第22話 彼女の事情……もしくは本格的乙女の危機
ウィーナさんは私の隣に座ると、森の方へ入っていくコールズさんを見送りながら、上目遣いに私を見た。
「いい? 私のこともちょっと話しておこうと思って。」
ウィーナさんの言い方からすると、2人はあらかじめ私にそれぞれの身の上話をすることを決めていたようだ。
理由は、きっと2人の話が終わった後に教えてくれるんだろう。
取り敢えずはウィーナさんの話に集中する。
「キャセラさん。私が冒険者をやっていたときにはもうB級が見えていて、依頼の失敗でできた借金なんか冒険者を続けた方が早く回収できるのに、なんでわざわざ娼婦にされたのか、分かる? 」
考えたこともないウィーナさんの質問だったけれど、私にはすぐに理由が分かった。
「レベルの高い男性の相手をさせるためですか。」
私が即答したことに、ウィーナさんは少し驚いたようだ。
「キャセラさん、あなたまだ生娘よね。
……ああ、そうか、セイラさんはダイカル王の婚約者だった。
男女間のレベルの問題は良く知っているという訳ね。」
納得したという顔で改めて私を見ながら、ウィーナさんは説明をする。
「ご明察よ、強い男に見合うレベルがある女じゃないと閨ごとは務まらない。
だから娼館ではC級以上の見目が良い女は喉から手が出るほど欲しいの。」
(分かってます、私、この世界に来た途端にレベル差で酷い目に遭いましたからね。
ダイカルに破裂させられた体を魔道具で復元したことが、魔王妃がついちゃったそもそもの原因なんだし。)
ふと”殺されて嫁にされた”という表現が浮かんで、ムカついてきた。
「私はアトルガイア王国の王都近くにある村の出身で、兄弟姉妹4人でパーティを組んで冒険者を始めて、運よく誰1人欠けることなく順調に、よりレベルの上がる場所を求めて旅をしていて、アスモダまで来て、アズータという町で依頼に失敗した。」
私は、え?、と思った。
(さっき、コールズさんはタムニラで出会ったって言わなかった? )
「賠償しなければならない金額は、私たちの資産では払えないけれど、1番年上でパーティリーダーだった私が身を売れば、賠償した上に兄弟姉妹が国へ帰る資金になるくらいのお金が残るものだったわ。
それで、私が娼婦になって兄弟姉妹は皆故郷へ帰ったの。
私の場合も、良くある冒険者の失敗談のひとつ、の筈だった。
でも、私たちの受けた依頼は、実は討伐できるはずのない架空の依頼だったの。
アズータの町には冒険者の相手ができるレベルの娼婦が少なくてね、その対策として、冒険者ギルドの副ギルド長が娼館と組んで私を狙い撃ちしていたのよ。
それを知ったのは娼婦になった随分と後よ。」
ウィーナさんの顔に憎悪が浮かぶ。
「あるとき、娼館の経営者が酔った勢いで口を滑らせてね、私は経営者を半殺しにしたけれど、副ギルド長がことが公になるのを恐れて内々に光魔法で回復してもらって済ませようとしたの。
でも、それから私は客を取るのを拒否して、無理矢理に取らされても客に事情を話すだけで何もしないを徹底して貫いたものだから、食事も与えられなくなってね、ああ、これで私は死ぬんだと思ったわ。
でも、アズータには当時、強い冒険者の相手をできる娼婦が他にいなかったから、私のことが冒険者たちの間で噂になって、それが冒険者ギルドのギルド長に伝わってね、結局、娼館の経営者と副ギルド長は捕まって、私のことも娼館から助けるという流れになったの。」
(え、じゃあなぜタムニラの娼館にいたの?)
私の疑問は顔に出ていたらしい。ウィーナさんはあやすように笑って話を続けた。
「助けられて自由になっても、汚れた体で兄弟姉妹のところへ戻ればいろいろと兄弟たちに迷惑が掛かるし、何よりもうステータス表がメチャメチャだった。」
ウィーナさんの自嘲する笑顔が私の胸に突き刺さる。
「私の前のステータス表を見たでしょう?
職業欄には娼婦と書かれて、特技欄は見るも恥ずかしい内容が羅列されて、娼館を出たとしても誰にもステータス表なんか見せられない。
飢えでは死ななかったけれど、私の人生は終わったと思ったの。
だから、ギルド長には借金の返済はそのままに、私を別の町の娼館に移してもらうようにお願いした。
それがタムニラの町の娼館だったの。」
ウィーナさんから怒りの表情が抜けて、柔らかくなった。
(あ、これはコールズさんとの話になる。)
私が思ったとおり、ウィーナさんはコールズさんとの出会いを話し始めた。
「あるとき、中年の冒険者がきてね、随分と落ち込んでいて話を聞いて欲しい風だったから、聞いてあげたわ。
そうしたら、俺は勇者だ、アトルガイア王国の言うことを信じて人族以外は悪の手先だと思って酷いことをしてきた、と言い始めるじゃない。
こんな中年が勇者の訳はないと思ったけれど、アトルガイア王国の言うことを信じていたのに、という体験は、国を出た人間が一度は経験することだから、私はつい、やっちゃったことはそれとして、反省して償っていくしかないでしょ、みたいな説教をしちゃったの。
そうしたら、コールズったら私の何が良かったのか、私を身請けするって言い始めたんで、年の割に擦れてない男だと思いながら、ステータス表を見せてこんな女を身請けしてどうするのって言ってやったのよ。
そうしたら、コールズったら、”俺が養うのに誰にステータス表を見せる必要がある”、”そんなに気になるなら、俺がステータス表を修正してやる”なんて言い出してね、リップサービスだと思いながらもつい私も嬉しくなっちゃって、思いっきりサービスしちゃって…… 」
(あー、はいはい、ご馳走様、本日2回目です。)
ちょっと私が付いていけない専門的な描写が始まって、私が少し冷めた目でいるのに気がついたのか、ウィーナさんが話題を変えて聞いてきた。
「ね、セイラさんも、帰ったらガルテム王と結婚するのよね。
しかもアスリーさんって言う新婚の先妻がいるんでしょう?
これこそ、絶対に負けられない戦いよね。
ね、いつも鍛えてもらっているお礼に、夜の戦闘力は私が鍛えてあげる。」
(こ、この人は、一体いきなり何を言い出すんですかっ。)
私が動揺するのにも構わず、ウィーナさんは急に視線が色っぽくなったと思ったら体を寄せてきた。
「ね、私の訓練を受けたら、男なんてイチコロよ。」
「ちょ、ちょっと待って、私、そんな必要な《わぷっ》」
ウィーナさんの唇が私の唇を塞いで脳が蕩けるような濃厚なキスをしてきて、それを押しのけようとする私の手をするりと躱して、ウィーナさんの手が私の服の中に潜り込んでくる。
「ね、体も開発すれば、王様だってもう骨抜きになるわよ。」
私が一生懸命にウィーナさんを押し戻そうとするのだけれど、そこは歴戦の勇士ということなのか、抵抗がするりと躱されて動けば動くほどウィーナさんの手が深く潜り込んでくるのに私は戦慄した。
「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ『自分でするのはノーカンです。』
ぜえったいにダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメッ。
いやーーーーーーーーーーーっ」
大声で泣き出した私を、ウィーナさんは体を離してびっくりした顔で見詰めていた。
収まりきれずに、続いちゃいました。
原因は、一目瞭然ですね((+u_)




