第85話 反撃(3)
明けましておめでとうございます。
関東は違うでしょうが、筆者の地方では1月15日までは松の内でお正月なのです。
…という言い訳はこれまでとして、慣れない荒事の描写に大変難儀致しまして、投稿が遅くなりまして、申し訳ございません。
本章ももう少しですので、よろしくお付き合い願います。
納めた刀に手を掛けたままコールズと向き合って、俺はじりじりと距離を詰める。
コールズの戦闘力はシューダより少し強いと考えれば1万程度のはずで、向き合った感覚でもそんな感じだ。
俺とコールズの間には9万もの差があるならば、普通なら戦う気にならないほどの圧力を感じているはずなのだが、コールズに焦った様子は見られなかった。
(コールズは何を隠しているのだろう。)
そう思いながら、疑問はひとまず置いて仕掛けてみる。
腰を落として脚を躙って距離を詰め、コールズが俺の間合いに入った瞬間、鞘を突き出し右手を送りながら腰で刀を抜いて切り上げ、返す刀を引きつけて正中を貫いた。
貫いた瞬間、コールズの体色が変化して薄緑色へと変わっていき気配が急速になくなったのを感じて、コールズをあっけなく倒してしまったことに驚いたが、一番遠くにいたシューバの力が上がっていくのを感じて視線をやると体色が黒ずんでいくところで、コールズとシューバが入れ替わったのだと気が付いた。
シューダの目鼻立ちのはっきりしない顔がにやりと笑うと同時に、鳥肌が立つような圧倒的な力がコールズの体内に潜在しているのを感じた。
(ヤバいっ。こいつ、俺以上の力を隠してるっ。)
俺はコールズが潜在力を解放させる前にと再びコールズに斬りかかったのだが、練度の浅い俺の居合いは2度目には見切られて剣で受け止められた。
ギャリンと剣と刀が何度か打ち合った後に、刀に当たった瞬間に剣の圧力の方向を変えて振り切ろうとするコールズの力をとっさに感じて刀の刃の角度を変えて刀身を滑らせて鍔迫り合いとなった。
コールズとの距離が縮まり、息の掛かる距離にまで近づいたコールズがにやにや笑いも露わに俺に話し掛けてくる。
「どうだ、お前。ここで死ぬよりこちらに寝返らないか。」
コールズの上から目線の言い様につい反発して、俺は真正面から応えてしまった。
「っ!!
……ごめんだね。
人の命を弄んで侵略を企む奴の手駒になんかなりたくない。
あんたこそ、あの国の有り様や魔族の現状に疑問はないのか。」
「俺には難しいことは判らん。ただ魔王と魔人族を討ち取れば、アトルガイア王国と魔族から栄光と賞賛が俺に与えられる。
それが分かっていれば十分じゃないか。」
思わず発してしまった俺の問いに、コールズは何を言うかという様子で答えて一層の力を剣に込めてくる。
「この脳筋…… 」
こんな奴に負けて堪るかと、俺は増していくコールズの力に堪えて肩口から体を押し込みながら打ち込んで、体を離すと同時にコールズの周りに土弾数百発を展開して打ち込むと、コールズの体色がまた薄緑に変わって倒れ、離れたところにいたシューバがまたコールズへと変わった。
シューバと転移をしたコールズは体色が変わっただけではなく、力の増加に応じるように姿を変え始め、背が高く伸びて女性的な体型が痩せ型の男型を思わせる体型へと変化した。
俺よりも背が高くなったコールズが覆い被さるようにして俺に剣を打ち付けてきて、力が増すにつれて母様の理想の一手を彷彿とさせるような一撃を打ち込んできはじめたコールズの様子に、俺はミッシュが俺の男の意識を封印した際にしてくれた説明を思い出して、少し焦りを覚えていた。
俺の男の意識を封印するとき、ミッシュは俺の男の意識が20パーセントを切ると女の意識に飲み込まれて消滅してしまうのを防ぐために必要な処置だと言っていた。
今の俺は50パーセント近くまで男の意識が回復していて、ダイカルから拝借して男の姿に戻ったので、今はそのことを心配しないで大丈夫だと思ったのだが、何もしなければ問題はないが、力を使う度に少しずつ俺の意識量が減少していることに気がついていた。
武術にしろ魔術にしろ、大きな技を使えば俺の男の意識は大きく減少する。戦いが長引いて何度も大技を使わなければならなくなると、男の意識が20パーセントを切ることになるかもしれない。
男の意識である今の俺が消滅するかもしれない不安はもちろんあるのだが、俺にはもう一つ、女の俺の精神状態に不安があった。
今の俺の意識は、男の意識が主導権を取っているのだが、男の意識は本来の意識量の50パーセント程度しかない。
このため意識量として足りない部分は女の意識から補っていて、男の意識が統括して意思決定が熟せている状態にあるので、俺の行動自体に支障はない。
だが、もし男の俺の意識量が決定的に不足して女の俺に主導権が移ってしまったら……
女の俺は、ティルクが首を刎ねられた光景と母様が両腕を切り落とされた姿、ヅィーニが上半身のみで藻掻く姿に萎縮してパニックに陥って、男の俺に助けを求めた精神状態のままだ。反撃はできないだろう。
俺は、自分が男の俺でいられる間に決着を付ける必要がある。
そう決意を固めて、俺は再びコールズに戦いを挑む。
土弾を斉射してコールズの結界魔法に全て阻まれるのを確認するまでもなく、コールズの結界の上から結界を張ってコールズを閉じ込めようとすると、さらに俺の結界を打ち消す結界魔法をコールズが展開する。
コールズがアスリーさんの戦闘能力を引き継いでいるためだろう、コールズは元々戦士寄りのスペックだったと聞いた覚えがあるが、魔法属性の種類は俺より少ないものの、魔法の使い方の熟練度が勝っていて対処が的確だ。
それに俺がアスリーさんの身体を使って魔力を育くんだせいか、俺とコールズの魔力の質がそっくりで、同じ魔法を使うと威力の小さい方の魔法が相手の魔法に打ち消されて威力が完全に相殺されてしまう。
俺が放った土弾はコールズの土弾で相殺されて、その直後に撃たれた炎弾は俺より威力が格上なので結界を幾重にも張ってようやく対抗できたが、俺が結界魔法を張る隙にコールズが飛んでくる。
コールズのするりと入り込んでくる剣を何と結界と刀で受けていたが、俺たち以外に剣戟の響きがあるのに気付いて周囲に注意を向けて、待機状態だったシューバたちが母様たちに戦いを始めて押し包もうとしているのに気が付いた。
「母様! 」
「戦場で総大将が慌てるんじゃないよっ!
コールズが戦力を回収したんだろう、どのシューバも弱くなってる。
時間は掛かるだろうが何とかなるから、セイラはそいつに集中するんだよっ。」
慌てて声を上げた俺は母様の叱責を受けて、はい、と応えてコールズに向き直る。
「何だ、いい年をした男のくせに母様だと。お前、ちゃんと付いてんのか。」
(一応、今は付いてる。ちゃんと付いてるかどうかは気にするなっ。)
心の中でつい答えてしまってから、コールズの煽りを無視して闇魔法で状態異常系の毒弾を打ち込んでみたが、結界魔法で軽く遮られた。
「シューバの力は6割くらいに落ちているが、30体で攻めれば1人で10体は捌ききれない。早く俺を倒さないと、今度こそ全滅するぞ。」
コールズが俺の不安を煽ろうとこれ見よがしな忍び笑いをするのが神経に触る。
(くそっ、この野郎っ。)
また俺を嬲るようなコールズの言葉に反発しながら、刀の腹を当てて突き込んでくるコールズの剣の方向を逸らして腹を切り裂こうとして真正面から放たれる水魔法の気配を感じて水魔法の盾を張ったのだが、水魔法はレーザーのように盾に邪魔されることなく直進して、抵抗もなく俺の腹へと貫通した。
貫通された衝撃でコールズに向けていた刀を持つ俺の腕が跳ね上がったのが、刃に付加していた水魔法がたまたま攻撃を弾いて、俺は風魔法で空へと飛んでコールズから距離を取った。
空でコールズと睨み合いながら光魔法と神聖魔法を起動して治療する。この戦闘中に何度か3つの魔法を起動していることは、意識するより前に当然のことと受け容れていた。
(危なっ、これ、ヤバいやつだ。)
コールズが出してきた水圧で切断する新手の魔法に身震いしながら、刀が水魔法を弾いたときに平行よりもわずかに角度のついた状態だったことを思い返して、水魔法の対処法として水魔法の盾を準備する。
そして、コールズの水魔法が手法としては単純なので、俺もコールズの真似をできないか、水魔法でカッターをイメージしてまず一発試してみる。
(うん、大丈夫。)
俺は暫定的に水魔法のカッターと名付けたコールズの魔法が簡単に出せるのを確認して、数百のカッターを出してコールズに返し、コールズは全身を切断されてまた少し離れたシューバと入れ替わった。
母様たちはじわじわとシューバの数を減らしているが、コールズはまだ強さを上げていて、もうすぐ俺の戦闘力を上回るだろう。
(さあ、正念場だ。)
俺は決意を固めながら三度コールズに向き直った。




