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第21話 彼の事情

 翌日の午前中、私はコールズさんとの訓練を終えて、ウィーナさんが1人訓練をしているのを見ていた。


(ウィーナさん、よく頑張るなあ。)

 そう、ウィーナさんはソバット君なんか霞んでしまうくらい、寸暇を惜しんで訓練をしているのに、コールズさんの手が空いた合間を見てコールズさんに手合わせも頼んだりして、毎日、午前中だけで私が修行していた1日分になるんじゃないかと思うくらいの修行をしていて、意識が飛んじゃう寸前くらいまで自分を追い込んでいる。


(それもこれも。コールズさんのためだよね。

 コールズさん、愛されてるなあ。)


 そんなことを思っていたら、そのコールズさんがやって来て私の隣に座ってきた。

 コールズさんがウィーナさんを伴わないで私の側に来るのは、実はけっこう珍しい。


 まだソバット君のことを相談していなかった私は、良い機会だと思ったのだけれど、コールズさんの方にも用事があったらしい。


「これからのシューダ討伐のことなんかを考えると、他のメンバーとの関係ではどうしてもセイラさんには迷惑を掛けるし、取りなしてもらわなきゃならんと思う。

 ならば、俺のことを理解してもらうためにも、一度セイラさんに俺のことを話しておかなきゃならんと思ってな。」


 そう話し始められると、私としてはソバット君のことは置いて、まずはコールズさんの話を聞くことになる。


「アトルガイア王国では、全国民が受ける教会の資格審査で勇者候補を選んで育成して、その中から勇者を選抜していく訳なんだが、俺は元は食い詰めて一家離散した農家の息子でな、俺が10歳で勇者候補に選ばれてしばらくして、俺を養ってくれていた母親は病気で死んだ。


 で、身寄りがないから師匠の家で世話を受けることになったんだが、世話とは名ばかりでな、師匠は俺の育成のための給付金を教会からけっこうな額をもらっていた筈なんだが、それを師匠は着服して自分の家計費に回した。


 で、俺は他人から見える服だけはまともだったが、師匠の家ではいつも用事を言いつけられて下働きのようにこき使われた上に土間で寝起きして、家の少しの残り物をもらって地べたで手づかみで食って、実態は奴隷に近いような生活環境だった。


 だから、俺は毎日空きっ腹を抱えて生き延びるだけで精一杯で、勇者の訓練なんかまともにやっていなかったし、師匠も俺の金だけが目当てで、碌な訓練も付けてくれていなかった。」


 コールズさんは、こんな話、面白くもないだろ?、と困ったように笑っていたけれど、私は、へえ、コールズさん、苦労人なんだ、と感心して聞いていた。


「で、俺は他人のことにはにろくに関心もなく、修行の成果は金目のものをかっぱらうときくらいしか役に立っていない生活をしていたんだが、ある時、修行場の近くにある家の20歳くらいの女性に、うちで昼を食べて行けと呼び込まれてな。


 その女性は俺の何が気に入ったのか、3食の世話だけでなく着るものや読み書き計算なんかも面倒を見てくれるようになって、俺はその家に居着くようになったんだが、師匠は厄介払いとばかりに干渉してこなかったから、結局俺はその女性と一緒に暮らすようになった。


 俺は12歳だったし、面倒を見てくれた女性──ルミアさんと言うんだが──はまだ若いんで、俺は姉さんと呼んで懐いていたんだ。」


 コールズさんは何か懐かしいものを見るような優しい目をウィーナさんに向けていて、あ、これはウィーナさんがその人に似ているとか言う話かな、と私は思った。


「衣食住が足りて優しく接してくれる人ができて、俺はルミア姉さんに褒めて欲しくて他の候補者の様子を真似ながら修行に打ち込み始めて、師匠がクズでも才能があったお陰で勇者の地位を獲得できた訳だが、ルミア姐さんが俺に何を期待していたかが分かったのは、俺が勇者に指定されて力を受け継いだときだったな。


 ”私は以前は冒険者で、依頼を失敗した借金のために娼婦になった姉がアスモダにいるの。

 アスモダに行くことがあったら、不可能なのは分かっているから、姉を探してとまでは言わない。

 でも、人族の娼婦がいたら助けて上げて”と、そう頼まれた。


 俺がその頼みを受け容れてしばらくしたら、ルミア姉さんはそれで心の重荷がいく分か下りたんだろうな、俺には行く先も告げずにどこかに嫁に行ってしまった。」

 コールズさんは寂しげに笑った。


「ウィーナさんは、ルミアさんのお姉さんではないんですか。」

 思わず聞いた私だったけれど、コールズさんは首を振った。


「分からないし、確認もしていない。

 依頼を失敗して娼婦になった冒険者なんて、珍しくないんだ。

 でも、魔族の拠点から逃げてタムニラという町まで来て、娼館にちょうどルミア姉さんのお姉さんくらいの年頃の人族がいると聞いたときに、テリーナを指名したのはそのせいだろうな。」


(コールズさんって、シスコン? )

 思わずそんなことを考えてしまった私だけれど、口に出せないことなので、私はただ頷いて相槌を打つ。

 

「ウィーナ、いやカリーナに出会ったタムニラは、サミュルの南にある町だ。

 俺は魔族の指導者の拠点から逃げて海峡を泳いで大陸を渡ろうと海に飛び込んだんだが、ビアルヌに行くはずが随分と南に流されて、多分そのせいで今まで追っ手に出食わさないで済んでいる。


 ナズム大陸に着いた俺は、そこでセイラさんに言われたことを確認するために噂話なんかを集めて回り始めた。

 最初はアスモダのフィルターを通して伝えられた情報だからと、いちいち情報の正確性を疑っていた俺だったが、俺の主張を裏付ける情報の少なさとセイラさんのそれとを調べるにつれて、どちらが正しいかを納得せざるを得なくなって、俺は自分がやって来たことの責任の苦しさに押し潰されそうになった。」


 コールズさんが話しを止めて、一瞬見せて逸らした顔には激しい自己嫌悪が宿っていたように見えた。

(冷静に話しているように見えるけれど、きっとコールズさんは冷静どころではない感情を抱えたまま、私にこの話をしてくれている。)

 彼がそんな苦しい心まで私に見せてくれようとしていることが、私は気になった。


「女性のセイラさんにこんな言い訳をするのも何だが、娼館に行けば誰か女性に優しく慰めてもらえるんじゃないか、それが無理でも誰かに()さをぶつけることができると思ったんだ。


 人族の女がいると聞いて、人族の女ならきっとあの国のことを踏まえて俺の欲しい慰めを言ってくれる、そう思った訳だが── 」 

 コールズさんは笑った。


「カリーナには説教をされた。

 ”心に反することをしたと思うのなら、正しいと思うことを重ねて少しでも償っていくほかないでしょ。

 私は今は娼婦だけど心の底まで自分を娼婦と思っている訳じゃない。

 いつか自由になれる日が来たら、その娼婦じゃない自分を掻き集めて慎ましく1人で生きて、1つで良いから何か人の役に立つことをするつもり。

 それができたら、間違った人生でも、少しは取り戻せる気がしない?”と言って笑っていたよ。


 で、俺はそんなテリーナの心根に惚れて、色っぽいし、その…… 」

 コールズさんが赤くなって視線を彷徨(さまよ)わせる。


(ああ、はいはい。ご馳走様。)

 話が2人の馴れ初めに入って、私が愛想笑いをしたのに気付いたコールズさんは、ゴホンと咳をして言った。

「俺のことは大体こんな感じだ。

 もし何か疑問とかがあったら構わないから何でも聞いてくれ。」


 最初の口上はあったけれど、コールズさんのことは日々の触れ合いを通して大体の人となりは理解しているつもりだ。

 なぜコールズさんは、いきなりこんな話しをし始めたんだろう、そう思っているうちに、コールズさんはウィーナさんに手を振って、じゃ、と言って席を立った。


 そして、入れ替わりにウィーナさんがやって来た。



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