第88話 拮抗
アスリーさんはすう、と呼吸を整えると刀を下段で垂らして持ち、そのまま前に出て斬りつける。
いきなり刀の戦い方から剣の戦い方へと変わったアスリーさんの攻撃を、コールズが驚愕の表情を浮かべながらも何とか受け止める。
アスリーさんの武器を見ると刀は剣へと姿を変えていて、どうやら使い手の意識に反応して魔王妃力が武器の姿も変えてしまっているらしい。
『ねえ、身体のバランスが違っていて戦いにくい。』
アスリーさんから身体の肉付きが違うことに苦情を申し立てられて、俺はこっちの方が動きやすいのになと心の中で言い訳をしながら、自分の姿をアスリーさんの姿へと戻した。
だが今度は着ている衣類の締め付け加減が違うと、アスリーさんから部位ごとの締め付け加減の注文をイメージを送られて、俺はそのとおりに衣装のイメージを改める。
ありがとう、と声が届いた瞬間からアスリーさんの動きが見違えた。
コールズがその変化を一番感じているようで、アスリーさんの幽体を通じて同じ技量を持っているはずなのに、ついてこれていない。
後手後手に回りながらもギリギリでなんとか回避して致命傷は避けてはいるが、徐々に身体に切り傷が刻まれていくコールズの顔は引き攣っていて、いきなり変わった髪色や豊かな胸をちらちらと見ながら、俺は何と戦っているんだ、と書いてある。
(あ、くそ。自分だって背が30センチくらい伸びて女型から男型に変わったし、致命傷を負いそうになるとシューバと入れ替わったりしてるじゃないかっ。)
魔物に宿っているコールズに化け物を見る視線を向けられて、俺は傷ついて心の中で抗議したが、コールズの気持ちは分からないでもない。
これまで性別や戦闘力が変化しても俺の容姿や戦い方は基本同じ顔、同じ戦闘技術の延長線上にあったから、コールズも自分のことに照らして何らかの魔法の効果くらいに思っていただろうが、今は姿形だけでなく戦い方までが明らかに異なってしまっている。
自分で言うのも何だが、ほぼ別人になってしまっているのだから、コールズも混乱するだろう。
加えて、コールズの混乱を更に深めている原因は、ボシュボシュと湿った音を立てながら俺の周りから飛んでくる不発の魔法弾の群れだろう。
コールズは魔法弾が飛んでくる度に身構えていたが、すうっと途中で消えていく魔法弾に何の意味があるのかさっぱり理解できていないようだ。
だが数分が経過して1発もコールズには届かず、副次的な何かの効果が出ている訳でもないことを確認すると、アスリーさんの攻撃でボロボロになった身体をまたシューバと入れ替えて銭湯に戻ってきた。
今度は魔法には目もくれずアスリーさんとの戦闘に集中していて、少しずつ慣れてきているが、果たして慣れだけだろうか。
彼我の戦闘力が急激に接近して優位が失われていて、そんなにメンタルが強そうにも見えないのに、コールズの視線には戦闘を楽しんでいるような色がまだ消えていないことが気に掛かる。
『アスリーさん、こっちはもう戦闘力に伸びしろがないけど、コールズにはまだ余力がありそうな気がしているんです。
あいつが更なる力を引き出す前に、決着を付ける必要があります! 』
魔王ダイカルの能力を引っ張り出して戦闘力の嵩上げをしてきて、男の姿が解除されて女に戻ったときに俺は戦闘力が減少することを覚悟したのだが、それはなかった。
だが、女の姿に戻ってから俺の男の意識が急速に減少している。
俺が魔王妃の能力をコントロールできる間に決着を付けないと、俺が消えてしまったら、後には身体を動かすのに霊体が足りないアスリーさんと、戦う気力をなくした俺の女の幽体とが残されて、きっと戦闘は敗北する。
俺はコールズに手を打たれる前に勝負を決めようと、アスリーさんに勝負を急ぐように伝えたのだが遅かった。
コールズの能力がまた急激に上がっていくのが感じられる。もうレベル10万では効かないだろう。
コールズが小出しに力を引き上げてきたのには、きっと力を温存したい理由があるが、それが何なのか、皆目見当がつかない。考えても仕方がない、できる最善を尽くすだけだ。
俺は意識が消滅する速度が速くなることに構わずに、とにかく魔法を盗むことに専念した。
フシュッ、ブシュッ、シュバッ、シュシュッ、ビシュッ……と、少しずつ音が変わって、魔法のレーザーやカッターなどが次第に発動し始めて、コールズの土盾へと着弾し始めた。
(よし! もう少しだ!! )
俺は魔法の発動速度を最大限に上げて、コールズへの攻撃を継続した。
◇◆◇◆
(なんだ、こいつはっ。)
コールズは突然がらりと戦い方が変わって、自分を圧倒し始めた敵に驚愕していた。
この、別人としか思えない戦い方をする目の前の相手は、さっきまで男だったのが元の女の姿に戻って、女が本来の姿なのならば何でまた、と考え込んでいるところで姿形と戦い方も変わってしまった。
少し相手をしているうちに相手が自分と同じ戦闘技術を持っていることに気が付いたが、攻めが自分よりも厳しい。
(こいつは、俺の戦闘技術を習得した元々の本体なのかっ。)
そう戦っている相手を推測したところへ、数十発の魔法が飛んできて、属性を見極めようと反射的に身構えて、戦うペースを狂わされた。
女が懐へ入り込んで心臓目掛けて突いてくるのに気が付いて、夢中で近くのシューバと入れ替わる。
間一髪、致命傷の前に入れ替わったが、近くにケイアナという名前の魔王妃だった女がいるのを探知して、挟み撃ちされないように周囲のシューバに接近戦を命じて元いた方へと離脱した。
コールズは何らかの方法で魔物に霊体を移されたときに、魔物の特性と共に誰かの戦闘技術を与えられたことは分かっていたが、振られた役割以外の知識は全く持っておらず、約束された未来の栄光と現在の圧倒的な力があれば、細かいことに拘らない男だった。
まだ遠間なのに、先ほどケイアナがセイラと呼んでいた女がしきりに魔法を撃ってくるのを見ながら、それが全部不発弾なのに気が付いて、首を傾げながらセイラへと向かった。
(何のつもりか知らんが、全部が不発なら魔法を気にする必要もない。)
属性変化の魔法弾を数十発打ち込んで、セイラが土魔法と防御盾を重ね張りして凌ごうとしている隙にステップして右脇から剣を突き入れて優位を確保する。
続いて左首の付け根に剣を打ち込もうとした上げた腕の下を掻い潜るように突き出された剣を盾で払い、セイラが払われた勢いを突進力へと利用して密着してくるのを再度盾で押しやって距離を取る。
距離を取った途端に打ち込まれる魔法がまたブシュブシュと音を立てて、反射的に防御に回りそうになるのを圧してセイラに打ちかかる。
攻防は一進一退を繰り返して膠着状態にあったが、周囲のシューバが徐々に数を減らしてきていることをコールズは感じていた。
(このままでは挟まれる。向こうの女と魔物は別として、ケイアナとセイラの2人に挟まれるのは拙い。)
コールズが焦り始めたところへ、これまで不発だった魔法弾の音が変わり始めた。
フシュッ、ブシュッ、シュバッ、シュシュッ、ビシュッ……
音が変わるに伴って、まだ弱いが魔法が着弾し始めて判別できるようになった魔法の種類にコールズが凍り付く。
(こ、こいつ、俺の魔法を盗んでやがる!! )
どうやってかは分からないが、目の前の女が使おうとしているのは間違いなくコールズが使っているシューバの属性変化の魔法だった。
(これは出し惜しみしている場合じゃないっ。)
コールズが戦闘力を絞って徐々に上げていたのには理由がある。
シューバの中で、コールズは戦闘を担当する戦闘体を担当しているに過ぎず、本体は地下茎として別にあることをコールズはシューバの意識の連絡網を通じて理解していた。
生存競争の中で戦闘体が優位に動けていると本体が判断している間は、コールズはシューバの力を自由に使うことができたが、戦闘体が対処できない事態が発生したとシューバ本体が判断すればコールズへの力の供給は停止されて、シューバはコールズの意思と無関係に動き出す。
コールズはそのことを恐れて、一般にシューバと認識されている戦闘体と自身が持つ範囲内で力を融通して、本体の力には手を付けないようにしていたのだが、もはや限界に近い。
コールズはシューバ本体が地下茎に溜めている力を引き出し始めた。
毎度更新が遅くなっていて、大変申し訳なく思っております。
そして、もう終わるかと思う戦闘が今回も終わらず。。。
もう少しですので、頑張ります。




