第40話 伯爵の昔話。わりと無茶な人だったのですね
少しバタバタとしていまして、しばらく更新速度はゆっくり目かもしれません。
私の話が大恩のあるあの方のことになるのを知って、少し居佇まいを正してくれたセイラさんたちをありがたく思いながら、私はかつてこの地で私がしてしまった出来事について話し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
人間たちの包囲は今日も揺るがず、隙がない。
最初の頃こそ、彼らは短距離転移ができる私たちへの対処方法が分からずに、付け込む隙はいくらでもあった。
建物の室内、特にトイレなどは1人無防備になるため待ち構えて襲う格好のポイントで、転移して敵が反応できないうちに殺して掠い、子どもたちに見えないところでできるだけ血が変質する前に集めて容器に入れて、手早く皆に配る。
一度に飲む血の量は1人100ccもあれば良く、子どもはその半分の量で足りるのだが、300人からいる子ども全員に行き渡らせるためには毎日人間4,5人分の血が必要になる。
私たち吸血族は長命なことと性的な欲求の少なさから子が少ないのが一般的で、ここに集まっている子どもたちは、大半が人間たちに狩られた同胞が命がけで存在を隠して護り、ほかの同胞に託した忘れ形見、そして残りはここで人間たちと戦って命を落とした同胞の子どもだ。
残念なことに、ここに辿り着くことのできなかった子どもたちがこの数倍はいて、そのほとんどは人族の手に掛かって殺されるか血を手に入れられずに餓死している。
ここに居る子どもたちに託した同胞たちの思いを考えれば、子どもたちを徒やおろそかに扱うことはできないし、私たち吸血族にとっても未来を担う希望の星々でもある。
私たち大人は、体調を崩し将来深刻な病気にかかることを承知で動物の血を飲み、子どもたちのために血を確保し続けていた。
もっとも私はまだ190歳で、20、30年ほど年下のスケイル、カークスと共に、生きながらえてここに避難してきた吸血族の中では最も若い部類に属しているために、集めた血液に余裕があるときには私も血液のおこぼれに与っていて、私たち3人はそのことに子ども扱いされ保護されていると感じて反発し、力がほかの成人より一段も二段も落ちることに恥じてもいた。
(私たちはもう子どもではないが、数百年を生きる大人の中では一番力が弱い。
であるならば、この先吸血族が生き残るためにも、ただ年若いだけの私たちではなく、世知に長け力もある年長の者たちを温存することが重要なんだ。)
砦の先でちらりと見える光景に歯を食いしばりながら、私はその考えをまた繰り返す。
詳細は見えないが、そこでは人間の兵士たち大勢が取り囲んで何かと戦っていて、死角を最小限にして数人単位で構成された兵士30隊ほどが、戦っている場所を中心に一定の距離を置いて整然と展開している。
短距離転移をしても逃げ場のないあの布陣を見れば、血液を調達しに行った年上の吸血族たちがどういう状態に陥っているのか想像は難しくない。
きっと彼らは戻ってこないだろう。
──そして今日もまた、体力のない子どもの何人かが飢えて死ぬ。
(出撃の順番が回ってこないのならば、自分で志願して勝手に行くだけだ。)
私は力がある者が達成できない任務を、力がない者に成功のチャンスがあるかということなど考えていなかった。
ただ、もうそれなりになっていると思うのに保護されている現実に我慢ができないだけ。
私は懇意にしていたスケイル、カークスと相談して、砦のみんなには黙って血を調達しに行くことにした。
報告もせずに持ち場を離れ、短距離転移を交えて仲間に見つからないように、人間たちが険しい崖に阻まれて包囲を確保しきれないでいる裏山へと砦を抜け出ていく。
年配の吸血族に劣る能力でどうやって人間を掠ってくるかを相談して、私たちは裏山をしばらく歩いたところで短距離転移で崖地の移動を繰り返せば人間たちの陣地の裏側へと出ることができるのではないかとの見込みを立てた。
見通しも悪いために、いつもより短い距離で転移を10キロほどにも亘って繰り返していく必要があるために確認はできていないが、人間たちの砦に面した陣地は吸血族の短距離転移を前提に便所も撤去して見通し良くしているが、陣地の裏側は生活に必要な施設が密集して接地されているはずだ。
無事に辿り着けるか冷静に考えれば難しく、それ故に年嵩の吸血族が放棄したルートだったのだが、私たちは体力に任せてやれると信じ、人間たちの布陣の裏側に転移して人間たちの隙を突くつもりだった。
◇◆◇◆
裏山と人間たちが布陣している場所を隔てているのは起伏の激しい連続した崖地で、おまけに岩が脆い。
足場の良いところを目視で探して慎重に転移しないと奈落の底に転がり落ちることになる。
私たち3人が脂汗を流しながら3キロほども移動したとき、岩山の中に急に幅1メートルほどの通路が現れた。
(え、こんなところに道が? )
この先には砦があるだけで、人間たちが陣を張っている平地との間には崖があるばかりで、この道がどこかに通じているはずはない。
(もしや砦を攻略するために、人間たちが極秘で道を掘っているのか。)
この崩れやすい崖地に道を通す難度を考えるとあり得ないことだったが、道に石1つ落ちていないのは、私たちの知らない特別な魔法があるのだとでも考えない限りは不可能な出来事だった。
だが、峠に立て籠もった時点でこの辺りを徹底的に調べた私たちに、こんなところへ入ってゆく道があった記憶はなく、またこの道の先は砦の下の崖に消えてしまうはずで、やはり人間たちがどうにかして峠の攻略のために掘っているのだとしか思えなかった。
そのため私たちは警戒しながらこの道がどこまで完成しているのかを探るために砦の方向に通路を慎重に進むことにしたのだが、最初の角から先の様子を窺おうとした途端、私たちは正面に男が立ってこちらを見ているのに気が付いた。
「やあ、よく来たな。」
(魔人族! )
黒髪から覗く黒ずんだ2本の角を見て、予想どおり敵の秘密作戦と考えた私たちは周囲を見回して男が1人であるのを確認し、即座に攻撃したのだが、3人が放った魔法は男の10センチほど手前で消失した。
(!! ならばっ! )
私はスケイルとカークスに後ろ手に合図をして3人で同時に男に斬りかかる。
スケイルが首を、カークスが足を狙い、2人の後から私が2人の攻撃への対応に追われる男を斬り伏せるつもりだったのだが、私たちの剣は男の結界に阻まれた。
(ばかなっ、私たちは直感も発動している。
相当のレベル差がなければ結界で剣の攻撃を阻止することなんかできないはずだっ。)
男は私たちの動揺など気にした様子もなく、相変わらずこちらへと笑いかけていて、私はその笑顔に何か違和感を感じながら男の出方を窺っていたのだが……
「まあ、そう事を急ぐな。
俺は砦であんたたちと戦っている連中とは関係がないし、あんたらと戦うつもりもない。」
男はそう言うと武器を持っていないことをことさらに 強調するために両手を持ち上げぶらぶらさせて見せた。
もちろん無手を証明したところで魔法の発動には何の支障もないので、このことには単に不戦の意思を示す以上の意味はない。
だが、圧倒的な力を持つ男の平和的に意思疎通しようとの意思表明を受け容れるほかないと私たちがしぶしぶ剣を収めたのを見て、男は名乗った。
「俺の名前はガシュルと言う。
あんたたちに贈り物をしたくてここで待っていたんだ。」
(どうやって私たちが来ることを知っていたんだ? )
私の疑問に構わずにガシュルは収納空間から取り出した陶器製の瓶を私たちに差し出してきた。
「あんたたちの問題はこれで解決する。
飲んでみろ。」
ガシュルから渡された瓶を覗き込むと中に血らしきものが入っていたが、人間のものではない、しかしえも言えぬ芳香が漂ってくるのに私は面食らった。
【訂正】
申し訳ありません、トルキア伯爵の年齢が35歳では計算が全く合いません。
伯爵の年齢は190歳です。
それに合わせて周辺の文章を修正しました。
次回投稿の際にも改めてお詫びしますが、投稿間隔が長くなるとこういう事故が起こります。
今後、気をつけますので、ぜひご容赦ください。




