第7話 「あなたの全てが欲しい。」えー!?どうしよう
修行を始めて10日ほどが経って、私は4日前から農場で農作業の手伝いをしていた。
山での修行に必要な食糧は自力調達になるのだけれど、肉はともかく、冬には青物やハーブ類の採取がほとんどできない。
それで肉を売って野菜を買おうと考えたのだけれど、空間収納はとても悪目立ちするし、狩った獲物を収納に入れて町の近くまで飛んで行っても、後は引き摺ずることになってどうしても肉が傷むし、私が2、3メートルもある獲物を引き摺っていたら注目を浴びる。
なので、仕方なく手で抱えられるくらいにカットした部位を持って町まで来て、肉を売ってお金を手に入れて、さあ野菜をと思ったら、思った以上に野菜が高かった。
持っているお金では傷みかけた野菜が少ししか買えそうにないのでどうしようか迷っているところに、野菜を報酬にした農作業の手伝いを募集する呼び込みに遭遇して、迷いながらも農作業の手伝いに応募したのだった。
募集に応じた人たちと一緒にマシュルツさんという農家の息子に連れられて1時間ほど歩いたところに、柵でぐるりを囲った広い畑が見えてきて、私たちは畑でマシュルツさんの指示に従って白菜やにんじんなどを収穫した。
昼前に私ともう1人年配の女性が呼ばれて畑の片隅にある簡素な調理場で昼食を作り、後片付けを終えてから農作業に戻って、帰りに野菜1種類を一抱えもらって、翌朝からは畑れに直接出掛けて農作業を手伝う。
私は修行場所まで帰るのも面倒だし毎日町の宿に泊まるお金もないので、畑の近くの空地で野宿をして農場に通っていた。
一応、先日乱暴されそうになった経験を踏まえて、顔は城でメイドをしていたころに戻して、服は母様に追い出された時に着ていた普通の町娘の着るもこもこの上着に厚手のスカート姿にして、名前も再びキャセラを使っていた。
今日は手伝いの最終日なのだけれど、夕方近くになって農作業を終えて帰るときになって、私がもらう分の野菜が足りないからちょっと待ってくれと呼び止められた。
待っている間に他の手伝いの人たちは帰っていき、夕暮れの畑の側にぽつんと立っていると、やがてマシュルツさんがやって来た。
マシュルツさんは私の前で妙にきょどきょどとした態度をしていたが、やがて私を睨むようにして支えながら話し始めた。
「あ、あの、キャセラさん。僕はあなたの働く姿をずっと見ていました。
あなたはとても働き者で料理も上手だ。
なのに町に帰らずに、毎日畑の近くで野宿している。
帰るところもないんでしょう?
ぼ、僕は農家の長男で、やがてこの一帯の農場を引き継ぐことになっています。
僕のところへ来れば、もう彷徨うこともなく安心して生活ができます。
ぼ、ぼ、僕と結婚してください! 」
(あー、野宿を見られてた。
今日、私の野菜がなかったのはは、こういう流れだったのかあ。)
私が、今の顔も城のメイドが務まるくらいには整っていることや自分の注意力のなさと迂闊さを反省していると、マシュルツさんは私が迷っていると思ったのか、私を説得し始めた。
「僕はあなたが募集に応募してきたときから、キャセラさんに運命を感じていました。
それで両親に相談して、実はこの数日、うちの父と母も手伝いの振りをしてキャセラさんの働きぶりや料理の腕を確認してもらっていたんです。
両親は、僕がとても良い娘を見つけたと喜んでくれていましたから、もう何も心配することはないんです。
僕は良い夫になるように努力しますから、どうか僕と一緒になってください。」
そう言って、マシュルツさんは私に向かって両手を広げた。
(私に、抱き付けと。
ああ、これはきっぱり断らないと拙いわ。)
精一杯に勇気を振り絞って、私が胸に飛び込んでくるのを待っているマシュルツさんにこれ以上はさせられない。
あの、大変ありがたい申し出ですが、と私が言いかけたところで、後の木立の影からさっきから気配を感じていた2人の男が出てきた。
「おー、おー、おふたりさあん、熱いねー。」
棒読みっぽい声を掛けてきたのはやや太った小柄な男の方で、もう1人の痩せたのっぽは、ひゅーひゅーと口で囃している。
鎧と剣のシルエットが浮かんでいて、薄暗くてよく分からないので空間魔法で探ると、粗悪な鎧に錆びた剣だった。
気配のとおりに挙措も戦いの素人丸出しで、何だろうと私が首を傾げていると、背の高い方が懐から粗く色を塗った木の欠片を取り出してきた。
「おーおー、この金の認識票が見えないか。俺たちはS級冒険者だあ。
姉ちゃん、俺たちと良いことをしようぜー。」
相変わらずの棒読みに偽の認識票。
認識票を偽造すると冒険者ギルドから厳罰が下るよー、と思う間もなくマシュルツさんが私の前に出る。
「お、お、お、お前らあ、ぼきゅが相手だあ。」
何、この茶番。
呆れて見ていると、畑の入口から男の声がした。
「猿芝居はもう止めとけ。そこの女はたぶんS級クラスに強いぞ。」
振り返ると背の高い中年の男が立っていた。
(もう。普通の娘で通すつもりだったのに。)
え?、と声を上げる3人に、私が仕方なく金色の認識票を取り出すと、3人の顔色が青くなった。
「お、俺の母ちゃんはこの手で父ちゃんの嫁になったんだ!
一時は怒ったけれど、今は幸せだって母ちゃんが言うから…… 」
小太りの男が言う。
(ああそういうことね。)
マシュルツさんに、ごめんなさいと改めてお断りをしてから中年男の方を見ると、男が近寄って来た。
「悪いな。畑の入口でそこの2人が武装して入っていくのが見えたもんで、つい覗いちまった。
プロポーズの真っ最中だとは思わなかったんだ。」
男が頭を掻きながらマシュルツさんたちに詫びる。
まあマシュルツさんには、もう私を嫁にしようという気はないようだけれど。
(落ち込んでいたときだったら、ひょっとしてプロポーズを受けてただろうか。)
馬鹿馬鹿しい想像をしながら私の分の蕪を抱えようとすると、ひょいと横から蕪の葉を掴んで取り上げて、男が小脇に抱えた。
「姉さん、サミュルの町まで帰るのならご一緒するぜ。
ああ、あんたが強いのは分かっている。滅多なことはしないよ。」
私の視線に険が籠もったのを見たのだろう、男が慌てて言った。
(どうだか。あなたもかなり強いでしょうが。)
そう、この男は私に匹敵するくらいの強さがあるのが感じられる。
力尽くでこられたら、場合によっては不覚を取るだろう。
魔王妃の力を使わなければ、だけれど。
私は用心しながら、それでも暗くなって明かりを付けて空を飛ぶ訳にもいかないし、今日はもうこの近所で野宿もできないので、夜道を町まで1人で行くよりはと了承した。
「良かった。俺の名前はコールズだ。」
思わず吹いた私に、コールズさんは不思議そうな顔をする。
「コールズってのは人族ではよくある名前なんだが、知り合いに同じ名前の奴でもいるのか。」
コールズさんの不思議そうな顔でそう言うのを聞いて、私は少し安心した。
(よくある名前なら、この男があのコールズでない可能性もあるのね。)
私も自分をキャセラと名乗り、あれこれと最近の情勢なんかの話をしながら町まで歩いた。
(コールズさん、見かけによらず真面目なんだね。
だけどこんなおじさんなのに、なんか同年代と話しているような感じがするのが不思議。)
何だか背の高さに覚えがあるような気がしながら、少しずつ警戒心を解きながら町まで一緒に行き、宿を取ってから一緒に食事をと誘われておすすめの食堂へと行くと、コールズさんと同年代くらいの女性が声を掛けて来た。
「あら、今日は若い娘を連れちゃって、今晩は私はお役御免かしら。
勇者って人族の人気者と言うだけあって、本当に手が早いのね。」
やっぱり、元勇者のコールズ本人だった。




