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第12話 愛の狩人。その名は……

「それではセイラ、またね。」

 セイラとの念話を終えて私は溜め息を吐いた。


 セイラは思いのほか早く調子を取り戻していた。

 しかも前よりも少し意志が強くなっているようだ。

(自分が消えてしまうかもしれないのに、セラムの信頼に応えることを選んで躊躇いもしない。

 羨ましいわ、これが若さというものね。)


 セイラから勇者コールズがシューダ討伐に参加すると聞いて、私は湧き上がる憎悪をセイラに悟らせないようにするのに苦労した。

 セイラがコールズに騙されていることを願ってその証拠を掴もうとしたけれど、セイラはあっさりとそれを否定した。


(自分が罪の意識に押し潰されそうになったのも、セラムの意識が消えてしまったのも、直接の原因はシューバに乗り移ったコールズだったというのに、あの子はそれを微塵も気にした様子がなかった。)

 私も乗り越えて見せないと行けないわね、と唇を噛み締める。


 シューダにはザカールが囚われていると想定されていて、肉体がどうなっているのか分からない現状でシューダを討伐すれば、ひょっとしたら私がザカールに止めを刺すことになるのかもしれない。


 魔王妃である私が勇者と組んで魔王を倒す。

 そうなるかもしれないことに運命の皮肉を感じながら、私はガルテム王国の大使に正式に任命された兄さん、セルジュの元へと向かった。


◇◆◇◆


 兄さんとの情報共有は終わり、私は王都への出発を明後日に控えて準備をしているだろうティルクの部屋へと歩を進める。


「ティルク。今、セイラから連絡があったわよ。」

 出発準備を終え、私が時間があればと言いつけていた刺繍を部屋でしていたティルクが顔を上げると、ぱあっと顔を綻ばせた。


「姉様から。姉様の様子はどうでした? 」

「もうすっかり回復して、前より少し心が強くなったように感じたわ。

 初めて、”私は男に戻ることを目指すんです”と言い切って、その言葉に陰りはなかったもの。

 セラムに託されたことをやり遂げて、呼び戻したセラムと相談するんですってよ。」


 目を輝かせるティルクを見ながら、私はそれから一言を付け加えた。

「セイラは今、勇者のコールズと一緒にいるわ。」

 首を刎ねられたティルクが怖がるだろうかと思ったのだが、ティルクは手の刺繍を投げ出して武器をおいたテーブル脇へと駆け寄ると、剣を掴んで窓へ向かって走ろうとする。


「お待ち。どこへ行くつもり? 」

「どこって、姉様を助けないと! 」

 私はくすりと笑ってティルクを止めた。

「大丈夫。セイラは自由意志でコールズと一緒にいるの。

 コールズは自分の信じていたことが誤っていたのを認めて、罪を償うためにシューダ討伐に参加すると言っているらしいわ。」


 ティルクはクエスチョンマークを顔中に貼り付けた表情で首を捻っていたけれど、やがて何を考えついたのか、だんだんそわそわと落ち着かなくなってきて、私に問いかけてきた。


「シューバだと顔は分からなかったけれど、コールズって背が高かったですよね。

 ないと思うけれど、もしかしたらコールズはすごい美男子で、姉様はコールズの見た目に騙されて嘘を信じ込まされているのかも。

 姉様、何か言っていませんでした? 」


 不安いっぱいの顔でじたじたと小さく足踏みを始めたティルクがおかしくて、私は少し揶揄ってみることにした。


「何も言ってなかったわよ。

 で、コールズがすごい男前だったら?

 そうねえ、最近はセイラも女の子らしくなってきたから、セイラも意識くらいはしてしまうかもしれないわねえ。」

 私が少し煽ってみるとティルクは形相を変えた。

「母様! やっぱり私、行ってきます! 」

 私が言うが早いか目を吊り上げて再び窓に突進しようとするのを、私はティルクの襟首を掴んで止める。


「ティルク、落ち着きなさい。

 コールズには恋人がいるそうよ。」

「……姉様は美人だし、気立ても良いし……

 そうよ、きっとコールズが姉様に近寄って来てるのは、恋人の側に姉様も(はべ)らせてハーレムを作ろうとしているんですっ。

 あんな奴、そうに違いないんですっ。」

 一度は小さくなったティルクの声がまただんだんと大きくなってソワソワとし始める。

「ああ、急がないと姉様が取られちゃう。」


(この娘は…… )

 思わず私は眉間(みけん)を指で押さえた。

「ティルク。コールズを敵視する気持ちは分かるけれど、焼き餅も独占欲も、度が過ぎると可愛くないわよ。」

「だって…… 」

 うわごとのように漏れたティルクの焦燥の言葉を私が溜め息交じりに(たしな)めると、ティルクは唇を(とが)らせた。


 ティルクがシューバと命がけで戦ったのも、鬼人族のためというよりきっとセイラとセラムのためだったのだろう。

 唇を尖らせたまま上目遣いに睨むティルクに私が刺繍を差し出すと、ティルクは首を振りながらも不承不承に受け取って椅子に座った。


 ティルクにはセイラの教えてくれたコールズの情報を伝えて、次にアスリーの部屋に向かいながら、私は王都へ帰る道中で、ティルクの父親にセイラとセラムのことをどう釈明したものかと頭を悩ませ始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝、私が朝食を終えて宿で待っていてもコールズさんたちが来る気配がないので、コールズさんたちの宿へ訪ねて行くと、2人はまだ部屋から出てきていないということだった。


(2人とも若返った初めての夜だったし、もしかして、疲れてる?

 いや、時間を忘れてとかだったらどうしよう。)

 昨日の2人の熱愛ぶりにあらぬ想像をして、ドキドキしながらコールズさんたちの部屋へと向かったのだけれど、部屋に近づくにつれてそんな色っぽい話ではないことが明らかになった。


「……コールズ、大体あなたが…… 」

「だから悪かったって何度も謝ってるだろ。」

「で、謝ってどうするのよ…… 」

 何だか揉めている声が扉の向こうから聞こえている。


「もしもし、コールズさん、テリーナさん? 」

 ドア越しに声を掛けてノックをすると、部屋の中の声がぴたりと止んだ。

 やがてドアが開いて部屋の中に招き入れられると、2人から収納空間を出すように頼まれた。


(ああ、大きな声では話せない相談をするんですね。)

 私がすぐに収納空間を用意して3人で中に入ると、テリーナさんが切り出した。


「昨日、私が名前を変える話になったじゃない。

 そんなことができるのって聞いたら、コールズが”俺ならできる、任せとけ”って言うから、勇者の能力の内だと思って納得していたの。

 ところが、今朝になって聞いたら、”神殿に勇者の名前で命じる”って言うのよ。

 アトルガイア王国でなら勇者の威光でできるかもしれないけれど、ここは獣人の国よ。

 勇者の名称なんか効果がある訳ないって言ったら、この人、初めて気が付いたのよ。」


 ああ、そういえば私と母様とティルクとがテルガの町に入るとき、偽名を使うためにコピーしたトリックフォックスの能力を使ってステータス表を誤魔化したんだった。


 聞けば、ステータス表は神が全生物に与えたもので、基本的には改竄(かいざん)できないけれど、神殿で修行を積んだ高位の神官は神授の能力を分与されてステータス表の改名や一部の職業の変更などができるらしい。

 なぜこんな需要があるのかというと、一方的な行為によって姓が強制的に変更されてしまったときや離婚によって姓を戻す必要が生じた場合、それから社会的に不名誉とされる職業を更生した場合などに変更する必要があるからだそうだ。


(あれ? じゃあ、私も望めばガルテムの姓を戻せるってことよね。)

 個人的な必要があるかもしれないので改姓の手続きを詳しく聞いたら、神殿の厳格な審査を経てステータス表の変更が認められるのだそうだ。


 ただ、アトルガイア王国だけは国王が武力を背景に無理矢理に神殿の長に就任しており、一部権力者の意向で神殿の審査を回避できるとのことで、神殿側も国王の影響を排除しようとする動きは度々あるらしいが、現時点ではまだ成功していないらしい。


 結局、私が姓を”明日葉”に戻そうとすれば、神殿に全てを打ち明けて審査を受ける必要がある。

(それは私も厭だし、ダイカルも母様も王室の内情を暴露するのは許さないだろうな。)

 私がそんなことを考えていると、テリーナさんが溜め息を吐いた。

「全く、この人ったら常識がないんだから。」

 テリーナさんが溢した台詞にコールズさんが小さくなる。


 名前を変えることができないのなら、どうしようかと思っているところに、ミッシュから念話が入った。



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