第74話 嫁に行きますか、人間止めますか
実は、転生ものの定番、打ち所が悪くてあの世行きを実践するところでした。
4日も突然入院したもので打ち掛けの原稿を完成させられるはずもなく。
更新がおそくなってすみません。
ミッシュが中心となって調べている御座所の調査は続いていた。
ミッシュたちがいる場所は、御座所の入口から右左と2回ほど方向を変えて外の影響を受けにくい場所に設置された扉の前になり、そこではミシュルとゴダルグさん、エグリスさんの3人が御座所周辺の魔力とからくりを終日調べている。
では、残りのメンバーはどうしているのかというと、食事と睡眠のとき以外は見張り1人を残して収納空間に引き籠もっていた。
俺たちは魔道具を中心として直径10メートル以内の空間にいないとシューバに探知されてしまうのだが、直径10メートルというのは魔物を含めた俺たち12体が留まり続けるには相当に狭い。
だが、ミッシュたちが御座所の建物に入ってしまったことで元から狭かった空間が建物で分割されてほとんどない状態だった。
なので、ここにいれば絶対に大丈夫という空間を建物外に2メートル四方に少し短い長方形、たぶん3畳ほどの広さの空間を見つけてそこに見張り1人が常駐することにして、残りは見張り横に俺や魔物たちの作った収納空間に避難して過ごしていた。
全員が集まるのは食事のときと睡眠のときだけというのが基本で、それにときおり息を抜くための休憩が加わる。
というのも、収納空間はそもそもが居住を前提にしたものではなく、物の劣化を抑えて収納することが本来の目的なので、居住するためのあれこれは収納空間の創造者が魔力を使って作るか加工する必要があるのだ。
だから、空間の壁に色を付け、スペースを区切りあるいは加工し、通気口を作って空気を循環させる、この全ての負担が術者の魔力に掛かってくる。
本来はガルテム王国の生活空間を私とミッシュが担当して魔力を負担し、アスモダの人たちの生活空間をヒスムとヅィーニが担当する予定だった。
だけどザルグバルさんとヒスムさんの熱愛ぶりに1日中晒されることとなったアスモダの人たちは、ヅィーニに頼み込んで収納空間を分けてもらった結果……
ザルグバルさん夫婦の愛の巣と言うべき収納空間と、その収納空間の空調付近から漏れ聞こえる仲間の幸せの絶頂の様子を意識しながら、淋しく膝を抱えて背中を背け合って寝る3人のアスモダの男たちという、何とも形容のしづらい哀れな組み合わせが生じることになった。
だけど、人数が三人ずつで合うからってこちらに来られても困るというこちらの雰囲気はギャジャさんたちも分かっていて、こちらの収納空間の入口とことさらに距離を取っているのが、私たちは関知しないけれど、さらに哀れを誘ったとだけ言っておく。
◇◆◇◆
それで問題は、冬に入ってきて息も白くなり始めたこの寒さだ。
だって、服は生地が厚いのは動きづらいから、防寒性を犠牲にして薄い服を重ね着しただけだし、落葉した森を吹き曝す冷気の中で携帯性優先で作られた薄い皮のテントなんて、隙間風が入り放題で寒いったらない。
母様はタールモア王国復活を狙う勢力が問題を起こさないようにダイカルが国王になってからずっと大人しくしていたのが、俺が来てから体を動かし始めたので身体の循環が上がっていて絶好調なのだが、ティルクと俺はその循環を若さが吸収してしまった反面、御座所の調査に出掛けてから体をあまり動かさなくなったということが影響しているのか、身体が冷えるのが辛いと感じるようになった。
ああ、これ、女性の冷え性とかいうヤツ?、とふと思ったけど、寒いものはどうしようもない。
一番効果的なのは、抱き合って寝るのが良いのは分かっている。
だけど、抱き合って寝るには気になることが1つあって、それはティルクが私を好きだということだ。
ティルクは私のことが男女の性別関係なしに恋愛対象として好きらしいというのは、セラムとしてティルクと付き合い始めてから何となく分かってきたことだ。ティルクに確かめたことはない。
ただ、ティルクに花嫁願望が強いせいか、私が女の意識のときにはその気持ちをセーブしてくれていて、私に他の誰かと男女関係絡みの何かが起きない限りはきちんと抑えていてくれている。
なので寒いから抱き合って眠ろうと言えば、ティルクは喜んで身体を寄せてくれて身体を温め合えるのに間違いはない。で、それ以上のことはないと思うんだけど、何となく私に抵抗がある。
だって私の恋愛対象はあくまで異性。母様もいるし大丈夫だとは思っているけれど、私が男女どちらになってもお構いなしのティルクと抱き合って、何かが起きるかもしれないと感じるのは、何となく怖い。
基本、母様がいるけれど、母様が見張りに立ってテント内にいないときだってある訳だし、ティルクがどこまで私の男女を区別してくれるか分からない訳だし。
で、どうしようかと考えていて、ふと思いついた。
「ねえ、ティルク、寒いよね。」
「うん。姉様、そっちに行っていい? 」
ほらきたっ。ティルクに深い意味はないかもしれないけれど、今となってはそれが私には一番怖いのっ! 即座にお断りをする。
「ううん。それより良いことを思いついたんだけど。
ティルク、ジァニの身体だったら毛皮に包まれているし、温かいと思わない? 」
「ああ! そうですね、姉様、ジァニに入ってくれるんですか。」
俺は即座に否定して、ティルクに提案をする。
「真ん中に寝ているティルクがジァニに入ってくれたら、母様と私の両方も温かく眠れて良いんじゃないかな。
ティルク、ジァニに入ってくれない? 」
「!! あの、姉様が入って、もらえ……ません? 」
「え、どうして? ヅィーニは私たちがジァニに入るのは構わないって、許可してくれてるよ? 」
ティルクの視線が泳いでいるのが、暗闇の中でも気配で分かる。
「あの、私、前に姉様の身体を管理するため、私の身体と入れ替わりながら、姉様の身体に一週間入って過ごしたことがあるんですけれど…… 」
何だかティルクの様子がおかしい。すごく動揺しているみたいだ。
「その、他人の身体にいると、ふとした弾みに敏感な部分から来る刺激の感覚が違うのが気になりますよね。」
そう言うと、真っ赤になった顔を向こうに向けて、あからさまに俺から視線を逸らした。
(!!! ティルク、あんた、まさか…… )
ティルクが俺の身体にしたかもしれないことを想像した途端に、背筋にぞくぞくっと悪寒が走って身体が強ばった。
「な、何もしてませんっ! 」
俺の雰囲気を呼んで上げたティルクの慌てた声に、一気に脱力した。
でも、ホントだよね、と念のために暗闇の中でティルクの腕を掴む俺の圧力を受け止めて、ティルクが信じてと身体を押しつけてくる。
うん、この子はここまで告白して、嘘を吐くような子じゃない。
胸に広がる確信にティルクから手を離しながら安堵の溜め息を吐いた。
自分が知らないその先を、他人に勝手に調べられてたまるものか。
そもそもが借り物の身体なんだから、それが正しい感覚かも分からないんだし。この身体が特別な身体で、他の身体に移ったら満足できなかったとかになったら悲惨なことになりそうで怖い……じゃなくてっ、そもそも男が知っちゃいけない感覚なんだしっ。
俺が気持ちを整理している間、向こうでは母様が黙って聞き耳を立てて、静かにこちらの様子を窺っていた。
ティルクはしどろもどろのまま、俺に説明を続けた。
「姉様はジァニに入って皆に撫でてもらったら……その、気持ちよくて抵抗できないなんて言ってるし……
その、もしジァニに入って……その…… 」
そこまで聞いて、俺はティルクの頭をスパンと叩いた。
「考えすぎっ! それとこれとは別物だからっ!
つべこべ言わずにさっさと行火になりなさいっ。」
グズグズ言うのを強制的に禁止して止めさせて、ティルクをジァニに乗り移らせて、ティルク本人はもう動かないから、動かなければ寒くないように身体を毛布にグルグル巻きに包んで頭の上に転がしておいた。
ティルクがジァニに入って、少し震えながら仰向けになっているのを俺と母様が両脇から抱き付く。
顎の下をこりこりと撫でると、ティルクがぴくりと震えて顎がピクピクと震えて上を向くのを感じる。
上向いた顎の付け根を両手でくりくりと掻き続けると、ティルクの手が上がってきて抵抗しようとするので、顎の下の撫で方を強く早くすると上がり掛けた手がわなわなと震えて力が緩むのを感じ、ティルクが念話で何か言おうとしているのを無視してくりくりと少し強めに急所を掻き続けるとパタリと手が落ちる。
反対側からは母様が手を伸ばしてきていて、ティルクのお腹の周りを撫で始めると、ティルクは目に見えてぐだりと身体の力が抜けた。
ティルクが愛玩動物と化したのを感じて、母様と2人でもふもふの毛皮を撫でながら暖かな睡りに着いた。
翌朝、母様と俺はティルクに涙目で、
『姉様と母様は、私ににんげんを止めさせるつもりですかーっ! 』と、コブができるまで本気で殴られて説教をされたあと、罰として、この遠征の間、持ち回りで順番にジァニに入ることを約束させられた。
この2人から執拗に愛撫されたらどんだけ力が抜けるか、あの抗えない気持ちよさを思い戦慄した俺だったが、母様が顔色を変えるレベルで怯えているのを見て、少々は我慢してもいい気がしてきた。
うふふふっ。これまで散々振り回されてきた母様にぜひ一矢なりとも、目に物を見せてくれるんだからっ。




