第2話 泣き面に蜂。……悔しい
今話の終わり方で間隔を開けるのは厭だったので、2話を同時に投稿します。
こちらが先です。
『アスリーが肉体に戻って、セイラとの仮契約は無事終了した。
もう纏わり付くことはしないから、達者でな。』
母様から、自分が何をすべきか分かるまで帰ってくるな、ほかの目的ができてそちらに行くなら伝言をしてくれればそれでいいと言われて、母様はそのままティルクと一緒にどこかに姿を消してしまい、アスリーさんからはお元気でと見送られた。
こうなったら頼りにするのはミッシュだけだと縋る気持ちで同行を頼んだら、返ってきた言葉がこれだった。
私が収納空間で運んでいた物資は3日分ほどの食糧を残して全て回収され、剣も王族の証は余計な混乱を招くからと取り上げられた。
皆に見送られてしまって、行く当てもなくとぼとぼと歩き始める。
ここはシューダの縄張りだった地域の中心部だから、木も枯れて生き物の気配は全くなくて、自分の足音だけが響いて、乾いた土に靴の音がザコザコと聞こえている。
訓練用の服だけでは寒いからと、上着とスカートは毛織りの厚手の服でコートも渡されて着て、腰には母様が剣の代わりにくれた刃渡り15センチほどの小さなナイフが1つだけ。
こんなもこもこ姿のほぼ丸腰で魔族のいるガズヴァル大陸には行けるはずもなく、獣人の領地の方向へと向かう。
私が自分のことを”俺”と考えるを止めたのは、”俺”を使うことでセラムと自分が同格のつもりで安心していたことに気が付いたから。
私はそんなに立派なものじゃなかった。
母様からはガルテムの王族の一員扱いをしてもらって、セラムが好きなティルク、下心のあるゲイズさんやキューダさんたち皆にちやほやしてもらって、皆の好意の上に胡座を掻いていただけの甘ったれ。
私なんか……
ボロボロと涙を溢しながら歩く。
前がよく見えないまま歩くから枯れ木に肩をぶつけて、枯れ木に抱き付いたままずるずると座り込んで、声に出して泣いた。
思えばこの世界に来て独りになったのは初めてだ。
ガルテム王国の牢屋にいたときも1人だったけれど、何かあると牢番に嫌がらせされるという意味で構われていた。
(寂しい。)
寂しくて頼りになる誰かに側にいて欲しいけれど、周囲20キロほどには母様たち以外には何もいないはずだし、私にも母様たちに追いつかれてみっともない姿を見られたくないというくらいの意地はまだ残っている。
なので北西の方向に帰る母様たちと出くわすことがないように、風魔法で南西の方角に飛んだ。
この先に何があるのかは知らないけれど、どうせ私に気が付く相手なんかいやしないんだから。
少し空を飛んだけれど真冬なので風を切ると凍えるように寒くて、特に風が巻いて下からスカートを巻き上げると、服の中を寒風が吹き抜けて一気に体温を奪っていく。
突風は風魔法で防御をしてみたけれど、一度冷えてしまった体が温まる訳ではないので、ガタガタと震えながら結局とぼとぼ歩きに戻って、夕方になる前に野営に良さそうな場所を探して火をおこして食事の準備をした。
一人きりだし雪は降らないもののやっぱり風は冷たいので、食事が終わったら収納空間に入って入口を小さく窄めて中で眠った。
気分は沈んだままだったけれど、少し空を飛んでまた震えながらとぼとぼと歩いて、翌日からは動くものはいないけれど枯れていない立木が見え始めて、3日目には動物だか魔物だかの姿が見えるようになった。
食糧も残り少ないので何かを狩ろうとしたのだけれど、兎のような逃げる動物は追いかけても逃げられる。
獲物が風魔法で身体が傷だらけになって、脚の一本とか尻尾の半分とかを切り落とされながらも逃げおおせていて、必死に生き延びようとしている姿に可哀想になって、私は追うのを止めた。
3メートルほどもある大きな猪の魔物が向かってきたので、水魔法で首をすっぱりと切り落として倒せたことが一番大きな理由だけれど。
血抜きの後にナイフで皮剥をして、短い刀身での解体に苦労して結局諦めて、今食べる分だけの肉を切り取って火をおこしていたら、ガサガサと音がして人の気配がした。
見ると冒険者風の獣人族の男2人がいて、どうやら藪をこいでこの広場に辿り着いたようだ。
「うお、こんなところに、なんつー上玉。」
髪色の青い男がそう呟くのを黄色い髪色の男が手で制して、視線は私が倒した猪の魔物に向いている。
黄髪の男が手で青髪の男をパタパタと叩いて解体途中の猪に視線を送ると、青髪の男は黙った。
「あ、あー、お嬢さん。俺たちは怪しいものじゃないから。」
そう言いながら黄髪の男が冒険者の黒い認識票を見せてくる。
(C級。レベル2,000オーバーの冒険者程度が来るようなところじゃないのに、充分怪しいわよ。)
私はちろりと視線をやって薄汚れた装備の品定めをする。
防具も武器もあまり手入れされていなくて、こんな危険なところにくる実力はなさそうだ。ここにいること自体が、何か訳ありにしか見えない。
それに、2人とも私の顔と身体を睨め付けるように見ているのも気に入らない。
「俺の名はガルチ、黄髪の方はシャルツだ。」
私が2人に警戒している様子に、青髪の男が自己紹介をしてきて、仕方がないので私も名乗ることにしたけれど、セイラの名前は出したくなかったのでテルガで名乗っていた名前を口にする。
「キャセラです。」
それから思いついて、ちょっと貸してね、とシャルツさんが反応できない速さで腰にある剣を素早く抜いて、剣に水魔法を這わせるとすたすたと猪の方へ歩く。
そしてズバン、ズバンと猪に剣で猪をブロックに割ってから剣の柄をシャルツさんに向けると、2人とも顔色を変えてじり、と下がった。
(これでもう変な気は起こさないわよね。)
なまくらな剣で猪を解体した私を見る目が恐々としたものに変わっているのを確認して、私はくすりと笑って肩の力を抜く。
「い、いやあ、キャセラさん、きっとお強いんですよね。」
ガルチさんがぼそぼそと言うのを聞き流して料理を再開しようとしたら、シャルツさんから自分たちにも食べさせてもらえないだろうかと提案があった。
「男2人でこんな山の中に来ていればまともなものは食べてなくて、もちろん食事に見合ったお金は払いますから、俺たちにも料理を分けてもらえないですか。」
結構な金額の提示があって、自分がお金を持っていないことに思い当たった私は、内心は不承不承に承諾して、一緒に食事をするのならと、ちょっと失礼、と言って2人に浄化を掛けた。
また驚く2人に、余分に必要になる薪を集めてもらうように頼んだら、2人ともぎこちないけれど笑顔で引き受けてくれた。
私はその間に料理の仕込みを済ませて土魔法で食器とテーブルと椅子を作る。
私の土魔法に再びビビっている2人の様子に安心しながら料理を続けて、皿を並べながらできたことを告げると、シャルツさんが鍋の方でごそごそとやっていて、振り返ると皿にスープを盛っていた。
「あら、ありがとう。」
皿に盛るだけだった?、と少し気に掛かったけれどそのままテーブルに置いたら、ガルチさんが何か椅子の前に皿を並べ直している。
まあいいか、と席について3人で食べ始めた。
「いやあ、キャセラさん、料理がお上手だ。」
「本当、気立てが良くて料理が美味くて、良いお嫁さんになりますよ。」
食事が終わった後も2人はどうでも良い雑談をしながら動かない。
どういうつもりなんだろうと思っていたら、急に怠くなってふらついた。
「効いてきた、効いてきたっ。」
はあっ、と息を吐いて机に突っ伏した私を見て、2人が声を上げる。
1人が立ち上がる気配がして脇に両手を突っ込まれると椅子から引きずり下ろされて地面に横たわらせられて、もう1人が足首を掴む。
目の前が2人の暗い笑い顔と身体で埋め尽くされた。
(厭だっ。 )
状況が分かって急いで魔力を集中して光魔法で治癒を懸けようとしているところに、不意に捨て鉢な台詞が頭に浮かんだ。
(いいじゃない、私なんか、もうどうなったって…… )
あ、と一瞬意思が緩んで、気を取り直したときには空はもう高いところにあって、私の意識は暗いところに沈んでいった。




