第9話 効果絶大、キャセラ式美容室
誤字報告をいただきました。
いつもありがとうございます。
翌朝、宿で朝食を食べているところにコールズさんとテリーナさんがやって来た。
(え? この女性も一緒で大丈夫なの? )
私が目を見開いてコールズさんを見ると微かに首を横に振ってきた。
(ダメって、じゃあ、どうするの。)
私が首を傾げているところへテリーナさんが挨拶をしてくる。
「昨夜以来ね、おはよう。
コールズがあなたに今日も用があるっていうから、どんな用事だろうと思って付いてきたの。
私?
私は見てのとおり人族でテリーナっていって、元は冒険者の仕事でしくじった借金の形にもう10年ほども娼館で働いていたんだけど、1週間前に初めて来たこの人が、なんと身請けしてくれちゃったのよ。」
そう嬉しそうに言って、豊かな胸を押し潰してあからさまにコールズさんの腕に抱き付く。
(コールズさん、あなた今20歳だったら、この人、あなたのお母さんに近いくらい年の差があるんじゃないでしょうかっ。)
じとりとした視線をコールズさん向けたら何かは伝わったらしい。
コールズさんは真っ赤になって視線を逸らした。
まあ、コールズさんが見た目老けてるから、2人並ぶと少し若めの奥さんくらいな感じで違和感ないんだけど。
で、コールズさんに胸を押しつけてしなだれかかったままのテリーナさんのこのあからさまな反応は、この人は渡さないという女の戦いを私に仕掛けてきている気がする訳で、ああ、面倒くさい。
”相手に何かこだわりがある場合、そのこだわりを止めさせようとするのは難しいわ。こだわりを満足させる方向で手がないか考えなさい。”
処世術の講義で母様がそんなことを言っていたのを思い出す。
(ええっと……あ、そうだ。)
「テリーナさん。実は私こういうのが得意で、コールズさんからの相談って、私の特技に関係したことなんですよ。」
テリーナさんの右手に私の手を翳して神性魔法と光魔法で治癒を懸けると、少し手が荒れて血管が浮き気味だったのが、血管が埋もれて肌のきめが整っていく。
テリーナさんは、右と左で明らかに肌年齢が違ってしまった手を食い入るように確認した後で私に詰め寄ってきた。
(テリーナさん、目が血走ってますよ。ちょ、怖い、怖いって! )
「コールズが美容に関心があるってどういうことよ! 」
「ああ、主な相談はそちらより健康上のことです。
詳しいことは私からは、その…… 」
「今の俺には爆弾になる身体的な問題があるんだよ。だから、問題が表面化する前にテリーナには内緒で治しておきたかったんだ。」
コールズさんが横から上手くまとめて補足してくれる。
健康上の爆弾っていうか、爆弾そのものなんだけど。
でもよし、事実を告げてるよね。
「はー、優秀な治癒師さんだったのね。いやだわ、私ったら。」
テリーナさんが少し体を起こしてにこにこし始めて、女の戦いはぶじ回避できたらしい。
「でも、これすごいわねえ。
ねえ、コールズ。私、キャセラさんにこっちの相談をしてもいい? 」
テリーナさんが自分の両手を見比べて、キラキラと目を輝かせてコールズさんにおねだりをしているので、私もコールズさんに視線をやりながら頷く。
「あの、コールズさんからはそちらの話も聞いているので、後でご相談しましょうか。」
コールズさんの見た目の相談も受けているから、治療をして、もしコールズさんだけ年相応になったとしたら、絶対にテリーナさんに恨まれるだろうし。
◇◆◇◆
テリーナさんが納得したことで治療はコールズさんが泊まっている宿の部屋で行うことになった。
治療にテリーナさんが立ち合うことは、もうコールズさんが折れて、全員で宿に移動して、コールズさんは宿のベッドに横たわった。
私はその横に椅子を置いて座り、コールズさんの胸に手を当てる。
意識を集中してコールズさんに同化を始めて体を調べていくと、胸の心臓の側に丸いものがあって、金属を何かの肉で覆ってあるのがすぐに分かる。
取り敢えずは爆発物はそのままにして、体への同化を強めて細胞レベルで調べていくと、小さな異物がたくさん見つかり、それが爆発物を覆う肉と同じものだと分かった。
異物の正体はたぶんコールズさんが腹の中にいたという魔物の組織で、それをコールズさんの体にたくさん送り込んで拒否反応がでないように馴染ませた後で、爆発物が体内で異物と判断されないように肉で覆って体内に埋め込んだんだろう。見た目の老化は魔物の組織が体にきちんと適合しきれなかった副作用だろうか。
そういうことならまず取り出すのは爆発物、それから体内の異物の順。
爆発物に取り出そうとすれば発動するような魔法が仕掛けられていないことを確認してから、慎重に肉の玉を体内から押し出していくと、胸の表面に肉の玉が顔を出し、軽く引っ張ると取れた。
次に体内の異物を網を掛けるよう漉して体の各所から浮き出させるのだけれど、それをどこに集めようかと考えた末に小腸に集めることにした。かなりの量になるとおもうけれど、コールズさん、後で頑張ってね。
濾過作業が進むにつれてコールズさんの老けた感じが抜けてきて、だんだんと肌に張りが生まれて引き締まってくる。
年相応の風貌になるコールズさんを、テリーナさんが息を詰めてみていたが、私とちらりと視線が合った機会を逃さず私に注文が付いた。
「ちょっと、こんなに若返っちゃうの?
なら、私も……。うふふ、期待してるわ。」
「えーっと……はい。」
目を潤ませて周りに花を撒き散らしているテリーナさんの圧がすごい。
元の年が随分と違うのだから、テリーナさんとコールズさんに違いが出るのは避けられないだろうけれど、そこのフォローはコールズさんが頑張ってくれないかなあ……
元からある年齢差の帳尻あわせに、私、がっつり巻き込れてる。
テリーナさんは、やってみると結構効果があった。
肌は瑞々しさを取り戻して全体的に弛んでいた肉はぷるんと張りを取り戻した。
だけど……化粧で隠されていたほうれい線が消えず、老けた感じも何となく解消されない。
長年建物から出ることもできず肉体労働に明け暮れた日々は、体にはよほど過酷だったと見える。
なので、もう一度同化を強化して細胞レベルで回復を掛ける。
私、頑張りました。
肌に透明感が出て髪の生え際が下りて頬肉が削げていき、ついにほうれい線が消えた。
「……終わりました。」
「え!? 私の顔……。」
汗びっしょりになった私の側で、身を起こしたテリーナさんが鏡に視線を走らせて絶句している。
コールズさんと並ぶとそれでも年上感は出ている。
だけど女性って元々の容貌と雰囲気で出てしまう年齢感ってあるから、その範囲だとぜひ納得して頂きたい。
テリーナさんが次にどういう言葉を言うか、固唾を呑んで見守る私の側で、コールズさんが前に出た。
「テリーナ、すごくきれいだ。」
嬉しそうに笑うテリーナさん。
(ああ、ごちそうさま。)
コールズさんに手を伸ばすテリーナさんの側で、急に邪魔者になった空しさを感じながら椅子から立ち上がろうとしていた私に、コールズさんが声を掛けて来た。
「さて、まずはその肉の玉をどこかに処分したら、これからのことを相談しようか。」
(あ、そのまま2人して部屋に籠もるつもりじゃないんだ。)
少し不満そうな様子のテリーナさんに視線をやりながら頷くと、コールズさんは軽く笑う。
「その様子だとあまり信用していなかったのか。
シューダ討伐に参加するというのは本気だよ。
俺にしか分からないこともあるだろうし、魔王殺しに特化した勇者の力も役に立つことがあるかもしれない。
何でも言ってくれ。」
うう、そう正面切って言われると、母様に追い出された身としてはちょっと辛いです。




