第86話 窮地
コールズの戦闘力は俺の力を超えてまだ増加を続けているが、その増加の勢いは鈍ってきていて、俺よりも少し強いくらいのところでもうすぐ安定しそうだった。
少し厳しいけれど、これなら何とかなるかもしれない。
そう思った俺をコールズが険しい顔で睨み付けている。
自分の技を盗まれて切り刻まれたんだから、それはそうだろう。
ちょっと拙かったかなと後悔した俺に向けてコールズが剣を持った手を軽く振ると、俺の先ほど攻撃を上回る数百のカッターが飛んで来た。
こんな数、対応なんかできないので、収納魔法を開いて全て吸収すると、コールズから文句が飛んで来た。
「おい、人の技を真似しておいて、それはずるいだろ! 」
コールズがどう思おうか知ったことか。
(それにしても敵に馴れ馴れしく喋ってくる奴だな。)
男の意識が目覚めたときに母様やヅィーニを嬲るような様子だったのでもっと残忍な奴かと思ったのだが、今の言動を見る限り、どうもノリでやっていた感じがする。
やっぱりこいつは脳筋だと確信して思い返すと、コールズとの戦いが命の遣り取りというよりは無邪気にタイマンを楽しむ不良の印象が強くなってきて、なんともやる気を削ぐんだが……
俺が何とか闘志を掻き立てて集中しようとしているのに、コールズは肩をグルグルと回してヘラヘラ笑いを貼り付けたままさらに近づいてきた。
「なあ、お前は魔王本人じゃあないようだが、魔王絡みの力を使っているんだろう?
それ、なんか新しい感じで面白えな。」
コールズの喋りでいよいよ不良のタイマンのイメージが強くなってくる。
「な、勇者には魔王の力を減衰させる能力があるのを知ってるか。
詳しいことがよく知らないが、勇者と戦うと魔王の力が加速度的に衰えるらしいんだ。
なら力も俺が上だし、お前のじり貧は確定している。
どうだ、今のうちに負けを認めて俺の手下になると誓うなら、お前の命だけは助けるように口添えしてやるぞ。」
(魔族の侵攻を封じるのを止めて、俺だけ助かってどうする。)
あまりに全体を見ていないコールズの物言いに少し呆れながら、彼が発言した内容を考える。
(魔王の力が減衰するって、今のところ、眷属で増えた俺の力には影響がないみたいだけれど…… )
コールスに向けて首を横に振りながらそこまで考えて、はっと気が付いた。
(男の姿になっているのに俺の男の意識が減少しているのは、勇者の能力が関係している? )
もしそうなら、これは拙い。
「コールズ、お前、全体の状況が分かって戦っているのか。」
思わず問うと、コールズは笑いながら答えてきた。
「そんなものは上の人間が考えることで、俺には関係ないだろ? 」
「あのな!
今、お前に戦闘力を提供しているアスリーさんはお前の次の勇者で、自分がアトルガイア王国に捨て駒にされていることを悟って勇者を捨てたし、俺だってその次の勇者として使い捨てにされるところだったんだ。
なんでお前はそれを考えない! 」
俺の言葉にコールズは驚いた顔をして俺を見た。
「お前、勇者にならずに魔王に味方してるのか。」
(こいつ、自分のいる環境を考えたことがなかったのか。)
俺はやや呆れながらも、もし説得ができるのならそれに越したことはないと思い、俺は自分の身の上の説明を始めた。
「俺は次の勇者候補の精神力が弱い欠点を補うために、勇者候補の精神を殺して入れ替える目的で、異世界でアトルガイア王国に殺されたも同然で召喚されたんだ。
しかも、アトルガイア王国に従わなければ俺も殺される予定だった。
そのことはこちらの世界に来るときに、女神リーアから直接説明されたんだから間違いない。」
俺の言葉をコールズはびっくりして聞いている。
「女神の配慮で魔王のいるガルテム王国に転生した俺は、ガルテム王国で保護されて、ケイアナ魔王妃に鍛えられた。
それで今は、獣人族と魔人族に戦争を仕掛けている魔族の討伐にケイアナ魔王妃と共に参加してる訳だ。」
召喚で俺が女になってしまったことは、当然説明を省いた。
「おい、それ、ホントなのか。」
戸惑うコールズに俺は頷いて見せて、これは上手く説得できるかと思ったのだが、コールズは却って真剣な顔になって、戦いの意思を鮮明にした。
「それが本当だとして、俺の体は魔族の指導者に抑えられている。
俺がそれに抵抗するには、まずはお元の体に戻るしかないんだ。」
コールズに状況を考えさせる切っ掛けは与えれたのかもしれないが、考えさせた結果は裏目に出た。
「俺はこれまで周りのことなんか考えたことはなかったのが拙いことは分かった。
だが、それだけ周りを見ようとしているお前が俺と組んだら、指導者が俺とお前を生かしておく訳がないことも分かった。
お前が教えてくれたことは、お前たちを倒して自分の体に戻ったら指導者には内緒でこっそりと役立てることにするよ。」
コールズの表情から砕けた雰囲気が消えた。
徒労感に苛まされながら俺も構えを取ったが、コールズは余裕ぶってみせることも止めたようだ。
「お前への礼に、指導者も知らないとっておきで仕留めてやる。ありがとうな。」
こいつは自分で勝手に解釈して勝手に決めた迷惑ごとを、礼とぬかして俺を殺そうとする。
だが、俺だって殺されてやる訳にはいかない。
コールズが意識を集中してこちらへと右手を伸ばしている。あれは魔法を撃つ準備をしているに違いないが、即座に発動しないのは余程慣れていないのか、特別な魔法なのか──俺は撃たれる前に攻撃に出た。
以前に事故で母様から教わった最高の3手があったが、それは剣での話、コンビネーションとしては通じるものがあっても刀とは勝手が違うために、俺は最高の3手のイメージを刀で実現できないか工夫を繰り返してきて、自分なりに今の時点でこれがそうだと言える3手がある。
虎の子として大切にしてきた3手のコンビネーションを今こそ使おうと、コールズに向けて俺は走る。
コールズを間合いに収めて刀を真正面から振り下ろしたが、直前にコールズが魔法を放ち、刀を振り切ったにも拘わらず魔法に体を押し戻された分、刀が届かなかった。
コールズを斬ったと確信して振った刀を押し返された俺も驚いたが、そもそも魔法が物理で斬れるというのが常識の外にあって、見ると魔法を切られたコールズも呆然としている。
立ち直ったのは俺の方が早かった。
コールズに向けて一歩を踏み込み、素早く引き足を滑らせるとコールズに向けてもう一度振り下ろす。
今度は微かな感触があって、コールズの眉間から血が噴き出していた。
2手目を追撃する俺の攻撃に肩口を斬られながらコールズは身を躱してシューバと体を入れ替えて、3手目がコールズに届くことはなかった。
コールズは光魔法で斬られた傷を治療しながら俺を恐怖の籠もった眼差しで見詰めていた。
そして、さらに戦闘力を高め始めた。
ならば先ほど戦闘力の上昇が一段落したのは何だったのか。
まだ引き出せる戦闘力があるのなら、なぜ微妙な実力差で止めて俺と戦おうとしたのか。
俺は漠然とした疑問を感じながら、コールズとの差がこれ以上広がる前に決着を付けようと、俺はコールズに向けて走った。
コールズは先ほどと同じ構えを取ったが、今度は魔法の発動が早い。
魔力のうねりを感じて身を左に投げて、先ほどまで俺がいたところへコールズの指先から集束した光が一直線に飛んで行くのを確認する。
──あれは、レーザーだ。水魔法のカッターなんかより遙かに強力なのが、焦げたオゾンの臭いで分かる。
コールズの指がこちらへと動くのを察知して、とっさに金魔法で鉄の板を作り、その表面に水を張って鏡を作ってレーザーを跳ね返そうとしたのだが、レーザーは熱線へと変わって水を蒸発させて厚さ1センチほどの鉄板を貫通して俺の右腕を肘と肩の中間で焼き切った。
俺は地面に身を投げ、落ちた腕を拾いながらゴロゴロと転がって水魔法と金魔法で盾を作り、飛んでくるビームを浅い角度で弾けるように調整しながら攻撃の種類を観察する。
攻撃は刻々と種類を変えていて、盾と属性が合えば弾き返せるが貫通してくることもあって、貫通してくる攻撃を想定して空間魔法で収納空間へと攻撃を放り込むことにしたが、収納空間すら無視して飛んでくる攻撃がある。
躱しきれなかった攻撃を四肢の末端にくらいながら、俺は闇魔法と光魔法で右腕と火弾箇所を治療する。当面、逃げるだけで精一杯だった。
属性がくるくると変わる魔法。正体を見極めようとしたが無理。
コールズの戦闘力がますます強まってくるに連れて属性が変化するスピードは速くなり、だんだんと回避が追いつかなくなる。
とにかく距離を取って攻撃を避け続けるしかない状況に陥った。




