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第10話 修羅場初体験。もう二度と経験したくないです

「コールズ、本当に勇者なの? 」

(あれ? 私にコールズさんが勇者だって教えたの、テリーナさんだったよね。)


 コールズさんに向けるテリーナさんの表情は真剣だった。

「私だって人族だよ。

 今、中年の年頃になるような勇者がいないことくらい知ってた。

 きっと腕の良い冒険者がバカな娼婦だと思って適当なことを言ってると思っていたし、汚れた女が身請けしてくれた恩に一生(だま)されてやるくらいはしてやって良いと思ってた。

 どうしてだか分からないけれど、でも本物なら話は別よ。


 コールズ、私、出て行く。

 身請けしてもらったお金と若返らせてもらったお金は後で送って、私が必ず返すから。」


「テリーナ、待て。」

「離して! 勇者の名前に傷が付くわ。

 勇者の隣に私みたいな女がいちゃいけないのよ! 」


 突如大声で始まった痴話喧嘩に、私は一生懸命に風魔法で部屋の音が外に漏れないようにしていた。

(お願いだから、大声で勇者を連呼するのは止めて。)


 人族以外では”勇者”の評判は悪い。嫌われていると言っていい。

 まあ、無茶な冒険をする人を嘲笑して”勇者”と呼ぶので、全く使われない言葉ではないけれど、これだけ連呼すればそんな意味でないことは誰でも気付く。

 魔族の領域にほど近いこんな小さな町で勇者がいる噂が広がるとか、本当に勘弁して欲しい。


 出て行く、行かせない、と大声で言い合う2人の水掛け論を外に聞かせないために風魔法を張りっぱなしだったけれど、やがてコールズさんが水掛け論を止めて、テリーナさんを説得し始めた。

「テリーナ、俺はアトルガイア王国の思想に染まって、人族以外は皆魔人族の手先くらいにしか思わずに(ひど)いことをしてきた。

 でもそれがアトルガイア王国の勇者に求められるものなんだ。

 俺は勇者という称号に価値を認めない。

 それに、俺のことをそこまで考えてくれているテリーナが自分を卑下することなんか何もない。

 俺の側にいて欲しいんだ。」


 私、空気です。だって2人だけの世界なんだもん。

 だけど、いい加減風魔法を張り続けるのも飽きてきたので、2人の話は2人きりでやってもらおうと思う。


「コールズさん、テリーナさん。風魔法で声が漏れないようにするのも疲れてきたので、もうこんな壁の薄い部屋で勇者の話をするのは止めませんか。」

 何とか隙を見て割り込んで言ったら、コールズさんがはっとして、やれやれ一区切り付くかと思った話の流れ弾はこちらに飛んで来た。


「ねえ、こんな話を顔色1つ変えずに聞いているキャセラさんは、コールズのことをどれほど知っているの。

 コールズとキャセラさんの関係って、何。」

(あれ? )

 憤然としてテリーナさんが私に向かってきた。


「えっと、私がコールズさんに会うのは、今日で3回目? 

 で、コールズさんは勇者。」

「嘘。それ以上のことを知ってるでしょ。」

「えっと…… 」

 テリーナさんにシューバのことは話せないと思って言い淀んでいると、テリーナさんの視線が険しくなった。

(あれ?

 せっかく回避したと思ったのに、また女の戦いに逆戻り? )


 困っていたらコールズさんが割り込んできた。

「テリーナ、彼女は婚約者持ちだ。」

「たった3回会っただけなのに、何でコールズがそんなことを知っているのよ!

 きっと2人は随分前からできていたに違いないのよ! 」


(テリーナさん、あなた、さっきまでコールズさんと別れようとしてましたよね。)

 馬鹿馬鹿しくなりながら、どうしようもなく泥沼に沈み込みそうな流れにコールズさんが竿(さお)を差した。

「なあ、ここで言い合っていてはキャセラさんが音を消すのに苦労するばかりだ。場所を変えよう。」


 テリーナさんが、ええそうねと同意した機を逃さず、コールズさんが私に言ってくる。

「よし。ならまずは俺とテリーナを元の姿に変えてもらって宿から出よう。

 宿には今夜から俺たちの代わりに俺の息子夫婦が泊まるとでも言っておかないと、こんなに見た目が違っちゃったら、宿に帰ることもできなくなるからな。」

「だから、どうしてキャセラさんがそんなことができるのをコールズが知っているのよ! 」


 まあまあ、それは後でちゃんと説明するからとコールズさんがテリーナさんを言いくるめて、2人を元の姿に変化させて、宿の親父さんに宿泊者の交代を伝えてから何とか3人で宿を出た。


 で、街道を少し離れてから周囲に人気もないことを確認して、私が2人の前に収納空間を広げると、またテリーナさんが能力がおかしいと騒ぎ出したけれど、ともかく収納空間に3人で入って入口を小さく(すぼ)める。


 場所が変わって空気が元に戻らないうちに、まずはコールズさんが自分のことと私のことを説明し始めた。

 もう面倒くさい、テリーナさんだけになら魔王妃のことがばれたって構わないと、コールズさんには私のことを話す許可を出した。


「……と言う訳で、シューバの戦闘体に入っていた俺は王太后様とここにいるセイラさんに倒されて、ようやく解放されて元の体に戻ることができたんだ。

 セイラさんとは昨日たまたま行き会ったんだが、セイラさんが中途半端な変化を懸けていたせいで、俺はキャセラさんはセイラさんの親戚だと思って近づいて、問い詰めて本人だと分かったという訳だ。」


 コールズさんの話に合わせて私は元の顔に戻り、テリーナさんはようやく私とコールズさんの関係を納得した。


「テリーナ、アトルガイア王国はたぶんほぼ確実に魔族と組んでいる。

 人族以外を滅ぼすことを国是(こくぜ)としているアトルガイア王国は、魔人族や獣人族の制圧だけじゃなく、いずれは魔族もと考えているだろう。


 純血主義の行き着く先として世界に大乱を招こうとしているアトルガイア王国に、俺は弓を引く覚悟をしている。

 勇者の称号なんかそこらの犬にでも食わせてやればいいのさ。」


 コールズさんの話を聞いて、私はコールズさんが昨日、魔族の指導者が人族と同盟を結んだという話をしていたのを思い出した。

(これ、母様たちに知らせなきゃいけない情報だよね。)


「それが本当なら、コールズは世界を救う英雄よ。

 なおさら私が側にいる訳にはいかないわ。」

「テリーナ、俺はアトルガイア王国の思想に染まって、魔族の元でシューバとして魔獣や魔物を(けしか)けて獣人族に多くの人の命を奪い、生活を根こそぎ破壊して、魔王に組みするやつらなんか当然の報いだと笑っていた。

 これは俺がやったことへの贖罪(しょくざい)なんだ。

 俺はもう陽の当たる場所へ出て行こうとは思わない。」


 これで話が収まるのかと思ったら、ようやく話がテリーナさんが出て行く、行かせないのところに戻っただけだった。


 はああああ、と大きな溜め息を吐いて、私は犬も食わない話に関わっちゃったことを後悔する。


(あ、そうだ。後は2人の話し合いなんだし、この間に母様に報告でもしてこよう。)

 私は2人に声を掛けて収納空間を拡張して2人が酸欠にならないようにしてから空へと飛んだ。



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