第42話 伯爵の昔話。特攻するんですね。
誤字報告をいただきました。
自分でも気が付いて修正していたのですが、たぶん、いただいた修正案の方が文章としては正しいのです。
採用しなかったのは、元々漢字が多めなので堅苦しくなっちゃうかなという、ただの感覚です。
誠にありがとうございますm(_'_)m
現れたのは鬼人族の男性と魔人族の女性だった。
(魔人族? )
私の疑問は顔に表れていたのだろう、鬼人族の男性が名乗った。
「初めてお目に掛かります。
私は鬼人族族長のギダル、そしてこちらが妻のフェリアスです。」
私も自分たち3人の紹介をしたのだが、カークスが口を挟んだ。
「確か150年くらい前にそういう名前の魔王がいましたね。
その魔王は男性ということでしたが、魔王に因んだお名前でしょうか。」
「ええ、まあ。」
「男に多い名前でも、奥様を拝見すると穏やかな女性に似合う名前に感じられるのは不思議です。」
フェリアスさんが柔和に微笑むのを見て、スケイルがギダルさんに笑いかけ、それにギダルさんが優しい視線を向けていた。
「それで、今日2人に来てもらった用件なんだが。」
予め相談をしていたわけではないらしい。
ガシュルさんが夫妻に私たち吸血族の事情と人数を説明して、吸血族全体の受け入れが可能かを問うと、ギダルさんが考え込んだ。
「吸血族の方たちが私たちと合流するのか、独立するのかで少し変わってくる部分はあると思いますが、そうですね。
家畜は楽園に放されているものを食糧確保のために囲い込んでいるだけですので、吸血族の方たちの分は新たに囲い込めば十分だと思います。
肉以外の食糧については新たに開墾していく必要がありますが、私たちが貯蔵している食糧をおわけして、最初の年は何とかなるでしょう。
大人50人に対して子ども300人が新たに住居を用意して開墾もしてとなると大人の手が足りないでしょうから、吸血族の方たちが自立するとしても、しばらくは私たちと共同で生活された方が良いでしょうね。」
ギダルさんは私たちが吸血族であるとガシュルから聞いても、家畜の血があれば吸血に関して問題ないとの説明をすんなりと受け止めて、そう提案をしてくれた。
私はギダルさんの提案をありがたく思いながら、吸血王が判断するべきことであるので、一緒に砦に来てもらえないかと提案をしながら、心に引っかかっている疑問を考え続けていた。
(ギダルさんたちはガシュルの言葉を疑っていない。
私はこのガシュルという人物のことを見誤っているのだろうか。)
私がなぜガシュルに違和感を持つのか、そのことを思い返してみる。
(──表情だ。
ガシュルの表情が示す感情が彼の言葉と合っていない。
まるで喜怒哀楽のそれぞれの表情のカテゴリーから適当に選びでもしたかのように、微妙なニュアンスのズレがあって、それが彼を二心ある人物に見せている。)
ガシュルと親交のあるらしいギダルさんたちは、彼のことをよく理解した上でガシュルは信頼に足るべき相手だと考えている。
いや、尊敬さえ見える。
ガシュルの血の匂いには神性を窺わせる匂いは微塵も混じっておらず、普通の魔人族のもなのだがが、神域を利用することに躊躇いがなく、避難民を神域に引き入れて住まわせることができる人物。
(──ひょっとして。)
私はガシュル、いやガシュル様に向かって跪き額づくと問うた。
「あなたは男神ガシュミルドでいらっしゃいますか。」
ガシュル様の動きが止まり、長い息が漏れた。
「──やはり、私は人には見えないか。」
「ガシュルさん、それは仕方がないことかと。」
困った表情でフェリアスさんが言いながらガシュル様の肩に添えるのを、ガシュル様の視線が追う。
ガシュル様の憮然として見えるこの表情も、恐らく困惑しているのが本当のところなのだろうと何となく察せられた。
「いまあなたたちが体験したとおり、私が表に出て何かをしようとすると要らぬ猜疑心を生むようだ。
ジャスダさんが早くに私のことを看破してくれたので話が早くて助かるが、私は人間になりたくて神を辞めた者だ。
私のことはギダルさんやフェリアスさんと同様に扱ってくれ。
それに、今回の件では私は補助役に回るので、ギダルさんたちと話を進めてくれないか。」
そうガシュル様、いやガシュルさんに促されて、私は体を起こした。
◇◆◇◆
ギダルさんの能力は長距離転移で珍しい能力なのだが、驚いたことにフェリアスさんも同じ能力が使えた。
そのため、ギダルさんとフェリアスさん、それから当然のように長距離転移ができるガシュルさんのそれぞれが私とスケイル、カークスをそれぞれ連れて砦まで一息に転移し、3人には私の収納空間へ入ってもらって吸血王の下に行くことにした。
吸血王アルジアのところへと辿り着くと、まずアルジア王にはあらかじめ事のあらましを話す。
それから3人に収納空間から出てもらい、謁見の場でまずアルジア王に牛の血を飲んでもらい、効果を確認してもらった上で吸血族全員に血を配る手配を終えてから、腰を据えて会談が始まった。
「いや、提供していただいた牛の血の味と、その効果には正直驚きました。
御身は……いや、止しましょう。
この度はガシュル殿と鬼人族ご夫妻に誠にありがたい援助を申し出ていただき、感謝の言葉もない。
我々吸血族は、どのような形でこのご恩義をお返しすれば良いでしょうか。」
「私たちも元は同じ避難民です。
いずれ私たちも神の楽園から出てこの世界で生きていくこととなるでしょう。
そのときに協力していただけるならば、私たちはそれで充分です。」
ギダルさんの控えめな要求に、アルジア王は感じ入ったようだった。
「しかと承った。
いずれ我々はこの世界に復帰するつもりでいる。
その際には鬼人族の方々に最大限の援助を約束しよう。」
「よし。そうすれば、あとは砦で布陣している人間たちにどう死んでみせるかだな。」
「死んでみせる? 」
ガシュルさんの提案にアルジア王が驚いて聞き返した。
「今回のほとぼりが冷めれば、吸血族はまたこの世界に戻って、吸血族だけの国を作るのでしょう?
今は各種族が内政に力を入れて国土を整備している時期だ。
この砦の後ろに広がっている森林地帯は今はまだ人の手が入っていないが、自分たちの領土をある程度開発すれば、いずれ各種族とも未開地の開拓に乗り出してくる。
だが、幸いここは、吸血族が砦にしている急峻な崖地が行く手を阻んでいるから、その後ろにある豊かなアンパー地域へは交通が困難だし、魔物たちが強いこともあって、開発はしばらくされないと思う。」
ガシュルさんは言葉を切ると、アルジア王を見詰めて微笑んだ。
「だから、吸血族はまずは今日の戦いで死んで見せて人間たちのこの地域への警戒を解いておいて、ほかの種族が再びここに注目する前にこの地に戻ってきて吸血族の地歩を築く必要がある。
時機としては、そうだな、今の吸血族の子どもたちが大人になってから50年後くらいまでの間に、こっそりと戻ってきてアンパー地域の開拓を終えるというのがいいのでないかな。」
ガシュルさんの笑顔が薄ら笑いのように見えることを気にしながらも、あらかじめガシュルさんの表情のちぐはぐなことを聞いていたアルジア王にガシュルさんの提案は受け容れられ、私たちは死んでみせる準備を始めた。
まずは吸血族の1人1人をモデルにガシュルさんが牛の体を変形させて吸血族にそっくりの死体を作り、それに私たち大人がそれに服を着せている間に、子どもたちは数人ずつギダルさんとフェリアスさんが転移で神の園の入口へと連れて行く。
人間たちに吸血族が滅亡たようにみせるための要員は、吸血王と私とスケイル、カークス、それからガシュルさん、ギダルさん、フェリアスさんの合計7人。
ガシュルさんは戦闘に参加せずに人間たちに幻影を見せて、戦闘の中で吸血族が次々と死んでいくように演出をし、残りが実際の戦闘を引き受け、私、スケイル、カークスが死体を現地にばら撒いていく分担だ。




