第30話 でりゃあ、ローリング・ソバット! 「未熟者の自爆技なんか、通用するかーっ!」「げふっ!」
いつもに増して、サブタイトルが……
ああ、久しぶりの投稿予告時間厳守。
偶然ですが。
「ほら、そっち行ったよ! 頑張れーっ。」
マイナが、威城のメイドのみんなで追い立てた狐の魔獣を待ち受けるソバット君に発破をかける。
ソバット君に向かって走る狐は風弾を2発放ってソバット君が躱す隙に側を駆け抜けようとしているが、ソバット君は2発目の方向を確認して2発目と関係のない、狐の外側に一発目を躱して狐の左側から剣で薙いだ。
「ギャンッ! 」
狐がソバット君の剣の直撃を喰らってもんどり打つところへすかさず駆け込んだソバット君が狐に止めを刺すと、威城のメイドたちから、おー、という掛け声と拍手が飛んでソバット君がすごく微妙な表情をする。
拍手しているみんなが今自分がやったことを鼻歌交じりでできるのだから、そりゃ複雑な気持ちになるだろう。
年齢もそんなに違わないのに自分だけレベルが他のみんなの5,6分の1だし、ジューダ君に至っては年齢が自分の3分の2しかない。
それが相当屈辱なのだろう。ソバット君の向上心が半端じゃない。
威城のメイドたちと合流して以来、ソバット君は私が一番キツかった頃を上回る勢いの修行を自主的にやって、すでに何回か気絶しているのだけれど、旅の途中で気絶すると誰かが運んでいくことになる。
コールズさんならまだしも、ソバット君が気が付くと女の子が負ぶっていることもあって、目が覚めて女の子に背負われていたことを知ったソバット君の屈辱たるや、女の子の背中から下りるなり必死の形相でまた修行を始めるほどで……
うん、ちょっと止めようか。やり過ぎて体でも壊されたら却って面倒くさい。
でも、あの直向きさは見習わないといけないなあ、とみんなの修行に熱が入って、結局、またソバット君との差が……
結局のところソバット君には悪循環なので、とうとうソバット君に言い渡した。
「ソバット君、今のレベルはこれまで積み重ねてきた努力の差なんだから、目先だけ見ないで長期的に考えて。
君のレベルが今のみんなと同じくらいになったときには、皆のレベルの上がり方もゆっくりになっているし、3,000前後で特技を憶えたときに、君の本当の挑戦が始まるんだよ。
基礎の段階にある今の君がみんなに張り合おうというのが無理だし、焦らず腐らずに目的だけは見据えて地道に頑張ること。
いい? 」
ソバット君はしばらく考えて、渋々とはい、と頷いた。
頭では分かったけれど気持ちで納得しかねるという感じだろうか。
そんなソバット君が威城のメイドのみんなには可愛く見えるらしい。
実際、日本で言うと高校2年の女子校生と中学3年の男子生徒に当たるので、威城のメイドのみんなの気持ちは、まあ分からないでもない。
威城のメイドの4人に混ざっているときのソバット君の反応は、正にJKに囲まれちゃった中学生男子といった感じだし。
まあ私は放置してコールズさんたちと修行をするんだけれど。
◇◆◇◆
「ねえねえ、ソバット君、セイラが師匠って、どんな感じ? 」
「わざわざ生まれた町を離れてセイラに付いてくるんだから、何か想いがあるんでしょ。」
「うりうり、ほら、お姉さんたちに正直に白状なさい。」
「ラーブーなのぉ? 」
敵視するのを止めて普通に接しようと思った途端に、威城のメイドさんたちの対応が酷い。
それに何より物理的な距離が近い。
囲まれて、顔を背ける場所がなくて俯いたら、俺を囲む4人の輪が一層小さくなった。
下げた視界に入る胸と胸と胸と胸と太股と太股と……
それに、下を向くと獣人の敏感な鼻腔に充満する女性の匂いも相まって、つい蹲らざるを得なくなった俺の頭の上から、けらけらと複数の魅惑的な笑い声が響く。
(鬼だ、この人たち。)
師匠、は拙いから、コールズさんに助けを求めようと周囲に視線を走らせる俺に、屈んできたノーメさんがぽそりと俺の耳元で呟く。
「ね、セイラの昔のこと、教えてあげようか。」
え、と顔を上げた俺に、ノーメさんが至近距離で眩しい笑顔で囁く。
「もうすぐお昼だから良い時間だし、セイラに聞こえると拙いから向こうで待ってるから、しばらくしたらさりげなーく離れて合流して。」
林の方に視線を向けるノーメさんに頷くと、4人は周囲を見渡す素振りをしながら駆けていった。
しばらくして立ち上がれるようになって、メイドさんたちが入ったのとは別の方向に向かい林に入り、動きに支障がないことを確認してからメイドさんたちのいる方向へと向かう。
「おー、来たね。」
マイナさんが出迎えてくれて、座り心地の良さそうな切り株に座らされ、向かい側には倒木に4人が並んで座る。
「セイラはね、ガルテム王国に来た最初は王家にいたらしいんだけど、何を思ったかメイドとして働きに来てね、私たちと同じ部屋で生活していたんだ。」
マイナさんが話し始める。
「最初はさ、服の着替えも自分でできなくて、どんなお嬢様かと思ったのよね。」
「魔力は宮廷魔術師並みにあるくせに魔法属性が何もないし、剣士のくせに力が弱くてさ、洗濯物も満足に絞れなかったんだよね。
シャラー、あの頃のセイラ、確かレベル80くらいだったよね。」
「え? レベル80って、いつのことですか。」
「えーっとね、去年の春のことだよー。」
(マジか。まだ一年経ってないじゃん。)
今とのあまりのレベル差に疑惑の目を向ける俺に、師匠がここへ来るまで修行漬けだったらしい内容を知る限り教えてくれた。
「まあ、師匠は王太后様だし、レベル上げの環境では随分と運にも恵まれたみたいなんだけれど、次にアスモダで私たちが会ったセイラは今みたいなレベルになっちゃってたんだよね。」
「つまりさぁ、君も頑張れば、来年の今頃にはセイラに並んでいる可能性も、ないわけじゃないってことだよー。」
ぱあっと目の前の展望が開けた気がした俺に、にやにやとした目を向けて、ユルアさんが聞いてきた。
「元気になったじゃない。で、そんなに強さに拘る理由は何かな?
セイラは婚約者持ちだよ? 」
「知ってますよ。」
俺は憮然として答えた。
「師匠って、俺とそんなに年も違わないのに、ガルテム王国とアスモダのこととか、魔獣を討伐して土地の人が安心して暮らせるようにとか、毎日の生活のことしか考えていなかった俺なんかとは視野が違ってて、すっごい大人じゃないですか。
師匠はすごい美人で、きっと家柄もメイドの皆さんたちと同じようにどこかの貴族の人で……
そりゃ憧れるけど、ガルテム王の婚約者で、俺なんか手が届かない人なのは分かってます。
だけど、せっかく師匠がたまたま出会っただけの俺を弟子にしてくれたんだから、いずれ俺もあんな風に大っきなことを考えられる男になりたいじゃないですか。」
口に出してしまった、俺の願い。叶わないと分かってて口にしない、なれたら、の先の夢。
笑われるかと思ったけれど、メイドさんたちはにこにこと笑っていて、マイナさんが俺の頭をポンポンと叩く。
「そっか、良い夢だね。男の子らしくて、私は良いと思うよ。」
「でも、1つ訂正しとくと、セイラは平民だよ。私たちもね。」
驚きだった。
(みんな、平民なのに国や世界のことを心配しているんだ。)
「あはははっ。そんなびっくりした顔をしないの。
みんなさ、たまたまいた場所の都合でそういう場面に行き当たって、ソバット君が言う、大っきなことに巻き込まれているだけなんだよ。」
マイナさんの口調が優しい。
「ソバット君だって、昨日まで毎日の生活のことしか考えていなかったくせに、セイラの弟子になった今は、世界のことを考えたいと思っているじゃない。
だからさ、君だってもう巻き込まれているんだよ。」
「……あ。」
俺も昨日までと違って世界のことを心配しようとしている。
そう言われたことが、すごく嬉しかった。




