケイルが、私の補佐をカークスが受け持つことになった。
出陣は人間たちの布陣する真正面へ突っ込むわけなどなくて、砦の左脇からガルテム王国方面へと抜ける寂れた山道が目標だ。
その道は複雑な地形の山中に入り込むことさえできれば、幾つにも分岐した山道のそれぞれが険しい地形に隠されていて、包囲網を突破できればもう一度逃げ延びるチャンスがあるのではないかと実際に検討された道だ。
一族が存続する可能性を追い求めて失敗し滅んだように見せる、それがアルジア王が立てた計画で、ガシュルさんが逃亡する吸血族の幻影を展開し、ガシュルさん以外の全員で幻影であることが見破られないように、幻影に紛れて戦闘を受け持つ手筈だ。
ガシュルさんにはスキルを使って人を傷つけたり殺したりは出来ない制約があるそうで、兵士たちを崖地に誘導するようなトリッキーな幻影の投影は出来ないらしい。
そのためガシュルが投射する幻影はあくまで兵士たちの誘導に終始して、大人たちが転移能力の低い子どもたちを護衛する幻影に同真実味を保たせるかが私たちの体の張りどころになる。
鬼人族夫妻による転移を合図にガシュルさんが幻影を立ち上げ始め、砦の左脇から短距離転移で人間たちの陣地の端を横切ろうとする集団はすぐに気付かれて、子どもを中心に周りを大人たちが護衛する集団へと駆け寄る兵士たちに私たちが魔法攻撃をばら撒き始める。
そして、走りながらときおり一斉に数十メートルを転移して距離を稼ごうとする幻影の行く先で、私たちは兵士たちが追いついてくるのを待ち構えた。
兵士たちが幻影の集団に追いつきそうになったところで、子どもを守るために大人のうち数人が集団から離れて兵士に襲いかかり、私たちは幻影に合わせて再び兵士たちに魔法を乱れ打ちして兵士たちの混乱を作り出した。
投射された幻影の大人たちは、子どもの逃げる時間を稼ぐことが目的であるので、兵士たちの混乱を狙って手数重視の攻撃をしている。
私たちも幻影に合わせて魔法の強さには拘らずにいろいろな種類の魔法を数多く打つことを優先しているのだが、今いる吸血族の4人にはたまたま水魔法を使える者がいない。
しかし幻影では水魔法も使っていて、ああ、困ったなと思う間もなく、ギダルさんとフェリアスさんが水魔法攻撃をばら撒き始めた。
使う者が2人だけなのでつい比較してしまう水魔法は、ギダルさんよりもフェリアスさんの攻撃が2、3割方強くて、たぶん、攻撃の数も多く魔法の種類もフェリアスさんのほうが多彩だ。
私やスケイル、カークスは大人の吸血族の中では最も弱い部類なので、2人が魔法を使うことで攻撃の種類や強さに厚みが出て偽装に真実味が増すことはありがたいのだが、数、威力ともに私の倍以上はある多彩な攻撃がほかの種族の方たちから行われているのはなんとも悔しかった。
しかもフェリアスさんの魔法から窺える強さは、恐らく我らの吸血王を凌駕している。
彼女は何者だろうという疑問に、ふと伝説の魔王フェリアスが頭を掠めるのを余計な詮索と振り払って、私は幻影が山道に逃げようとする補助に努めた。
砦と山道の間を遮る人間たちの陣地の距離は300メートルほどもあり、幻影ではその長い距離を子どもたちが逃げる時間を稼ぐために大人が2人、3人と集団から離れて兵士たちに短距離転移で向かっていく。
その幻影に紛れて私たちも兵士たちに近づき、幻影が魔法を撃ちながら突進し転移していくのにタイミングを合わせて戦い、新たに転移してきた幻影の戦いを偽装する。
そして押し包まれる中で結界を張って収納空間から取り出した作り物の死体を取り出して短距離転移し、結界が破られ兵士たちに切り刻まれる様子を演出していく。
大人の幻影が1人、また1人と兵士たちに倒され、すでに20人の大人が戦線を離脱しては敗れていて、山道へと入る狭く急峻な斜面には子どもたちが溜まっていた。
そこには私たちがこのルートを諦めた最大の要因であって、急な斜面とせり出した木や藪の間をくねくねと曲がって続く幅の狭い山道が、山の中へ入る直前で崖にへばりつくように刻まれている。
先が見えないために大人でもここを転移で越えることは難しく、子どもが山道へと入って行くには十数分の時間では足りないことは明白だった。
子どもたちを背にして30人ほどの大人が散開して兵士たちを迎え撃つ構えを取る幻影の中から、中央に吸血王本人が進み出る。
「我々は一族の未来を開く!!
ここが正念場だ、誤るな! 」
これは私たちに飛ばされた本物の檄だ。
人間たちの攻撃に攻撃に全力で抗いながら、不可抗力的に見える形で全滅してみせる必要がある。
おう、と私たちは口々に叫び、幻影に混じってそれぞれが結界を張った。
直感に従ってそれぞれの結界には火、水、風、土、光の属性が織り交ぜられて高温に焼けた土壁や渦巻きながら魔法を乱反射する水壁など簡単に突破できない工夫をしている。
それを見て取った人間たちの指揮官が魔法攻撃を揃えるよう指示し、兵士たちの中から魔法が仕える者達が前に出て整列を始めたが、万に達する兵士のうち魔法が使える者が1割であったとしても千人の規模になり、その魔法攻撃を受けたら私たちはひとたまりもない。
だが、手もなくやられるのは口惜しいし不自然だ。
今1カ所に固まっている子どもたちを逃がすために、どう私たちが足掻いてみせるか。
「行くぞっ! 」
魔法防御をギダルさんとフェリアスさんに任せて、吸血王と私たちは駆け出す5、6人の幻影を纏い、魔法使いの列に短距離転移で突撃する。
直感に裏打ちされた剣の攻撃で個々の戦いでは優位に立ちながら、魔法攻撃を遅延させる攪乱のみを目的に戦い、囲まれた状態でギリギリまで踏ん張って最後に収納空間から出した死体を身代わりに離脱する。
その際の偽装はガシュルさんがうまく幻影で帳尻を合わせてくれた。
これを繰り返したが、3度目の突撃で敵が慣れた。
整列していた魔法使いの間に剣士主体の兵士が交ざり短距離転移し来てた私たちが接敵する前に押し包もうとしてくる。
私たちはそれぞれ魔法を撃ち相手を撃破しながら前に進もうとするがすぐに別の剣士に阻まれ前に進めず、応戦している間に5人、10人と息の合った者達がタイミングを揃えて魔法攻撃をし始める。
いかに強く直感の裏打ちもあると言っても、多数が攻撃を揃えればギダルさんとフェリアスさんの2人では防御は保たない。
私たちはその場に死体を残して2人の元へと戻り、力を合わせて山の麓までを覆う半円の土壁を作り始めた。
高さ2メートルの岩の壁。それが厚さを増していき、2メートルから3メートルに達そうかというところで土壁の内側に雷魔法が落ちた。
「くっ!! 」
雷魔法は比較的レアな魔法だ。
恐らく数人が力を合わせて放ったそれを、フェリアスさんがとっさに風魔法と闇魔法で結界を張って弾いた。
(この人は何者だ。)
レベル4,000や5,000では弾けないと思われる攻撃を一瞬で防いだ防御魔法に眼を瞠りながら、私は吸血王の指示に従って手前に大人たちの死体をばら撒き、山道の麓では子どもたちの死体を折り重ねて準備しガシュルさんに幻影で隠してもらう。
それからガシュルさんとギダルさんに私とスケイル、カークスは長距離転移で離れた山稜まで連れて行ってもらい、後の経過を見守った。
吸血王とフェリアスさんは、生き残った大人が子どもたちと合流して子どもたちと共に魔法防御を張る幻影に合わせて、その場に残って再び防御結界を張った。
土壁が水魔法と土魔法で土壁を突破し、結界が光魔法の斉射に4回耐えたところで不意に破れて、魔法使いたちが子どもたちを一掃していく。
私たちの傍に血まみれの吸血王とフェリアスさんが現れて、私たちはともに人間たちが吸血族の死体に確認の止めを刺していく場面を見詰めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうして、公的には滅亡した私たち吸血族は神の園──鬼人族の呼び名に従って”楽園”に統一しましたが──へと入り、鬼人族に支えられながらこちらの世界の時間で30年を過ごしました。」
トルキア伯爵が声の調子を落として一息吐いた。




