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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第1章魔王妃になんかなりたくない
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第17話 逃避行。お母様は今度もマジでした

 地下牢から出て監視所まで来る途中は先ほどの男が殺したのだろう、幾つも死体が転がっていた。

 通路いっぱいに広がっている死体を(また)ぐとどうしても衣服に血が付く。監視所に辿り着いたときには、裾にはぐるりと血が染みていた。

 そもそもお母様は寝間着姿で俺は織り目の粗い囚人服だ、この先をこのまま通れば嫌でも人目に付く。

 どうしようと考えていると、お母様が監視所の中に入って俺を手招きしていたので、監視所の中に入った。


 お母様は空中に手を突っ込んで衣類その他の荷物を取り出し、監視所の机に置き始めた。

「これ、便利でしょ。距離の制限はあるけれど、場所を設定しておけば離れていても魔法で物を取り寄せられるの。」

 お母様は自室に指定した場所から衣類なんかを取り出しているらしい。

 渡された衣類を見ると、ライラの筆跡で”ご無事で何よりです。幸運が待っていることをお祈りします。”と書いた紙が挟んであった。

 続いて、ライラが作ってくれたらしい荷物の入った袋を渡された。そこには、”この間のお礼、気長に待ちます。お元気で。”とサファのメモが添えてあった。

 うるうる、と涙腺が緩むのを、女の体は涙腺が緩くて困る、と体のせいにしながら、ライラ達の不利な証拠にならないようメモを細かく千切って捨て、それから着替えを始める。

 服はいつもの運動着の上からストンと頭から被る袖まであるワンピースだ。

 着替えている間にお母様が変身魔法を使って2人の人相を変えてくれた。


 荷物を改めていて、ふと思いついて、”ありがとう。必ずお礼に戻ります。それから、髪を結ぶ紐をもう4本ください。”とメモを書いてお母様にお願いしてお母様の居室へと送ってもらい、やがて紐が届いた。

 この髪の結い紐は、俺がメイド部屋に持っていた物とは柄が違うが王室御用達の逸品で、品良く映える上に髪がきちんと纏まってズレにくいことから、部屋のみんなが欲しがっていた物だ。

 これを何かに結んでメイド部屋のみんなに送ろう。

 短い間だったけど、女の子として過ごすための大事なことをみんなからたくさん教わったし、とても大切な仲間だった。

 何とかしてこれが届けば俺が無事なことがみんなには伝わるだろう。

 そう考えて、チャンスがあればすぐに取り出せるように、俺はカバンの紐に結い紐を結わえて荷物を肩に通した。


 お母様も準備ができたことを確認して、お互いに頷いて周りを探りながら監視所から出て城内を進む。

 お母様が俺の手を引っ張って、連れて来てくれたのは隠し扉で、たぶん王家の秘密の抜け道だ。手を引かれるままに進んで、城下町の教会裏手に隠されたドアから外へ出た。

 外は夕暮れ時だった。店じまいして明かりが消えていくのが見える。

 花屋が店じまいの準備をしているのに気が付いて、お母様に頼んで花屋へと行き、明日の朝にメイド部屋へと花束を届けてもらうように頼んだ。

 数輪の花をカバンに結んだ結い紐で結んで束にするよう指定して4つの束を作り、それを束ねて1つの花束にして届けてもらうよう頼む。

 お母様が花屋にお駄賃をはずんで店を後にして門へと急ぎ、その日のうちに街を出た。


◇◆◇◆


 監視所から地下牢への階段に散らばった死体はすぐにも見つかり、お母様と俺が逃げたことが分かって、魔王に報告されるだろう。

 お母様と俺は街を出てすぐに森の中へと入った。

 街道を徒歩で進めば追っ手から逃れられない。お母様が一緒にいるからいきなり殲滅されることはないだろうが、今の主戦力はお母様で俺は足手纏いだ。俺に焦点を絞られて多人数で対応されやすい環境を作る訳にはいかなかった。

 追っ手を逸れてひたすら森の中を突っ切っていく予定だが、まずは距離を稼がなければならないので、2人でひたすらに歩く。

 ミッシュが斥候を務めてくれて、魔獣や魔物がいないかを調べてくれている。

 お母様は、物を持ち出せるのもこれが最後だ、と言うと宙から片手剣を二振り取り出して一振りを自分が持ち、もう一振りを俺に渡してきた。


「セイラ、ここからは剣の修行だよ。今夜と明日のところは持って重さに慣れるだけで良い。次の日からは可能な場所では素振りをしながら進み、追っ手の心配がなくなったら本格的に修行を始めよう。」

 そう言うと魔法で明かりを宙に生み、袋の中から干し肉を取り出してナイフで片手で持てる大きさに2切れを切り取ると1切れを俺に渡し、片手に剣、片手に干し肉の姿で食べながら森の中を進んでいく。

 森は初夏の新緑が緑を濃くし始めて、だんだんと暑苦しさを感じさせる色になってきている。魔獣や獣が始めた子育てがたけなわで、多くの生き物で溢れている時季だ。

 ミッシュは森の中を進むにつれてだんだんと大きさが増し、耳の横に尖った短い角が生えて鼻が長くなり顎が張って獰猛さを増した黒豹のような2メートルほどの姿へと代わって、生命の気配の濃い森で先頭に立って周りの状況を確認し、小さな獲物を捕食しては進んでいった。

 その斥候が功を奏したのか、お母様の生んだ明かりが人の存在を知らせて魔獣や魔物が遭遇を避けたものか、朝までに起きた戦闘らしい戦闘は3回だけで、しかもミッシュやお母様が一撃で仕留められるような強さの敵だった。

 俺は戦力にならないし、期待もされていない。進む間、ひたすら剣の柄を右手で握って遮る物を切ったり押しやったり、何かをする必要があるときにはとにかく剣を使ってすることを求められた。

 お母様、用を足しに行くのに、剣から手を離したと言って叱らないでください。剣でその……無理ですよ?

 ああ、用を足す間、地面に突き刺していつでも使えるようにしておけと。分かりました。


 初日は徹夜で歩き、日が昇ってからは敵に視認される可能性が高くなるからだろうか、目に付く生き物は少なくなったが、強い魔獣などはときおり姿を見せてこちらの様子を窺っていて、1回は戦闘になった。

 2日目の夕方、お母様はここらでもういいと判断して、倒木によりできた空き地で野営をすることになった。

 細めの木が四隅にある場所を選び、木にターフを結んで支柱を立ててターフを張り、開口部に2枚の布が重なるように木に結んで張って塞いで虫や蛇などは侵入を阻むようにする。出入りには居使わなければならないし狭いが、何とか即席のテントができあがった。

 テントの側で薪をくべて火を起こし、お母様とミッシュが交代で夜番につき、料理担当は俺。鍋は荷物の中に一つ入っていた。


「セイラ。料理教室の成果を披露してくれるよね。」

 お母様が良い笑顔で言うけど、獲物を解体するところからなんて習ってません。どうしようかと思っていたら、ミッシュが教えてくれた。

 時間は掛かったし、生き物を肉に変えていく過程の衝撃は凄まじいものがあったけれど、精神力が強いこと影響しているのだろうか、何とかナイフで捌いて料理していく。

「……。料理教室はやり直しだね。中身が肉だけ。美味しくない。」

 解体処理が初めてだし、いきなり言われて野菜も何もない、単なる肉の塩ゆでなんだから、そりゃそうでしょうよ。

 調味料が塩しかないから、明日、明るくなったら何か使える物を探さないと、誤魔化しようもない。

 まあ、自分で料理をしないお母様からすれば、”料理”と唱えれば魔法みたい何とかなると思っているようだから、仕方がない部分ではある。

 こういうところが、お母様が深窓の令嬢だったことを想起させて、結婚前のお母様がどんな人だったのか、本当に謎だ。

 何とか肉の固まりを食べきって腹が膨らむと、ミッシュが火の側で丸くなって眠り、お母様が夜番をするのに付き合う形で俺が側に座る。

お母様と話をして、いろいろと意見交換をしておきたかったのだ。


◇◆◇◆


「お母様、今回は巻き込んでしまってすみません。それで、私、ずっと地下牢にいたので何も分かってないので、状況を教えてください。」

 お母様が(うつむ)くと一瞬遠い目をして溜め息を吐き、ぽつりと話し始めた。

「セイラのせいじゃないから、気にすることはないわ。

 セイラがアルザの実のことを教えてくれて、ダイカルはアルザの実で作った香油がアスリーさんの幽体を体から分離させて、何かの術でアスリーさんの幽体を掠うことができないか、できるとすればそれは誰が何のためにやったのかを探る検討会を立ち上げたの。

 ホーガーデンに指示しないで、摂政に指示して国としてやり始めたので、私は公になったことをどう収めるのか少し危惧したんだけど、まあ、そこはダイカルの権限の分野だからね、静観していたのよ。」  

 お母様は薪を追加しながら辺りの様子を窺うと、また話し始めた。


「ダイカルの様子が変わったのは、アトルガイア王国からの報告が届いて次の勇者が指名されたと聞いてからだね。

 しかも、勇者が指名されたのは、アスリーさんが掠われた日の深夜だった。つまり、アスリーさんが掠われてすぐに勇者が指名されたことになるのさ。

 次の勇者候補はミザルガ ドルアという男だったけれど、異世界から召喚された勇者が幽体を消滅させたということで、今はトールク アスバインと名乗っているらしいよ。

 異世界召喚が行われて次の勇者を立る準備をしているというところまではセイラの説明と同じだったけれど、その後が大きく違っていた。

 次の勇者は称号を得てから驚異的なスピードで強さを上げているらしいわ。

 異世界召喚というのは大きな魔法で国の半分ほどの宮廷魔術師の命と引き換えに行われるんだそうだね。

 それを一晩で2回も行うのは無理だ。

 それに、勇者が驚異的な早さで強さを上げているならば、すぐに対策を練っていくことが必要になる。

 対策をする上で、魔王妃の称号を持ち前勇者だったアスリーさんの存在が前提となるんだけど、アスリーさんの霊体は行方不明でセイラには強さがない。

 そして、セイラの強さがないことを説明しようとすれば、それは次の勇者が現れた事実と矛盾する。

 ここでダイカルはセイラのことを信じるのを諦めちまったんだ。


 ダイカルはアスリーが魔王妃の儀式の後で亡くなったと公表して、それとは別にセイラを逮捕するよう命じて牢獄に放り込んだ。

 それから、抗議する私の言い分を無視して、どこからか死体を調達してきて国民に葬儀の日を指定して公表し、王家の威信がどうなるかは私に掛かっていると脅迫して、無理矢理にその死体を変身魔法でアスリーさんの姿にするよう強要したんだよ。」

 お母様は哀しみに(うな)垂れたが、すぐに顔を上げて俺の頬に手を触れさせて撫でた。

「私が至らなかったせいで馬鹿な息子になっちまって、ゴメンね。

 ミッシュが来てセイラの危機を知らせてくれたとき、ホーガーデンに命じてジャガルを他国に逃がすように手配した。

 こちらは元々考えていたプランで準備もできていたので大丈夫、ホーガーデンとティムニアが逃がしてくれるわ。」

 それを聞いて、俺は魔王が前の世界で知っていた魔王のキャラクターとイメージが重なってくるような気がして心が痛んだ。

(ああ、そうか。城の王家にはもう魔王しか残っていないのか。)

 俺のせいではないが、ガルテム王国の王家は離散した。

 1人残った魔王が荒れなければ良いが。

 俺は居所で1人いるだろう魔王のことを思い溜め息を吐いた。



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