第1話 焦りと虚脱感。落ち込みつつも頑張ります
「……というのが、シューバを討伐した経緯よ。」
翌朝の日が高くなった頃に、ギャジャさんたちが戻ってきて、全員で集まって会議が始まった。
本格的にはサクルクに帰ってからするらしいけれど、取り敢えずは現場にいるうちに情報交換と知識のすりあわせをして、対策に漏れがないかを確認するということらしい。
母様に促されて、コールズを倒すところまでの話は私がしたのだけれど、ギャジャさんたちがいるから、男の意識のセラムと私の意識が交代したことは母様に誘導されて伏せて、いきなり装備が変わって称号が”真魔王妃”に変わってダイカルが持つ魔王の分まで力が引き出せたことと、今は称号が元の”魔王妃”に戻ってそれができないことを説明した。
「称号が真魔王妃に変わったことについては、一度ダイカルと直に話をして、何が起こったかを確認する必要があるわ。」
母様の提案に皆が頷く。
ジァニとアスリーさんからは、シューバの幽体の一部として自分の意思はなく、ただコールズの意思支える役割を担わされていたことと、ジァニがシューパやコールズに隠して温存していた最後の抵抗が私たちにアスリーさんの戦い方を教えることだったと説明されて、母様が納得した顔で、ああ、あれはそういうことだったのと口を挟んだ。
ミッシュからは、確率的に私がコールズを倒す公算が高いと信じて、フェアリィデビルたちに宿っていたアスリーさんの幽体を仲間に頼んで届けてくれた顛末の説明があり、シューバ本体は間違いなく討伐されたと請け合ってくれた。
それぞれの話が終わって、母様が全体をまとめる。
「総じて言うと、シューバは本体と戦闘体に分かれていて、戦闘体はシューバツリーから離れて6時間ほどは自由に戦える。
それに戦闘体はシューバツリーに接続して本体に溜め込んだ力を使えば非常識なくらいに強くなれて、本体は自分が存続の危機と判断すると戦闘体を変化させて子実体を作って子孫を残そうとする生態があることが分かったわ。
戦闘体に入ったコールズがどういう位置づけになるのかは分からないけれど、たぶん基本的な構造はシューダも同じなのだろうと想像されるわね。
今回はシューバ討伐の戦略を整える前に遭遇戦になってしまったけれど、シューダ討伐は成り行きで倒せる相手とは考えない方が良い。
準備には時間が掛かるわ。」
母様の総括を受けて、ゴダルグさんが補足する。
「シューダはシューバに10倍する勢力があって、戦闘体が本体から引き出せる力も大きいと想像されるのに、子実体を作られる前に速攻で攻めなければならないのが、本当に厄介です。」
「個人的にも、人数的にも、戦力の増強が必要ですね。」
ティルクが唇を噛みながらぽつりと呟き、アスリーさんもそれに同調した。
物思いに耽るように黙っていたギャジャさんが視線をミシュルへと向けながら問う。
「昔、魔王の力が最も強かった時代に、各種族の王はそれに対抗していたと聞きます。
ミシュルさん、各種族の王も、魔王に匹敵する力を秘めているんじゃないですか。」
ギャジャさんの問いにミシュルは黙り込み、その様子を見たギャジャさんが、あるんですね、と重ねて問うたが、ミシュルは無言を貫く。
「……答えられないと。
確かに各種族がかつての力を取り戻せば、再び戦乱の時代が訪れる可能性がありますからね。
分かりました。我が父獣王と相談して対処します。
父は温厚な人物です。かつての戦乱の時代を再び招かないように努力してくれると思います。」
皆、それぞれの立場からできることを考えている。
私も何か意見を言わないとと思うのだけれど、何を言うべきか言葉が見つからず、焦る間も会議は進んでいく。
「子実体のことを考えれば、シューダを討伐することは絶対に必要だけれど、ほかの種族にも呼びかけて世界の脅威を封じるようとするのは、後々のことを考えると拙いのかしら。」
母様がミシュルに水を向けると、ミシュルが重い口を開いた。
「各種族がシューダを討伐するだけの戦力を短期間で揃えることは難しいから、魔族がシューバやシューダといった未知の魔物を使って侵略を試みているという情報を流して、魔族に備えてくれるよう要請するのが最善だと思うわ。
シューダ討伐にはあの地域に住んでいた強力な魔物の協力も得られるよう手配をしていますから、魔人族と獣人族に彼らを含めて、少なくとも数ヶ月の時間を取って計画的に動くことを奨めるわ。」
ミシュルの歯切れの悪い回答に、私は何か引っかかるものを感じたけれど、ミッシュも迷うことがあるんだなあと思うだけでそれ以上のことが思いつかず、ミシュルの提案に全員が頷いたところで一応の確認が終わり、後は帰還方法などが話し合われて解散となった。
私はシューバとの戦いの説明はしたけれど、実質何も発言をしていないことに気後れして、何かできることをと周りを見回すが、ティルクはアスリーさんと話しながら旅立ちの準備をしている。
ティルクはあれ以来顔を合わせてくれない。
そのことに傷つきながら、私は仕方なくエグリスさんと一緒に昼食の準備を始めた。
◇◆◇◆
「ミッシュ、少し良いかしら。」
会議が終わって、私、ケイアナはセイラのことを相談したくてミシュルを捕まえた。
「セイラだけど、不安定さが増してきていると思うの。
人に頼ろうとする傾向が強く出ているわ。
心に傷口が開いている状態で荒療治になるけれど、他人に頼れないように少し突き放そうと思うのだけれど、意見を聞かせてもらえる? 」
「人間の精神的な問題は私にはよく分からないから、そちらの判断はケイアナに任せます。
ただ、そうね、確率予測ではセイラを今の段階で一時的に切り離すことは、選択として悪くないかもしれない。」
そう、と呟いて、私は頭を振った。
セイラはシューバとの戦闘の最中に戦いを放り出してセラムに丸投げしてしまった自分が信じられなくなって、自主的に何もできなくなっている。
自分を否定しながら差し出した手に縋り付こうとするセイラの姿にティルクもショックを受けて近寄ろうとしていないが、影では泣いているのを私は知っている。
セラムの意識が失われてしまったのがセイラの罪悪感の決定打になっていて、あの子がいなくなったのは辛いねえ、と考えていたら、念話でミシュルから意外な報告があった。
『……え? セラムの意識は保管されているって、どういうことだい。』
『私が確率で観測した未来予測では、セラムの意識が4割の確率で消滅することは分かっていました。
ですのでセラムの意識は、セイラが男型の使徒を使う度に、セイラに内緒で私が少しずつ結晶の形で保管していて、現在、わずか5パーセントほどですが残っています。』
あの子は消えてなかった、そう安堵の息をついた私を見てミシュルが微笑んだ。
『もちろん、戦ったセラム本人の意識は消えてしまいましたが、保管したセラムの意識を増やしてセイラに戻せば、セラム本人の最期までの意識も含めて引き継がれますから、セラムが復活すると言って差し支えないでしょう。
ただ、元のセイラの意識から独立して、私の使徒の中で眠らせたまま回復させる訳ですから、意識量の戻り方はごくゆっくりしたものになります。
シューバと戦う前の本来の半分まで意識量が回復するのに半年くらいはかかると思いますから、皆に知らせる方法と時機はケイアナにお任せします。』
(そう、半年したらあの子にまた会えるの。)
私は嬉しくなってミシュルに笑顔で頷くと、これからのセイラをどうするか考え始め、ティルクを呼んでセラムのことは伏せてセイラの処遇を説明して了解をもらった。
そして、セイラに強制的な離脱を宣告して私たちの中から追い出したのは昼食の後だった。




