第39話 伯爵、お話を伺いましょうか
用事の時間を取られる部分がなんとか終わりました。
しばらく更新休止となって大変ご迷惑をおかけしました。
お詫びします。
「「昨夜はご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。」」
トルキア伯爵とその婚約者のシュゼーダさんが私の目の前で土下座している。
あの、伯爵を全力で平手打ちしたのはちょっとやり過ぎたと反省しているところへ、婚約者と並んで土下座をされるととても困るのですけれど。
後にいる仲間たちはちょっと引いて私たちの成り行きを見守っていて、私の助けにはなってくれそうもないし。
「煮え切らない態度で、私が長命な種族特性に胡座を掻いていたのが悪いのです。」
「いいえっ、引っ込み思案に前に進む努力をしないで、伯爵がその気になってくださるのをただ待っていた私に責任がありますっ。」
「いや、そんなシュゼーダ嬢を好ましく思いながら、待っていてくれることに甘えた私に責任が……」
「いいえっ、……」
(だーっ、切りがないから2人とも黙って! )
「ともかく、このままでは話を伺うことができませんので、お二人ともテーブルにどうぞお掛けになって。」
私の勧めでようやく2人が土下座を止めてテーブルに着いてくれた。
それからもしばらくの間、伯爵は項垂れていて、気持ちの整理が付いたのだろう、やがて、よし、と呟くと私に話をし始めた。
「言い訳に聞こえるのは承知の上ですが、私がシュゼーダ嬢との仲を進展させるのを躊躇っていたことには、昨夜お話しした大恩がある方の件が関係しているのです。」
(ええっと。)
私、込み入った話をするつもりはなかったんだけどな。
伯爵にちょっと苦情を言わせてもらって、おじいさんの方がもうセクハラをしない約束をしてくれれば、それで充分なんだけど。
そうは思っても、始まってしまった話はもう止められないので、大人しく聞くことにした。
◇◆◇◆
「私たちが吸血鬼と呼ばれていたのはつい300年ほど前までだったというのは、昨夜お話ししました。
私たちは食べ物としてではなく、食べ物を分解する器官に欠陥があるために栄養摂取の媒介として他者の血を必要とするのですが、当時、私たちはそのこと自体を知りませんでした。
ただ、ほかの種族のように食事をするほかに血液を飲み続ける必要があることと、好きな年齢の姿で長生きし短距離転移ができる強力な種族固有の能力がある事実から、私たちは不遜にも自分たちを人間の捕食者と考え、自ら吸血族と名乗っていたんです。
そして、私たち吸血族は人間を襲って血を摂取しやすいように数人ずつで分散して人間の集落かその近くに住み、短距離転移の能力で人間が1人になった隙を突いて幾許かの血を掠め取って生きていました。
必ずしも相手の命を奪うほどの血は必要なかったために、私たちが人を殺すことは稀でしたが、私たちが人間の捕食者であるという奢った認識は、襲われた側の人間の認識にも影響しました。
我々は吸血族の食糧なのかという人間の疑心暗鬼は、自分たちを食糧だと受け容れることを拒否して、血を吸われた人間もまた吸血鬼になるのだというデマを生み出したのです。
そして、そのデマは吸血族に対する人間の地位を被食者からパートナーへと格上げするものであったために、なぜか人間の自尊心をくすぐって真実として受け容れられ、定着してしまいました。
人々は私たちに血を吸われた人間を襲って殺し、ときに吸血された者たちと対立しては度々人間同士で内紛を起こしました。
吸血されたのが愛する者であるほど人間はより激しい憎悪を持ってその者を殺し、自分たちの不毛な行為の恨みは不当にも私たちの仕業と見做されて、私たち吸血族は人間とは共存できない不倶戴天の敵として人間の各種族に認識されてしまったのです。」
伯爵が話し始めた内容に、私は続けようとしていた文句を引っ込めて姿勢を正した。
今、私たちが聞いているのは、たぶん吸血鬼が自分たちのあり方を転換して愛血族となるに至った際の、とても大切な話だと思ったから。
「人間は自分たちの持つ強大な力に振り回されて、各種族では次々と王が乱立して覇を競い、種族を制覇した王は他の種族に戦争を仕掛けて長く混乱の時代が続いていました。
私たち吸血族が思うまま人間の血を吸血し人間の捕食者を気取ることができたのは、そうした混乱した時代背景があったからでしたが、どうしてか各種族の王の加護の幾つかが秘匿あるいは失われ、各個人の直感の発現も激減しやがてその能力の存在自体が忘れられるようになって、人間同士の戦いの規模はだんだんと小さくなっていったそうです。
そうして各国間の戦いを維持できなくなって、私が生まれた500年ほど前には各種族の国内の争いもついには終息して、それぞれの種族は荒廃した国政に力を注ぐようになりました。
各種族が国内を収め富ませるのに100年ほどがかかり、国力が充実した各国が連盟して最初に取り組んだのが吸血鬼の討伐で、今から350年ほど前のことでした。
数名ずつが分散して生活していたために、大勢に押し囲まれて1人ずつ狩られていることに私たちが気が付いたのは3割もの吸血族が殺されてからで、私たちは自分たちの身を守ろうとしましたが、組織だって行動したことがないために体勢が整わないうちに同胞が討ち取られ、私たちは数を減らしていきました。
わずか10年ほどの間に私たちは追い詰められて、ここジアックに生き延びた者が集結して砦を築き、我が種族の存亡を掛けて戦ったのです。」
母様から教わった範囲を超えた、私の知らない人類の歴史が伯爵から語られて、私はミッシュが私たちに”眷属の総意”や直感のことを伝えてくれたタイミングに思いを馳せた。
ミッシュはそれがどうしても必要になるまで、私たちに”眷属の総意”や直感の存在を教えたくなかったんじゃないだろうか。
(きっと”眷属の総意”や直感のことは、隠し通したかったんだ。)
かつて神だったミッシュが人になろうとしたのが、確か500年くらい前だったはずだ。
きっと伯爵がいま話してくれたことにはきっとミッシュが絡んでいると、私はそう感じた。
婚約者のシュゼーダさんは神妙な顔で下を向いたまま黙って聞いていて、これは伯爵が関わった出来事なのだろう雰囲気が醸し出されている。
種族の存亡を掛けた地で伯爵に叙せられているのだから、伯爵は恐らく相当な経験をしたのだろうと察せられて、私たちは静かに耳を傾けていた。
「吸血族が集まると、生きていくために必要とされる人間の血をどう確保するかの問題が生じます。
実際に戦闘を行っている間は良かった。死体が常に量産されて、新鮮な血を確保することだけを注意しておけば私たちは困らないのですから。
だが、敵が我々を包囲して籠城を強いられたときに問題は顕在化しました。
私たち吸血族は自分の年齢を最も体力のある年代に調節できるし種族的に耐久力も高い方にあります。
しかし血液の不足は体力のない子どもを直撃して、子どもを救うために大人は突撃や無理な短距離転移で人間の血を確保しようとして、待ち構えられた人間に囲まれて狩られていきました。
最後に吸血王と眷属50人ほどと300人を超える子どもが残り、私たちは滅亡を覚悟していました。
そうした状況の中で、私は当時190歳。
まだ人生経験も浅く、思慮も足りない若造でした。」
伯爵の視線がつと上がり、遠くを見るような表情になった。




