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第27話 月日は百代の過客にして……そんな良いものじゃなくて、新たな逃避行が始まります

「ヤバいな。俺が生きているのがアトルガイア王国にバレちまった。」

 コールズさんがステータス表を見詰めながらそう呟く。


(あー。これまでの話からして、コールズさんが生きているのを知っていたら、アトルガイア王国が黙認しているわけがないよね。

 きっと魔族の指導者はアトルガイア王国に内緒で勇者を手駒にしていたんだろうし。

 でも、憂国の忠義とかいう特技を発動させたらコールズさんが生きているのはすぐに分かっただろうに、なぜ魔族の指導者はアトルガイア王国が勇者の特技を発動させるのを許容したんだろう。)


 その答えはコールズさんが教えてくれた。

「シューバに取り込まれていた間、俺の体は得体の知れない魔物の腹の中だった。

 俺の幽体は体から切り離されて勇者の能力が使えない状態だったし、体は仮死状態で保管されていたから、この特技を発動しても、勇者と認識されない筈だったんだろうな。」

 ああ、そういうことか、と魔族の指導者の小狡い立ち回りに感心していると、私の魔力に衝撃があった。


「な、何? 」

 衝撃の元を探ると、収納空間だった。

 コールズさんから取り出した肉の爆弾は、捨てることを数回忘れた果てに、収納空間の中にあれば被害を受けることもないだろうから良いかと空間を別に分けて私が持ったままだったのだけれど、それが爆発していた。


「コールズさん、爆弾が爆発しました。」

 私が告げると、コールズさんは頭を掻いた。

「アトルガイア王国と魔族の指導者が繋がっているのは事実みたいだな。

 現勇者のステータス表に”憂国の忠義”の効果が3分の1と出て、俺がシューバから戻っていることに気が付いた魔族の指導者が俺を始末しようとしたんだろう。

 もし爆弾で俺が死んでいたら、魔族の指導者がアトルガイア王国にどう説明するつもりだったかは知らないがな。」


 コールズさんの困ったなという顔に私もどうしたら良いかを考える。

 こうなれば、魔族は本格的に私たちを探すだろうし、ビアルヌに戻ればみんなを巻き込んでしまう。

 それは少なくともシューダを討伐するときまで避けておきたい。

「逃げますか? 」

 私がコールズさんに問うと、コールズさんは頷いた。


「そうだな、ここにいればいずれ魔族から追っ手がやってくるだろう。

 どこか魔族の捜索が及ばなくて、そのうちに帰ってくるだろう魔族の指導者と鉢合わせしないところへ逃げる必要があるな。」

「そういうことなら、良いところがあるわよ。

 サミュルの町を西に進んで、交差した道を北に進むの。

 ドワーフの国ドースデンなら、ガルテム王国よりも少し北になるし、魔族の指導者とやらがアトルガイア王国から帰ってくるのなら、どのルートで帰ってきて私たちの針路と交差したとしても、一瞬だけだわ。」


(北のドースデンかあ。)

 私は母様から教わった知識を呼び起こす。

 たぶん、移動期間は半月くらい、途中で吸血鬼──愛血族と呼ばないと嫌がられるんだっけ──の住む地域を横切るはずだけれど、問題はないはず。

 愛血族は肉も食べるし飲む血は家畜のもので十分だし、むしろ新鮮な血を得るために家畜の衛生状態や鮮度に気を遣っているので、愛血族が輸出する家畜の肉は人気で超高級品だったはずだ。

 寒さは大分緩んできているから、ドースデンまで行くとしてもガチガチの冬装備は必要ないだろう。

 もしドースデンへ向けて出発するとすれば、問題となるのはソバット君なんだけれど── 


「師匠、俺も連れて行ってもらえませんか。」

 ソバット君が意を決した表情で聞いてくる。

「俺が足手纏いにしかならないことはよく自覚しています。

 でも、さっき師匠は自分たちのことを隠すために俺にこのネックレスをくれました。

 俺がサミュルの町に残るより師匠たちと一緒にいた方が、師匠たちに危険が少ないと思うんです。

 もし死ぬことになってしまっても構いませんから、俺も連れて行って下さい。」


 うーん、と私は考え込んだ。

 体力的にはジューダ君がいるから無茶はできないので、連れて行くのは可能かもしれない。

 でも何かあったときの護身能力では、ジューダ君はにウィーナさんを超えるレベルを持っている。


「もしもの覚悟もするというのなら、いいじゃあねえか。連れて行こうぜ。」

 コールズさんがにかりと笑ってソバット君の背中を叩き、ソバット君は前につんのめりながら嬉しそうに顔を輝かせる。

「分かった、連れて行く。

 みんなも今日中に冬装備を揃えておいて。明日の朝、出発するわよ。」


 もうシューバに追われた魔獣たちの退治もあらかた終わって、討ち漏らしを探している段階に入っている。

 本当なら、ソバット君との別れも間近だったのだ。

(弟子と言っちゃったし、形になるまでは責任を持つかなあ。)

 何となく後ろ髪を引かれるところもあったので、そう納得して、よし、と割り切った。


 そうと決まれば、町へ帰って冒険者ギルドのドスティさんに拠点を移す報告をしなくちゃね。

 あ、そういえば、登録したときに、ドスティさんが青ざめながら”お願いだから依頼を失敗しないで下さい”って言ってたの、ガルテム王国の魔王妃を娼婦にすることなんかになったらどうしようってことだったんだろうなあ……

 ウィーナさんの話を思い出して、あのとき、ドスティさんが追い詰められたような眼差しを向けていた理由に改めて納得がいった。


◇◆◇◆


 アスリーに起こった勇者の新たな称号に関して、家臣に指示して幕僚たちと連絡を取り、すぐさまアトルガイア王国の状況を報告するように指示を終えて、私は母上の後でじっとこちらを観察していた若い女性の存在を改めて意識した。


 かなりの武術の使い手であることは分かる。

 また、かなりの美人でもある。

 淡いピンクの髪が燭台の灯りにくすみながらもやや白っぽく見えて、思慮深い知的な人物の印象を与えるが、その瞳は常に挑むように私に向けられていた。


「母上、こちらのご令嬢はどなたですか。」

「この子はティルク。私がアスモダに行く道中で、セイラと共に私が娘と思って鍛えてきた娘だよ。」

「初めまして、陛下。私はセイラの恋人のティルクです。

 以後、お見知りおき下さい。」


 様になったカーテシーには母上の教育の薫陶が感じられる。

 だが、私はそんなことよりもティルクさんの私に挑戦するような発言の意味に気を取られていた。

(恋人? この娘はセイラさんの幽体が男だったことを知っているんだろうが、今、どういう関係になっているんだ? )

 このティルクという娘とセイラさんが女同士で抱き合っている姿がつい思い浮かんで混乱している私に、母上が口を挟んできた。


「ティルク、陛下を敵視して挑発するのはお止めなさい。

 ダイカル。ティルクと男のほうのセイラとは将来のこと込みで付き合っているのは事実なんだけれどね、女の方のセイラはたぶんこの子を妹分と思っている。

 説明の難しい事情があるんだよ。」

「あら、母様。

 姉様が許してくれるならば、私は姉様が男でも女でも気にしないわ。」


 ティルクさんの衝撃的な発言に、母上がティルクを睨みながら言う。

「ティルク。私は憶えているよ。

 もしセイラが男に戻れなければ、ティルクとセイラは揃ってダイカルの妻になるよう、セイラを説得するのに協力してくれると、私に約束してくれたよね。」


 2人の話を聞くにつれて、私は思わず眉間を指で抓んだ。

 確かに難しい事情がありそうだ。


 母上に詳しい経緯を聞こうと顔を上げたところで、俄に建物の表の方が騒がしくなった。

 何ごとかと様子を窺っているうちに、1人の兵士が駆け込んできて、私に䤥礼をすると報告を始めた。


「北東から巨大な飛行型の魔物が近づいてきます。

 陛下、安全のために一応ご避難「ああ、それなら問題はないよ。私たちの仲間がエトンに乗って合流してきたんだと思うわ。」」

 母上が兵士の報告を途中で遮ってにんまりと笑う。


(母上はアスモダに行って、一体どれだけあの辺りを掻き回してきたんだろうか。)

 ここ最近は王宮の奥深くで大人しくしていてくれた母上だったが、王宮から解き放たれたような母上の行動力を見せつけられて、私は不安で一杯になった。



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