第73話 御座所の仕掛け
書き出しに悩んでしまって、少し短いですが投稿します。
この先一ヶ月ほど(特に来週)、ちょっと忙しくなるので、更新頻度が下がりましたらご容赦ください。
御座所に入る鍵となるサクルクの所長を俺が殺してしまったために、魔道具があっても御座所に入ることができない俺たちは、御座所の側にテントを張り数日滞留できる準備をした。
『ま、気落ちしないことだな。』
調理場を作ったまま座り込んだ俺のところにヅィーニが来て、俺を慰めてくれる。
「ねえ、ヅィーニ。シューバは強いし、ヅィーニとジァニは相性が良いと思えないのに、何で一緒に付いてきたの? 」
『うん? 相性は悪くないぞ。』
思っていたことを率直に打つけた俺に、ヅィーニは面白がるような口調で返してくる。
『俺たちが得意とするのは水魔法だからな、それだけを考えると相性は悪いかもしれん。
だが、俺たちが出せる水は真水だけじゃないんだ。
ほら、ヒスムが言っておっただろう? 』
何があったっけ、目を細めてこちらを見るヅィーニを見ながら考えて、あ、と気が付いた。
「塩水が出せるんだ! 」
『そうだ。即効性がないし魔力の消耗が激しいから、戦闘で直接には役に立たんし一体を塩水で満たすようなこともできんだろうが、塩水で突撃を躊躇させるくらいのことはできるし、近くに近寄らせないためにも有効だろう。』
「ヅィーニは、私たちを援助してくれるためだけに来てくれたの? 」
俺の問いかけに対するヅィーニの返事はなかった。
会話が途切れて、俺が、あ、教えてくれないんだ、と思って見ていたら、ヅィニーは起き上がって立ち去る気配だったが、しばらくしてぽつりと呟いた。
『ジァニはな、シューダに襲われて幽体を食われたと俺は思っていた。
ジァニの身体が死なないように収納空間に入れたのは、幽体がいなくなってジァニの身体が朽ちてしまうのを受け容れられなかった俺の感傷に過ぎん、いずれは処分しなければならないと思っていた。
だがこの間、アスリーという人間は、魔族に幽体と身体を分離させられてシューバの中に幽体を入れられているという話をミシュガルドから聞いた。
そんな話を聞いたら、ジァニの幽体も生きているんじゃないかと期待してしまうだろう?
その可能性を知ってしまったら、確認しないとジァニの身体を楽にしてやれんだろう?
俺は── 』
ヅィーニの真意を知って、俺が振り返ったときには、ヅィーニは自分のために作った池のある収納空間に消えていた。
俺はヅィーニの心を慮って唇を噛み締め、ヅィーニの見詰める可能性に気付いて口角を上げた。
(ヅィーニ、頑張ろうね。)
◇◆◇◆
御座所にはやはり仕掛けがされていて、ミッシュが直接に仕掛けを探り、ゴダルグさんとエグリスさんがミッシュが調べた内容を協議して、仕掛けの内容と仕掛けを破ったときに起きることとその対策について相談していた。
『これまでの調査で、御座所自体には何も仕掛けられていないらしいことは分かった。
でも、やはり何かが仕掛けられているんだよな。』
ミッシュたちが調査を始めて2日目、疲れただろうと干した芋と魔法で出したお湯で淹れたお茶を持っていったら、ゴダルグさんとミッシュが相談をしていた。
「ミッシュさん、僕がこれまで御座所を訪れたときの感じからすると、シューバ本体の状態を今のままに維持する何かの処置がされているだけだと思うんです。
だとすれば、他に働きかけた侵入者対策はないと思います。
この状態が変わらないうちに御座所に入って、シューバ本体だけと対決して早期に仕留めて活動を停止させる、それがベストなんじゃないでしょうか。」
当人たちの固辞もあって、魔物たちの呼び方は呼び捨てが愛称として続いているのだけれど、ゴダルグさんだけは魔物を”さん”付けで押し通していて、魔物たちが根負けして受け容れているのを俺は密かに感心している。
『ゴダルグ。シューバを仕留めてアスリーも死んでしまったら、この作戦は失敗なんだ。
アスリーを回収するにはシューバを生きたまま捕獲・管理しなければならないし、シューバ本体に他のシューバを呼ばれたら、たぶん15分から30分で100体からいるシューバ全員が揃ってしまって、収拾が付かなくなる。
だから理想としては、シューバ本体をほかのシューバが追って来れないところまで連れ出して隔離するのが良いんだが、まずはシューバとの戦いで生きたまま捕獲する方法を見つけ出して、その知識でシューダに対処するのがベストだと俺は考えている。
だからシューバはシューダ対策のために、こいつらの制御方法を確立しなくちゃならん。』
うわあ。言っていることは分かるけど、難易度がきっと半端じゃない。
それで見つけた制御方法でカバーできないところは、きっと俺たちが補うんだよね。
鉛を飲んだような気分で見る俺の視線に気付いたミッシュが、初めて聞く甘えた声で、にぁん、と鳴くのを聞いて、いらっとした。
(お前、元男神のくせに、よくそんなあざとい真似ができるねっ! )
ミッシュは俺がむかむかと腹を立てているのを感じて、ぶふふふっ、といつもの笑いの思念を送ってきていて、ああもう腹が立つったら。
俺がミッシュに揶揄われて怒りを溜め込んでいるのを余所に、ゴダルグさんたちとの検討は進んでいた。
「シューバ本体に何か細工がしてありますよね。
アスリーさんが闘争心だけを抜き出されたと聞いたときに違和感があったんですけれど、闘争心以外の幽体はどこから来たんですかね。
元々シューダがいたか作ったかして、それが自分たちの手に負えなかったから改良してシューバを作って多少の制御が出来るようにした。
それをもっと自由に操れるようにするためにシューバもどきを作ろうとしていた。
やはり、そう考えるのが自然ですよね。」
これはゴダルグさんから聞いていた既知の仮説だ。
この仮説に従うと、オリジナルに近いほど本体が大きくて力が強い理由も見えてくる。
敵が、多少強さを抑えてでも自分たちの意のままに操れる強力なモンスターを作りたかったからだ。
だから、オリジナルに近いほど幽体の容量も大きくなってくる。
「サクルクでの実験で、シューバもどき研究班はシューバもどきの空っぽの幽体を保管するために、冒険者の意識を弄って正常に動作させる実験をしていましたが、シューバもどきの身体との接続が上手くいかなくてまともな動作をするところまで行っていませんでした。
シューバは幽体の容量が大きいから、多少の不接合はあっても必要とする部分を切り取って合成する加工ができたんでしょうけれど、他人の異質な幽体どうしを合成して一体として機能させるというのはかなり難しいことだと思います。
だから私は、御座所の役割はシューバを制御する幽体が分離しないように神力で護っているんじゃないかと思うんです。」
エグリスさんの説明にミッシュが考え込み始めて、さらなる検討と調査が始まったようだ。




