第20話 恋愛話2題。1つはそんな甘い話じゃないからっ
「あの、コールズさんは私がシューバを倒したって、ガルテム王国の国民のみんなが信じているって言うんですか。」
「庶民は英雄を求めるもんだ。
それが、うら若い乙女が、愛する国王のために我が身を省みずに死地に出向いて目覚ましい功績を挙げたとなれば、偶像としてこれ以上のものはないだろう。」
(いや、私、ダイカルのことなんか何とも思ってないし、むしろ早く魔王妃の称号や婚約者の噂を消しちゃうために頑張っているんですが。)
私の心中の叫びも知らずに、コールズさんはにこりと笑って説明を続けた。
「この間、冒険者ギルドのギルド長も”シューバを倒した噂の魔王妃”と言っていただろう?
少なくともアスモダでの世間の認識は、討伐の主役はセイラさんで間違いないだろう。
ガルテム王国でも新婚のアスリーさんとの関係の調整はあるだろうが、敢えて事実を歪曲するようなこともないだろう、セイラさんが1番の功労者で決まりだと思うぞ。
これでもうダイカル王とセイラさんの結婚に障害はないんじゃないか?
おめでとう。」
(ちょっと、障害がなくなったら困りますっ。
少なくとも私の中には、障害、じゃなくて拒否感がありまくりなんですっ! )
コールズさんが良かれと掛けてくれるお祝いの言葉に、私は両頬に手を当ててずるずるとしゃがみ込んだ。
人には見えないだろうけれど、私の周りにぐるぐるとムンクの叫びの背景が広がっているように感じられる。
(──ああ、誰か、タスケテ。)
ヴァイバーンを討伐したときに感じた魔王妃へと続く広い道が、ものすごいスピードでガンガン舗装されていくのが目に見えるようで、私はさらに身を縮こまらせた。
◇◆◇◆
30分ほどして、私は開き直って立ち直っていた。
これでも意志の強さで召喚された異世界人(のなれの果て? )だもの、いつまでも落ち込んではいられない。
まず、男に戻れたら、全てはめでたくご破算、チャラになる。
男に戻れなかったとしても、今の私にはいつでも魔王妃を辞める手段が手元にあって、顔形も自由に変えられるし、何より使徒の体を使っているので純潔が保証されていて、理不尽な目に遭う恐れがない。
ならば、意に染まない事態になりそうになったら、いつでも逃げちゃえば良いと気が付いた。
まあ、女神リーアやミッシュをはじめとして、一方的にでも託されてしまったことや私を保護してくれた母様のことがあるから、シューダ討伐だけはやり遂げるつもりでいるけれど、1番考えたくない魔王妃への道を自力で回避できると自覚したことは大きい。
問題は、私の事情をコールズさんたちにどこまで話すかだけれど、今のところはまだ話さないことにした。
2人を信用していない訳ではないけれど、もう少し心の距離が近づいてから、全てを話したいもの。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「母様、こっちです、こっち。もうすぐ着きますっ。」
フェンから下りて、私は母様たちを両親の住む家の方へと小走りに案内していく。
母様は、私の家に近づくにつれて寡黙になっていくけれど、姉様とセラムのことを両親に話してくれるつもりだからだと知っている。
母様の口添えがあったら私と姉様のことは上手くいくに違いないと考えると、早く早くと気が急くのも仕方ないよね。
あの大きな大樫の木の下を右に曲がって、鬼人族だけに分かる表札代わりのトネリコの木の前を通り過ぎて……
私の足はそこで止まった。
斜面の地中に半分埋もれるように建てられ藪に偽装された私の家がえぐり取られるようにして中を晒している。
駆け寄って中を覗き込むと、中はメチャメチャに荒れて家具はほとんどが壊れるか無くなるかしていて、敷き物が水を含んで腐っている状態から、こうなってから随分と時間が経っているのが分かる。
ああ、と唸るように声が漏れて、ぺたりと座り込んだ私の側を母様が通り過ぎて家の中を調べ始め、アスリーさんは家の周りを調べてくれる。
「家の中には、家族の方たちの手掛かりになりそうなものは残っていないわね。」
やがて母様が戻ってきてそう教えてくれて、アスリーさんも戻ってきて、家の周りも同様だと教えてくれた。
家の中も外にも手掛かりがないということは、皆は無事でいるかもしれないと言うことで……
「あ、そうだ。」
私は表札代わりのトネリコのところへ行くと、木の後ろに隠された箱を取り出した。
これは鬼人族が連絡用に使う箱で、連絡事項があるときにはこの中に手紙を入れておくのが慣例になっている。
箱の中には私と母様に宛てたお父さんの手紙2通が入っていた。
1通を母様に渡し、私は自分の手紙を読む。
”ティルクへ。
大猪の突撃を受けて家は半壊したが私たちは全員無事だから心配しないように。
付近の家には強い魔物に対抗できないところもあるので、付近の皆と相談して集落ごと王都へ避難することになったが、王都の護りに行く手を阻まれた魔物が方向を転じてマイルガの集落を襲っていて、マイルガでは魔物と戦うために助っ人を募っていると聞いて、私たち家族は親戚のいるマイルガへ支援に赴くことにした。
お前が王太后様に同行して鍛えて頂いて活躍していることは、テルガ近郊の鬼人族から聞いて知っている。
今しばらく、お前のことは王太后様にお預けしたいと思うので、元気で、少しでも王太后様のお役に立てるように頑張って欲しい。
父より”
私はお父さんからの手紙を読み終えて、ニマニマとする。
あの不器用で照れ屋のお父さんが私のことを”活躍している”と褒めてくれている。
そう思っただけで嬉しくて、恥ずかしくて、つい1人照れ笑いをしていたのだけれど──
「あら、ティルクさん、手紙の裏に何か書いてあるわよ。」
アスリーさんに教えられて、手紙の裏を見ると、小さな字で端の方に”最愛の娘へ”と書かれていた。
(お父さん、無理しちゃって。)
私は思わず笑って、そして涙が零れてきた。
手紙を胸に抱いて、高まった感情のまま少し震えてしまった声で母様に話す。
「照れ屋のお父さんが、“最愛の娘へ”だそうです。」
「あら、それは良かったわね。
で、どうする?
ご家族の後を追ってマイルガへ行きたいかい? 」
「いえ、予定どおり王都に行きます。
王都で姉様の助けになることを探して、姉様のお役に立ちたいんです。」
私の言葉を聞いて母様は笑顔で頷いた後で、ぽつりと呟いた。
「ああ、家族に会うことより好きな人のためになることの方を選んだなんてガーダさんに知れたら、私はなんと申し開きをしたら良いのやら…… 」
私はくすりと笑ってアスリーさんに視線を向ける。
国のあり方に疑問を持っていたアスリーさんは、ダイカル王と結ばれるために国を捨てる選択をしたけれど、私は家族を捨てることまでを選んだ訳じゃない。
ただ、家族が無事なことが分かった以上、私の心の優先順位に従って姉様のために尽くすだけ。
そうなっちゃったことの責任は、遠慮なく母様に背負ってもらおう。
私は姉様や家族と同じくらい母様のことが好きだもの、それくらい甘えたって良いよね。
気になる言い回しや表現が何カ所かあって手を入れました。
結果、文字数が666,666文字になったのは、偶然です。
…途中、ちょっと意識したけれど、本当に偶然なんです。




