第71話 調査隊発進! あー、魔物の方、新たな獣人種開発の試みは控えてくださると(ゴニョゴニョ
「それでは魔道具を起動します。皆さん、魔道具を中心にして10メートルのところに赤い線が見えていると思います。
そこが魔道具の有効範囲ですので、超えないようにしてくださいね。」
シューバの調査のために魔道具を起動した俺たちは、魔道具の線を確認しながら進んでいく。
シューバの実態確認遠征に出掛けて3日目、これまで散開して逃げてくる魔獣の討伐をしていたのだけれど、そろそろシューバの縄張りに入って来てさすがに逃げてくる魔獣もめっきりと減ったし、俺たちがシューバに探知されてしまっては面倒なことになるので、魔道具を作動させて各自その動作範囲内で行動をすることになった。
調査隊のメンバーはアスモダ国が男性3人、ガルテム王国が女性3人、研究者として男女2人の他に黒猫のミッシュと1メートル80センチほどのヅィーニとずいぶんとグラマーな女性が1人。
魔物組の女性は神使で使用者はヒスムだ。何でも白蛇としてのヒスムの感覚では肉感的なのがぴったりとくるらしく、カールした金髪に白い肌で冷たいが端正な顔、紫がかった瞳が怪しく光る。
うん、確かに狙われたら逆らいがたい迫力はあるね。
で、このメンバーで何が面倒かって、お互いの顔が見える距離で生理現象なんかをどう誤魔化して折り合いを付けるかなんだけど、そこは俺が手を上げて提案をした。
「短時間なら収納空間に入ることができるので、男性はミッシュに、女性は私に言ってください。予め簡易なトイレや湯船を作って収納空間に入れておきますから。」
収納空間は複数展開できるし、その設定は1つずつできるので、俺が食料などを入れている空間とは別に新しく作ることができる。
俺の今の収納空間は、食料などの遠征隊の共有財産の空間が1つと俺とティルクの私物なんかの空間が1つとジァニの入った空間が1つ。
ジァニは時間を止めた状態で丁寧に保管してないと体が衰弱とかで死んでしまう可能性があるし、収納空間を使った人たちに見つかりたくもないしね。
それに、ヒスムが人間の感覚が分かっていないので、放っておくと隙だらけでいろいろと危ないので、拙そうな場面が見えるとまず収納空間に放り込むことにしている。
「今度は私、何がいけなかったですか。」
「スカートを履いているのに、男性の前に座って足を広げすぎっ。丸見えになるでしょうがっ! 」
「ええー、そんなことも考えなきゃいけないんですか。人間、面倒くさい。」
『面倒くさいの。アスリーさんの体に入って、俺だって散々苦労したんだから。』
念話で送った、俺の男としてと女としての体験談が意外とヒスムに受けて効果があった。
ヒスムがささっと足を隠して少し俯いて、微かに赤くなった頬を向かいのアスモダの真面目そうな方の副官ザルグバルさんに見せつけるようにして顔を上げ、はにかんで視線を遣ると艶やかな唇を微かに上げる。
ちょっと、随分と学習が早いわね。
え、異性を狩るのは本能?
……さ、左様ですか。
皆が見てる前だし、たぶん狩られたとしても、命を取られる訳じゃないし。
ぞくりしたけど、放置した。
◇◆◇◆
正面に緋色の蔓のようなものが見えて、ゴダルグさんから、
「気をつけて。あれがシューバのケーブルです! 」
と注意の指示が飛んだ。
濃い緑の葉を付けた木自体はそんなに特徴的なものではない。だけど地面を割ってときおり姿を見せる根の濃い緋色は目立つし、それがあちこちに見えて、束になってどこか奥の方から放射線状に伸びているのが見える様は、正にケーブルが敷設されたように見えた。
あちこちに見えるケーブルに尻尾を伸ばしてシューバがソケットを接続して養分や情報を交換して前線の受け持ちエリアを支配する──
シューバがいるのは前線だけらしいが、一体何百体のシューバがいるのだろうと考えると緊張して思わず生唾を飲む。
しばらく進んで、そのシューバがいた。
シューバはこちらを見たが何も反応なく周囲を見回していて、ドレスのような葉の下から伸びた蔦がケーブルに繋がっているところを見ると今は栄養補給中のようだ。
その姿は人型で身長も1メートル60センチほど。
アスリーさんの幽体が使われているのが影響しているのか、胸が膨らみ腰幅が広くて何となく女性に見えるその姿は薄緑の葉が服のように纏わり付き、頭にも肩までの茶色い髪が生えたように見えてちょっと見に女性と見える。
だが、顔は目に相当する位置に黒光りする種子のようなものが2つ付いているが他には何もないのっぺらぼうで、ただ、こいつ強いな、とは感じて……
俺たちは素知らぬ振りでシューバの側を通り過ぎたが、内心はドキドキだった。
シューバがいるのは前線だけ、とは言いながら、前線が1枚だけということもなく、シューバはそれからも3回ほど見た。
4重の防御。けっこう厚いな。
そう感じたのは俺だけではないようで、母様やアスモダの面々の表情が少し硬い。
『円の中心に向かっているから、だんだんと近づくにつれて守備範囲が狭くなっていくために1陣目の倍の2陣目がいてさらにその倍の3陣目がいる。
そんな風に考えていくと大凡のシューバの数が推測できる。
この間数えたところでは4陣目で60人前後だったんで、総勢105人から120人と数えたんだがな。』
(うわあ、100人超えか。眷属の総意が掛かった状態の俺で表示が必ずしも正確ではないけれど、俺のレベルが3万でシューバが1万だから、俺が1人で一度に相手できるシューバは2体までと考えておいた方が良いだろうな。
もし、3体を相手しなければいけなくなったときは…… )
「ティルク、2までのシューバまでは俺が受け持てる。3体になったときにはティルクにも頼む。」
ティルクは頷いてヒスムの方を見る。
「ヒスムがね、手助けしてくれるって。
ヒスムはね、土魔法が得意で、いつもは地中を住処としているんだって。いざとなればシューバのケーブルを切断して追撃を手控えさせることくらいはできるって。」
(そうか、ヒスムは戦力としては大きくはないんだったな。
でも、ケーブルを通じてシューバが情報共有を頻繁にしていたら、一箇所で戦った情報がすぐに伝わって、囲まれることになる。
もしやるなら短期決戦で終わらせて、周囲の状況に気をつけないと。)
出発前に聞いていた情報を再確認して、そんな戦力分析をしながら、俺は皆と御座所へと向かった。
◇◆◇◆
「ふうん、これまで首都が無事だったからか、アスモダの奴ら、随分と警戒心が薄いんだな。」
迷彩色のフード付きのコートを羽織った年の頃13歳くらいの男の子がシューバの勢力圏から離れたところに生えた大木の上からセイラたちの調査隊を見詰めて呟いた。
「シューダのところに辿り着くまで見てても良いんだけど、それだと一瞬でケリが付いて面白くないよね。」
にんまりと笑うと何かの思念を飛ばして、楽しそうにクスクス笑いを始めて、一行の魔物の方へと視線を走らせて、すぐに逸らした。
「あの慎重なミッシュが今度は人間に付いて問題がある場所まで一緒に来るなんて、どういう風の吹き回しだろうねえ。
ミッシュにはこれまで随分とやられたし、逃げられてきたけど、今度はようやく追い込めるかもしれないと思うと、嬉しいね。」
立ち上がってそう言ったときにフードの下にちらりと見えた顔の造作は、ビアルヌ城で冒険者たちと一緒にいるジューダにそっくりだった。
だが、精神は全く別物であることが一目で分かる。
強い意志と1つに執着して歪んだ精神が渾然としたまま跛行しているのが丸分かりだからだ。
魂と意思が調和しないまま、意思に引き摺られている。
意思の前に立ち塞がるものの正当性や 意義など勘案することなく進むその少年は、くすりと笑うと掻き消えた。
遙か離れたところでは、黒猫が不快気にふしゃっと鼻を鳴らした。
(やはりここで何かしてくるのか。
神力の一部回収までやってできる限りの手は尽くした。
協力はできても直に当事者になれないのが辛いところだが……
みんな、頼んだぞ。)
ミッシュがちらりと全員を見回し、最後にガルテム王国からの3人をじっと見詰める。
(彼女たち3人の誰が欠けてもこの先の確率は大きく下がる。
リーアよ、女はお前の管轄だ。加護を、頼む。)
ミッシュは柄にもない自分の神頼みに軽く鼻を鳴らすと、他のメンバーたちと共に御座所へと歩いた。




