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第24話 女神の事情

 宵闇の中を私はそっと地面へと着地して周りを見回す。

(彼はどこにいるだろう。)

 やがて目指す彼の居場所が探知され、私は彼の元へと進んでいく。


『おや、リーアイアじゃないか。あれほど使徒を使うことを嫌がっていたのに、珍しいな。』

 ガシュミルド、いやミッシュは草原の一角で腹ばいになっていた。


『セイラが使っている使徒が穢されそうだったので、仕方なかったのよ。』

『……すまん、俺が考えていた以上にセイラの状態は良くなかったんだな。世話を掛けた。』

『……。私は使徒が穢されるのを未然に防いだだけよ。』


 私はミッシュの神の制約に触れる物言いに少しだけ閉口する。

 人の運命に関わることを直接の目的として行動することができないというのが神に課せられた制約で、関わることができるのは神とその代行者に直接害を及ぼそうとした者に神罰を与える場合だけ。

 つまり私は代行者である使徒を護ったのであって、その使用者であるセイラを護ったのではない。


 それなのにミッシュが今の言葉を口に出来るということは、ミッシュがもう神の神格から外れて亜神の領域にまで下がってしまっているのは間違いないし、しかも私が感知するミッシュの神格は亜神でもかなり下の方だ。


『亜神を脱するまでもう一歩だったんだがな、俺の使徒の稼働を強化するために昔捨てた神力を少し回収せざるをえなくなった。』

 だのにミッシュは未だに神を辞めることを目的として、もう少しで神の身分を捨てることができると口にする。

 精神が高次で安定している神の私だが、ミッシュのその言い分には少し寂しいものを感じた。


◇◆◇◆


 かつて、神罰を加える目的で顕現(けんげん)した神ガシュミルドにたまたま遭遇して、狂おしいまでの恋心を抱いた巫女がいた。

 巫女は神に(めと)られることを夢見てひたすらに神格を高める修行に打ち込み命の尽きる直前に亜神へと至り、亜神によって伸ばされた寿命の全てをまた修行に費やしてとうとう神へと至った。


 神ミシュガルドは新たに神となった者を女神として受け容れ、自分を男神としたが、それは神の権能を分担しただけで、女神を娶った訳ではなかったし、男神と並び立つこととなった女神は神の神格を得たことによって熱情を忘れ恋心を失った。


 生まれながらの神として人の心を知らない男神と、人の心を知りながら情で動くことを忘れた女神は、2柱の神として、ただそうあるだけの存在となった。

 だが、女神が地上の用務を(こな)すために生み出した使徒は、わずかな神格を付与してあるだけであったために、神が憑くと神の神格の低下を招き、女神は人間の記憶に引っ張られるようになった。


 女神は使徒を使う度に自分のかつての恋心の名残を見つけ、実現することのない(はかな)い夢に捧げた一生の幻影を見ることを(いと)い、やがて女神は自ら使徒を使うことを止めてしまった。


 それとは逆に、巫女が神となることを願い女神へと至った一部始終を目撃した男神は、ほとんど不可能であった神への道を切り開きついに女神へと辿り着いた人間に衝撃を受けて、つぶさに人間の行いの観察を始めてやがて生き物へと憧れ、神を辞めることを願うようになった。


 男神は(あらわ)れたときから神であったために感情のなんたるかを知らず、亜神となった今は気持ちの振れ幅は大きくなったものの、生き物の感情の機微が分からないでいる。


◇◆◇◆


「それで、最近の様子はどうなの。」

 最近、世界の秩序を破壊しようとしている者がいるのは私も苦慮している。

 その者は狡猾で、自分からは決して直接秩序の破壊行為には参加しない。

 舞台と役者を整えて実行をさせるが、神の制約をよく知っていて、自分が直接関わることはしないためにこちらからは手が出せない。

 だけど、私よりも制約の緩いミッシュならばどうだろうかと思ったのだけれど──


『相変わらず奴は狡猾だな。奴は亜神になる直前の段階で自分を止めて、こちらの制約をよく知った上で行動しているようだ。

 奴の地力は多分もう俺を上回っているだろうが、俺に手を出せばリーアイアが動くことができることも計算に入っているだろう。

 全く、前の勇者のコールズと魔王のザカールが向こうの手駒だったというんだから笑えないよ。』


(生き物のことが分からないと言いながら、少しは人間くさくなってきているじゃない。)

 私は以前は聞くことのなかったミッシュの愚痴を聞きながら微笑んだ。


 ガシュミルドがいくぶんかでも人間臭い反応をしてくれて私に興味を持ってくれたら──

 それはかつての私が繰り返し見た夢だったはず。

 今は黒豹の魔物の姿を取りミッシュと名乗るようになって、少なくとも生き物臭い反応をこうして示すようになったのに、今度は私が人間らしさを失っている。


(皮肉なものね。)

 交わることのない私たちの道に私は溜め息を吐いた。

 使徒に引っ張られた今の私にはこのくらいの人間らしさは示すことができる。


 ふと、私はかつての私の夢を思い出した。

 ガシュミルドに寄り添いその胸の中で微睡(まどろ)む夢。

 私は微かに唇を引き絞った。

 胸の中ではないけれど、寄り添うことはできる。

 もう私の心を覆っていた熱はないけれど、人間らしさをいくぶんかでも取り戻している今なら、叶うことのなかった私の夢を形だけでも実現することができる。


 私はミッシュの側へと進むとそこに座り、そっとその背中に触れる。

 心地よい短い毛の感触が伝わってきて、私はその感触を楽しみ続けた。

『おい、どういう風の吹き回しだ? 』

『昔ね、人間だった頃に、ミッシュにこうすることが夢だったの。

 神は情熱を持てないけれど、使徒に憑いて、人間だったときの記憶が私にこうしろって(ささや)くの。』

 ミッシュは私の言い分を聞いてしばらく考えていたけれど、やがて、そうか、と言って地面に伏せて目を(つぶ)った。


 私はミッシュの背中に頬摺りをして、両手をミッシュの首に回す。

 眠っているミッシュの頭に私の頭を寄せて体の力を抜き、そのまま目を瞑る。

 神は眠ることはできないけれど、私は考えることを全て放棄して、無の中を漂い続けた。


 やがて周囲に光が差してきて、私は体を起こしてミッシュに声を掛ける。

『おはよう、ミッシュ。

 私はこの使徒にアイリと名付けることにしたわ。

 ね、また来てもいい? 』

『好きにすると良い。

 全く、アイリは俺がいるところへ押しかけてくるのが好きなんだな。』


 私は笑った。

 まるで人間だったときのように。

「ミッシュ、分かっているじゃない。

 きっとそのうち、あなたにも人間の心が分かるようになるわ。」


 私はミッシュに予言のような言葉を残して神界へと転移した。

 神界へと着いて、神が何の根拠もなく予言めいたことを言うなんて、全く前代未聞のことだわ、と私は薄く微笑んだ。



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