第35話 セイラさん、ご飯はまだかのう。し・り・ま・せ・ん(怒)
直感を得る訓練を繰り返せば誰もが直感を得られるのかとの私の問いをトルキア伯爵は肯定した。
「そうじゃ。
神は選ばれた者が簡単に手に入れられるよりも、努力すれば誰もが手に入れられるように変更した。
残念ながら今はもうおられぬ方じゃが、神は優しい方だったようだの。」
(神は引退したけれど、まだいるんですよ。
すっごいツンツンしてるけど、確かに優しいです。)
ミッシュはつっけんどんだけれど、たぶん、いつも私を優しく支えてくれている。
「まずは昼食のあとに一息入れて、トルキア領での滞在の準備をしてもらってから、訓練の日程を相談しようとするかの。」
「ありがとうございます。でも、伯爵さまもお忙しいでしょうに、私たちのお相手をしていただいて、お仕事に触りませんか。」
「なに、ずっと相手をできるわけでもないのは悪いが、日に数時間くらいは気分転換のたのしみというものじゃて。」
ありがたいお言葉をいただいた。
伯爵は私たちを居城まで案内してくれた。
途中で水田と思しき農地が広がっているのが見えて、私は米を炊く手ほどきを受けたいことや、できれば米に合う料理を教えて欲しいことを伯爵に伝える。
伯爵は、料理長に話してみようと即答してくれて、私は嬉しくなった。
だって、料理長を務めるほどの人なら、米に合う調味料や食材のことを色々知っているに違いないし、ひょっとしたら、醤油や味噌のことが分かるかもしれないもの。
トルキア城に着いて、私たちは身の回りの世話をしてくれる執事さんやメイドさんたちを紹介された。
いずれもおじいさん、おばあさんの姿で、主に私と接する機会のある方たちを選定してくれていたようで、そのほかに私以外の世話をしてくださる方たちは他にもいるらしくて、何だかものすごくすまない気持ちになる。
いくらかの荷物を預けたあとに昼食を取る席で、私とコールズさんの訓練の手伝いをしてくれる人を紹介された。
「スケイルと申します。よろしくお願い致します。」
「カークスです。直感を得られるお手伝いができて光栄です。」
元は暗色の金髪と濃紺だったろう2人の髪には白いものが混じって色が明るく光っているが、言葉使いはややゆっくりとしているものの普通っぽかった。
食事に同席して良いかを尋ねられたので、もちろん喜んでと答えて一緒にテーブルを囲んで食事をしながら話を聞く。
「直感というのは、幽体と体内の魔石を結びつける回路ができてです、自分の体を動かすのと同じようにように魔石を通してできることを認識でき、実行できるようになることをいうんですわ。」
スケイルさんが直感の説明を始めたら、やっぱりなんか話し方に癖がある。
「そうそう。その結果な、魔法を使うときの魔力供給に限られていた魔石の役割がだ、肉体を使うときや推理や研究といった思考活動などにも魔力を作用させることが可能になって、人ができることのバリエーションが無限に広がると、こういうことですな。」
(ああ、だからライラやサファのように意識管理や情報分析なんてこともできるようになるわけね。)
威城のメイドのみんなやライラやサファの能力は、頭脳活動を特技とした魔王の力の再現したものだそうで、その意味では直感の一部を使えているのだそうだ。
「それにですな、幽体の持つ能力が最大限に発揮されるようになれば、体の能力との組み合わせもある訳だから、職業が変わる人も多いと、こういうことです。
直感を得ることで自分の能力がどんな風に変化し成長するか、一番楽しみなのは、まあそこですなあ。」
カークスさんもやっぱり少し話し方に癖が出てた。
直感に関するいろいろな話を聞くうちに食事は終わり、私たちは食休みの間にそれぞれの部屋に案内されて寛いで、それから案内されて訓練場へとやって来た。
「良いかの、まずは自分の魔石がどこにあるのか、正確に把握することじゃ。
それができたら、動作の一つ一つを魔石を経由して行うようにイメージしてゆくのじゃ。そうすればだんだんと幽体と魔石が不可分の1単位と意識されるようになって、直感を働かせる回路が形作られたような気分になってくる。
その動作の1回1回が直感を働かせる挑戦となる。
つまりじゃ、熱心に訓練に取り組めば、日に数百回、数千回の挑戦を行ったことになるわけじゃ。」
そう言って伯爵はにやりと笑った。
「方法を知って行えば、運の良い者なら数日で会得することがあるかもしれんぞ。」
伯爵の説明を受けて、まず3人はそれぞれが素振りを繰り返して伯爵の説明どおりのイメージを練り上げていく。
30分ほど練習をして小休止の間に、一度対戦形式で訓練をしてみるということになった。
私とコールズさんには、ずっと様子を見てくれていた伯爵と、指導してくれていたスケイルさんとカークスさんを加えた1セットで対戦をするという。
「儂らはいつもと比べて2、3割もレベルが落ちておる。
嬢ちゃんらのレベルと互して戦うには3人は必要じゃろう。」
私たちが不利な気もしたけれど、そういうことならば仕方がないと了承した。
うむ、ならばそろそろ、と木剣を持って伯爵が立ち上がり、私も木剣を手に訓練場へと足を踏み入れる。
1対3で対峙して礼をして、伯爵がじりと足を躙りぐっと腰を落とした。
「では、スケさん、カクさん、参るぞ! 」
私がずっこけた瞬間に突進してきた伯爵の上段がきれいに脳天に入って、スパーン!、と切れの良い派手な音がした。
「あいたぁーっ!! 」
とっさに結界を展開したけれど完全には威力を殺せなくて、私は頭を抱えて蹲った。
(そこでその台詞はズルいでしょ! )
思ったけれど、単なる偶然なのは間違いないので抗議もできない。
「どうした、大丈夫かの? 」
目に涙を溜めたまま光魔法で膨らむたんこぶの治療をしていると、伯爵が近寄って来て、私が擦っている脳天を至近距離で覗き込む。
さわさわ、すりすり。
伯爵が撫でているのは私の頭ではなくお尻で……
「な、何するんですかっ。」
「いや、これくらいでは穢したことにならないから、大丈夫。」
(何が大丈夫なのっ! )
きっと睨み付けるのも構わずに、伯爵はにこにこと笑顔を浮かべている。
「ほれ、以前、訓練の過程で嬢ちゃんには不愉快な思いをさせることがあると言ったじゃろう。
どうも血の衝動を抑えて人間に近づけると、興味の対象が食い気から色気に変わるんじゃが、若い方の儂は頭が固くての、色々な束縛から自由なこの姿になるのを嫌がっておる。
今回は嬢ちゃんが来てくれて、血の衝動から逃れるためには仕方ないと、若い方の儂も諦めたというわけだ。」
(あー、あのとき伯爵が諦めたような表情をしていたのは、そういうことだったのか。)
カッカッカッカッと笑いながら、なおも私のお尻を撫でようとする伯爵の腕を思い切り抓りながら、私は剣を握った。
「さあ、続きをやりますっ。」
この爺、いっそこのまま殴り倒してやろうか、という私の気持ちが通じたのか、伯爵は頷いて距離を取った。
「そうじゃの。あれでは儂も少々物足りん。
シューバを倒した腕前とやらを見せてもらおうか。」
再び3人に囲まれて、私はこれまでの修行の成果を存分に披露することに決めた。




