第8話 コールズの身の上話
「あら、今日は若い娘を連れちゃって、今晩は私はお役御免かしら。
勇者って人族の人気者と言うだけあって、本当に手が早いのね。」
「いや、そういう目的でこの娘を食事に誘ったんじゃないんだ。
ちょっと相談したいことがあるだけなんだよ。
だから、テリーナとはまた後で、な。」
(あ、後で何ですか。)
ちょっといかがわしい空気を感じながら、取り敢えず私がその対象ではないらしいことにほっとする。
テリーナさんとは別の席に座って、まずはと勧められたお酒は断ってお勧めの料理だけを注文する。
私、体が変わったから今もそうかは分からないけれど、前に一杯でベロベロに酔って、おひんひんを連呼した前科があるからね。用心、用心。
「さっきはテリーナが悪かったな。
で、相談があるともう言っちまったから単刀直入に聞くんだが、キャセラさんには自分に顔の似た姉妹か親戚はいないか。」
(今の私に似た人って、私のことだよね。やっぱり私を探してるのか。)
どうしようかと私が迷っていると、コールズさんは事情を説明し始めた。
「前にその女と会ったときに、今の俺の行いと情勢認識が正しいのかと説教をされてな、少しばかり自由が利くようになったんで調べてみた。
と言ってもこの界隈で情報を集めただけなんだが、どうも今集めた情報の限りではその女の言う方が正しかったらしい。
で、詫びたいのと頼みがあるのと両方で、その女を捜し始めたところなんだ。」
(お詫びと頼み。何だか面倒臭そうだなあ。どうしよう。)
「で、どこにいるんだ? 」
考え込んでいたら、決めつけられた。
そりゃ、返事もしないで考え込んでいたら何か知ってると思うよね。
で、覚悟を決めて、自分を指差す。
「ここ。」
「あー!! 」
周囲の視線を確認して顔を戻したら大声を上げられた。
慌てて両手で顔を覆って、急いでまた顔を変化させてから手を離す。
店中の注目を浴びているのを感じてコールズさんはしばらくおとなしくしていたが、周囲の視線が離れてから小声で私に言う。
「お前さ、自由に顔が変えられるなら、何でそんな微妙な変化で済ませてるの。
もっと大胆に変えろよ。意味ねえだろうが。」
……ごもっともです。
「それで、お前、本当は男なの、女なの。」
「私のことについては黙秘します。」
コールズさんは口を尖らせて私を睨んでいたが、やがて視線を外した。
「分かった、悪かった。
キャセラさんが自分のことを話す必要はないが、経緯を理解してもらうためにまずは俺のことを話す。
俺は、知ってのとおり、アトルガイア王国に選ばれた勇者だった。
何人もの勇者候補との競争に勝って勇者になって、えーっと、王国の考える悪の大本である魔王を討伐するように命じられた。
アトルガイア王国は俺が討伐に着手するのは数年後と思っていたようだったが、当時14歳だった俺は十分なレベルまで戦力が上がるまで修行することが厭で、待ち伏せしてガルテム王国の魔王ザカールを不意打ちしたんだが、ザカールに道連れにされて谷底に落ちた。」
そこまでは知ってると思ったが、ちょうど頼んでいた料理が来て、食事をしながらコールズさんの話を聞く。
「それで気が付いたら、目の前に魔族の指導者がいた。
聞いた話だが、重傷を負って倒れているところを魔族に見つけられて、ちょうどそこに来ていた指導者に回復されたんだそうだ。
今思うと、俺の回復は指導者に調整されていたんだろうな。当時の俺は、日常生活はできるが、節々が痛んで長く動き続けることができなかった。
でも指導者は俺の存在が気に入ったからと、指導者が空を飛んで俺を拠点まで連れて行って、俺は2年ほど拠点でぶらぶらしていたんだ。
ある日、指導者がやって来て、アトルガイア王国と同盟ができたという話と、俺の体を完全に治す方法が見つかったという話を持ってきた。
ただ、回復には睡眠状態で数年かかると言われたんだが、俺が好きに動けるようになるためには選択肢がない。言われるまま、回復のための処置を受けて眠らされていたんだ。」
コールズさんは食事の手を止めて自分用に頼んだコップの酒を飲み干すと、面白くなさそうな顔をした。
「戦闘中にあんたの回復を見たが、あれができるんなら俺の回復なんか訳ないはずなんだ。
便利そうな手駒を手間を掛けずに確保するためだったんだろうなと、今なら思うよ。」
神聖魔法と光魔法を使った回復は元々魔族から私が教わったようなものなんだから、そのとおりなんだろうと私も思う。
「で、俺は眠らされてた訳だが、それがある日睡眠状態から目覚めさせられて、アトルガイア王国がガルテム王国を攻める約束ができた、俺にはその支援としてシューバという人の意識を乗せられる魔物でガルテム王国へ向けて魔物を追い出してくれないかと言う話が来て、俺は了承した。
それからのことはキャセラさんも大凡分かっているだろう。」
コールズさんはこちらを見て顎をしゃくる。
「あんたのお陰で目も覚めたし魔族の隙を突いて逃げることもできた。
で、逃げてからショックだったのは、この体の見た目だな。
運動能力や体力が落ちた感じがしないんだが、魔物の腹で眠らされていた影響なのか、老けて見えるだろう?
俺、今20歳のはずなんだよ。」
え?、と驚いてコールズさんを見るが、どう見ても40歳くらいだ。
道理で話をしてたら同年代に感じるはずだ。
「ともかく、あのときは悪かった。魔族の指導者の言うことを真に受けてたし、アトルガイア王国のことは子どもの頃からの刷り込みだから、疑いもしなかった。
戦いで追い込まれてから約束と違うことが次々と起こりだして魔族の指導者を疑い始めて、逃げ出すために隠れていて、信じてきたことと違う魔族の兵士の会話をたくさん聞いた。
逃げ出してからは、あんたの言っていたことを反芻しながらアトルガイア王国のことも調べてた。
そして、全面的ではないにせよ、お前たちの言っていたことはかなり正しいと今は思っている。
戦っていたときは世界を滅ぼそうとしている悪の魔王と悪女が相手だと本気で思って、かなり酷いことをした。
済まなかった。」
コールズさんがテーブルに両手を突いて頭を下げている間、私は彼の話を反芻していた。
全面的に信用することはできないけれど、一応、話半分くらいには聞いても良いんだろう。
ただ、コールズさんは頼みがあるといっていたはずだが。
「あの、それで頼みって何でしょうか。」
コールズさんは周りを見回して、念話で良いか、と確認した後で念話を送ってきた。
『俺の胸には魔族の指導者によって爆発する何かを埋め込まれているらしい。
それを取り除いて欲しい。』
思わず椅子を掴んでカコカコと椅子ごと後退ってテーブルから離れた私をコールズさんは慌てて止めた。
『大丈夫だから!
魔族の話だと、指導者は数ヶ月は帰ってこないらしいからっ。
すぐに爆発することはないはずだから、早い内に取り除いてくれないか。』
話を聞いて恐々と椅子を戻す私の様子に、コールズさんは食べかけの食事を手早く口に詰め込んで食事を終えると、私の方を見る。
「明日の朝に宿を訪ねていくから、ぜひ頼む。」
それから念話で、
『俺を助けてくれたら、シューダの討伐には俺も参加する。』
と言い残すと席を立って、部屋の端でちらちらとこちらの様子を伺っているテリーナさんのところで声を掛けていた。
(不潔。)
テリーナさんが言っていた今晩のことを思い出してそう呟くと私も食事に手を付け、向かいの席に座ろうとする男をぎろりと睨んで牽制しながら食事を終えると、勘定はすでにコールズさんが支払ってくれていたのが分かった。
なので念話でコールズさんに、ごちそうさま、とだけ伝えて宿へと戻る。
宿で身繕いを終えてベッドに入ると、私にプロポーズしてきたマシュルツさんのことが思い浮かんだ。
(彼、私を行き場のない娘と思って、足元を見たのかもしれないけれど私を保護しようとしたのも確かで、そうやって魔獣のせいで行き場がなくなった人たちも落ち着く先を徐々に見つけていくんだろうな。)
私もその気になればどこかに落ち着く先を見つけられる。
現に母様たちは受け容れてくれた。そう考えると心が落ち着いた。
(私の落ち着く先はどこなんだろう。そのとき、私の性別は男と女、どっちなんだろう。)
今はまだ呼び戻す方法も分からないセラムのことを思いながら、私は睡りに就いた。




