第37話 非日常的な生活をしていることを実感したけど、私の日常ってどんなの?
サブタイトルを全面的に改題しました。
出掛ける間際で、適当にタイトルを付けていました。
申し訳ありません。
非公式とはいえ伯爵が開催してくれる宴席にドレスまで着て出席するので、顔も世間でセイラと認識されているほうの顔に戻しておいた。
もうどちらも私の顔と思っているけれど、普段着とよそ行きみたいな感覚になってしまっていて、普段着の顔の方が気取らなくてすむ分気楽だなあ、とか思ってしまう。
血の匂いに問題がある私が出席するのだから、今日のパーティに出席してくる愛血族はお年寄りの姿ばかりなんだろうなあ、と漠然とイメージしていたけれど、そんなことはなかった。
トルキア伯爵は最初にあったときとエロ爺との中間、元が30歳台で次が70歳前後だから40歳台後半くらいに見える。
(え? その姿でもいけるのなら、最初からそうしてよ。)
そう思って、それから私のお父さんくらいの歳だな、と思ったら少し心がチクリとした。
(──お父さん、元気にしていてくれたら嬉しいな。)
私は……いろいろ問題はあるけれど、まあ元気だから。
「これはお美しい。ささやかな略式の宴席ではありますが、本日はどうかごゆるりとお楽しみいただけたら幸いです。」
ああ、やっぱり若い方の伯爵はきちんとしているのに、なんで年を取ったら箍が外れちゃってるんだろう、と思う。
向こうの世界でもたまに年を取ると自由になっちゃう人っていたけどさ、それにしても伯爵は振れ幅が大きすぎ。
伯爵の簡単な挨拶が終わって、用意された食事を摂りながら思い思いに歓談を始める。
(こういう社交が必須の暮らしもこの世界にはあるのよねえ。)
用意された料理を取り分けてつまみ、出席している愛血族の人たちとひと言ふた言会話を交わしながら、つい考えた。
そういえば私、この世界に来て1年半くらいになるけれど、ちゃんと決まったところで寝て暮らしをしていたのは最初の半年くらいで、あとはほとんど修行しながらの旅の空で、生活の匂いがする暮らしをしていない。
で、定住するとしたら、今のところガルテムの王室が最有力候補で、こういう生活……その前提となるダイカルとの結婚のことを考えて慌てて打ち消した。
だけど、私が女のままでいようとすればいずれ嫁に行くことは考えておかなきゃならないことで、複雑な気分だ。
まだ男性と夫婦関係を築く覚悟はできていないもの。
「これはセイラ様からお話を伺って料理長が作ってみた酢飯をアレンジしたものですが、お味はいかがですか。」
伯爵が具材をちりばめたちらし寿司を持ってきてくれた。
トルキア領に来てすぐに伯爵が料理長に引き合わせてくれて聞いた限りではこの世界には醤油も味噌もなかったけれど、米や大豆で作れる調味料として、私の雑な知識の限りでどんなものかを料理長に説明したことがある。
で、そのときにおにぎりに話が行って炊いたご飯自体をアレンジすることが珍しいという話になったので、酢と砂糖を合わせて作る酢飯のことを料理長に紹介した。
前の世界で私は作ったことがないけれど、テレビで団扇で扇いでいるシーンは記憶にあったので調味料を混ぜて冷ますということと、こちらに来て料理をするようになった勘でご飯は少し固めで酢と砂糖に少しの塩を混ぜると思う、具材はセンスで癖の強くないものを混ぜてみたら、という話をしていたのだけれど、それができあがったらしい。
魚と相性が良いと言っておいたのだけれど、ここは内陸だしそもそも魚は生で食べないから、代わりに鳥肉に錦糸卵とミョウガやなんかの野菜を刻んで散らしたちらし寿司は、酢の風味も果実系の独特な香りと風味があってけっこう美味しかった。
「美味しいです。」
そう感想を言うと、伯爵はにっこりと笑ってもう1品を差し出してきた。
出されたのは、豆腐。
丸く絞ったおぼろ豆腐の形をしたそれは、この世界に大豆と同じ姿形のものがなかったために、これかなと思ったものが本当に大豆か自信が持てなかったので、確認する方法として豆腐を作ってみることを提案した結果だ。
水と煮て潰して絞った液ににがりを入れて固めたもの、という私のざっくりとした説明を元に料理長が再現してくれたので、相当苦労したに違いない。
少し固い豆腐を口に入れると甘味のある濃い馴染みのある味が口に広がる。
思わずにんまりと私の口元がほころぶのを見て、伯爵は厨房に繋がる出入口に視線を向けた。
そこには料理長が首を出して私の様子を窺っているのが見えて、私が改めてにっこりと笑うと、料理長は破顔して奥へと引っ込んでいった。
「料理長が、醤油と味噌も手探りで挑戦してみるそうです。
どれくらい掛かるか、そもそもできるかどうかも分からないので、形になり始める頃にはセイラ様はもうガルテム王国の王都に落ち着いておいででしょう。
何とかして試作品をセイラ様にお届けしてご検分いただいて、アドバイスを願いたいとのことで、その許可をいただきたいそうですよ。」
(……あー、私、魔王妃になってる前提ですか。)
ガルテム王国が私を国王の婚約者だと公表しているのだから、それを無視したらガルテム王国に喧嘩売ってるのかって話ですもんねー、と理屈では納得するけれど、気分は複雑だ。
「そうですね、醤油と味噌がどうなったかは必ず確認させていただきたいですが、料理長さんが国を出ることは難しいんですか? 」
試作品ができる頃にそれを確認するのはセラムかもしれない、そう思って少しだけ質問とずれた応えをしたのだけれど、私の質問に対する伯爵の返事はまた思わぬ方向へとずれた。
「私たち愛血族は、家畜の血がないところへおいそれと出向くことができません。
私たちが吸血鬼と呼ばれていたのはわずか300年前。
他の種族の方たちは私たちと距離を置き、まだ少なからず警戒されながら共存しているのが今の実態なのですよ。」
そうなのですね、と言葉を継いだ私に伯爵はすまなそうに微笑んだ。
「本日の宴の席にこのような話題を持ち込んで申し訳ございません。
ただ、ついでに申し上げれば、衛生管理の行き届いた家畜は我々が他の種族の方たちと平和に共存するための命綱ですが、この家畜の入手には、私たちはある方に大恩があります。
その話と経緯はまた別の機会にお話ししたいと思いますので、今日のところはこの辺でご容赦願います。」
ふうん、その話、聞きたいな、とは思ったけれど、今日はパーティーなので確かに込み入った事情のある話を聞くのには向いていないだろう。
それからはほかの人も混じって、オードブルに舌鼓を打ちながらいろんな話をしていた。
食事も会話も一通りがすんで会場が落ち着いてきた頃、控えめにBGM程度に響いていた演奏が音量を上げて、あら、と思ったら、広間から人が移動し始めた。
ぽっかりと空いた広間の側には伯爵と私だけが取り残されて、え?、と思ったときには伯爵が私に手を差し伸べていた。
(あるとは思ったけれど、私と伯爵が二人きりで口火を切ることになるの。)
コールズさんもいるけれど、私がパーティリーダーをしていることもあって代表扱いされていて、伯爵と私だと男女の組み合わせになるのでダンスをする上でも都合が良い。
(私、母様の訓練以外ではダンス、していないのよね。)
大丈夫と思いながらも不安を覚えて伯爵の顔を覗き込むと、何か違和感がある。
(……あれ? 若返ってる?
40歳台後半と思った顔が最初にあったときとそんなに違わない様に見えるけど…… )
私が疑問に思いながら差し伸べられた手に応えて手を出すと、距離の縮まった伯爵にぎくりとした表情が広がった。
驚愕に目を少し見開いて微かに周囲を見遣り、紅潮してきた頬を俯けたままぽつりと呟く。
「年齢調節能力がブロックされている。ジジイにやられた…… 」
あの、何か大変そうですけれど、大丈夫ですか?




