第65話 To be or not to be that is the question. いや、そんな大問題では…
この会議には、魔族のゴダルグさんは参加していない。
ゴダルグさんの存在自体は獣人族の人たちにも伝えてあるのだが、ゴダルグさんは魔族の指導者から直接闇魔法を掛けられていて、闇魔法の術式を解析中のミッシュから、本人に気付かれずに遠隔操作で意識に侵入して情報を抜き取られる可能性がまだ完全に否定できないそうだ。
なので一旦会議を中断して、情報源を隠してミッシュと俺だけでゴダルグさんにヒスムから聞いた話との突き合わせを行った。
「僕たちはシューバの本体をである樹木の方をシューバツリーと呼んでいましたが、シューバが研究テーマだったので、シューバツリーに塩が有効という話は僕も気が付いていませんでした。
どなたか存じませんが、その方はシューバのことをとてもよく観察されています。」
ゴダルグさんはヒスムの説明を検証した上で足りない情報を補足してくれた。
「僕の方から提供できる情報としては、サクルクにあった魔道具の使い方と、シューバをどうやって調べていたかですね。
まず魔道具ですが、魔道具を使えば、シューバたちは魔道具と一定の距離にいる者達を仲間のシューバとみなしてくれます。
ただ、魔道具の有効範囲は半径3メートルの限られた区域ですから、あまりシューバやシューバツリーと接触しないことをお勧めします。
問題は、アスリーさんの幽体が移されたシューバ本体が安置されている部屋の認識錠がドグニゴー所長の闇魔法で操作されていたために、シューバ本体に接触ために認識錠を解錠する方法がなくて、力業で鍵を壊せば、シューバたちに気付かれることです。」
駄目じゃん。
母様とミッシュに視線をやると、ミッシュが頷いてゴダルグさんからの聞き取りは終了した。
対応策をゴダルグさんの前で検討すると、敵に情報が漏れる恐れがあるので、会議室に戻る前に母様の部屋で打ち合わせをした。
『シューバやシューバツリーとやらの実情を観察するために、魔道具を持って何人かで、一度シューバ本体のところまで行ってみたいな。
ゴダルグとエグリスがいればシューバ本体の解放対策が検討できるだろうし、セイラは異世界に比較できるものがあって、シューバの生態を”システム”という概念で連想しているようだから、この3人にはぜひ先に見ておいて欲しいんだ。』
ミッシュが思念を送ってきたので、お互いに顔を見合わす。
ギャジャ王子との交渉は母様が手配してくれそうだ。
『もちろん、その前にゴダルグに残っている闇魔法の残滓を徹底的に調べて除去する必要がある。
ちょっと時間が掛かるので……3日後くらいでどうだ。』
母様が頷いて会議室へと戻り、当面の行動と今後の対策が話し合われた。
◇◆◇◆
「さあさあ、ご婦人方、私たちが前衛を務めますので、皆様は後からどうぞ。」
ギャジャ王子、いやギャジャさんが、和やかに俺たちを引率している。
案の定、私たち数人だけで人選してシューバのところへ行くのはギャジャさんの猛反対を受けて、魔人族、獣人族からそれぞれ戦闘のできる者3名を選ぶことで話が纏まった。
メンバーが増えれば、予めお互いの実力の確認とチームとしての融和を図る必要がある。
そんなギャジャさんの主張を受け容れて今日は合同訓練となった訳だが、ガルテム王国側からは母様と俺とティルク、アスモダからはギャジャさんと副司令官のダジッタさん、ザルグバルさんの3人が参加している。
少数精鋭とか言ってるけど、アスモダ軍とガルテム王国軍の中核たる将兵だけで1グループを作って現地奥深くに侵入しちゃったら、果たしてそれは軍として大丈夫なのか。
そんな俺の心配を余所に、先日の戦いは眷属の総意という魔王妃の技を使ったものと聞いたギャジャさんは、眷属の総意を使わないときにはアスモダの兵で俺たちを完全に守護すると言って、要は猫可愛がりに甘やかす方針でいた。
俺はギャジャさんよりレベル200程度下、ティルクはレベル500程度下だけど、そんなのは戦闘の中では誤差程度のものなので、皆で手分けして横一列で一緒に戦って全然問題がないのだけど、今の計画が上手くいって、何ごともなくスムーズに終わらずにちょっとだけ荒れる程度で終わってしまった場合に、母様と俺だけが戦果を上げて終息する可能性がある。
そのためにどこかで自分たちの役割と出番を作っておかないと、ギャジャさんたちが故国に向かって立場的に耐えられないのがこの扱いの本音だと思うので、仕方のないことではあるんだよね。
……ギャジャさんたちが眷属の総意を使う前と後の俺たちを別の存在と切り分けて、眷属の総意がないときは俺たちをか弱い姫様扱いしてくるのがとっても面倒くさいんだけど。
「いいですか、皆様は全員魔法が仕えるんですから前戦で戦う必要はありません。私たちの後方で、固定砲台でお願いしますね。」
……はーい。
何だか、もやもやを抱えながらやってみたけれど、前線に過剰な数の敵が押し寄せてきてギャジャさんたちが必死で戦っているときに、ぽいぽいと適当に雷魔法を連発したり闇魔法でこちらの数を倍に見せたりして相手の陣形や気勢を削いでやっていると、形勢の変わった状況で、今だー、とか言いながらフウフウと戦っている獣人さんたちの姿が一生懸命なのが何だか可愛い。
意地を貫くのも大変だねー、と和んで見ていたら、ティルクが寄ってきて、眉間に皺を寄せて訊いてくる。
「姉様、男らしからぬことを考えてませんよね。」
ぎくり。
勘の鋭い子だな、と思いながら、明日また男に戻ってティルクとデートすることは決まってて、男らしさが回復するのは確実なんだから、少しくらい良いじゃない、と思って口を尖らせたのだけど、母様が何かストレスを溜めてウズウズしている様子がさっきから見えている。
なので、溜め息を吐いて3人でアイコンタクトを取ってからギャジャさんに、私たちも出ます、と告げると同時に前に出て戦いに参加して、結局、今日の1日でギャジャさんとのレベル差はほぼ埋めた。
母様から、抜け、という指示が出ていたのだけど、王子のプライドと可愛げを考慮して、少しだけ届かないところで止めておいたら、母様からなんか溜め息を吐かれた気がするのはなぜだろう。
◇◆◇◆
「ティルク、セイラとの交際はどうなってるのかしら? 」
いきなり母様に聞かれて、私は盛大に咽せてしまった。
前回、ミッシュの魔力が足りなくて、姉様はダヤルタ君くらいの年齢にしかならなかったので、姉様の男成分を上げるために、私がお姉さんとして幼気な少年を少し甚振った感じになってしまってないかを危惧していたんだけど、私も経験がある訳ではないのでそこら辺の機微はよく分からない。
でも、ミッシュが姉様の男成分の回復は順調だったって言ってくれてたから、あれはあれで大丈夫だった筈なんだけど。
「たぶん、ティルクの交際は上手くいっているんだろうけど、あの子、誰か男とも付き合っている──少なくとも女として意識している相手がいるわね。」
母様の指摘に私は息を呑む。
(私とデートしたあの日、姉様はゲイズさんに頼まれて酒場で歌を披露したらしいけれど、やっぱりそういうことだったの? )
母様に何か返さなくちゃという思いとゲイズさんとデートしていたとは認めたくない気持ちがぶつかって、返事に窮しているのを察して母様が言葉を継いでくれる。
「今、あの子はティルクを恋愛の相手と意識し始めてから、男の意識でも女の意識でも、恋愛に積極的になっているんじゃないかと思うのよ。
でも、セイラには悪いけど、いまはまだ女で生きると決めてもらうのは拙いらしいわ。
いい? セイラと一線を超えるのは駄目だけど、負けちゃ駄目よ。
幸いセイラには男性を誘惑する手管は初級しか教えてないし、ティルクは教えたことを全て使って良いから、存分に振り回しちゃって。」
また、母様は無茶振りをする。
一線を超えない前提でできることなんて、限られてるでしょうに。
でも、私もゲイズさんに姉様を取られる訳にはいかないから──
私は母様に微笑んだ。
◇◆◇◆
「姉様、明日のセイラ君とのデート、ミッシュは大人のセイラ君が用意できそう? 」
夕食が終わってこれから入浴というタイミングで、ティルクが俺の体がちゃんと準備できそうか確認してきた。
どうでも良いけど、呼び方はセイラ君で固定なんだろうか。
「うん。今度はちゃんと大人の体が用意できるって言ってたよ。」
俺の答えにティルクは、そう、良かった、とにぱっと笑って、で、明日はどこに連れて行ってくれるの、と聞いてくる。
うーん、まだ決めてないんだよね。
俺が言い淀んでいると、ティルクが提案をしてきた。
「これまで、戦闘は姉様としかしたことがないでしょう?
ね、今日のうちに男性物の装備を揃えて、私が作ったお弁当を持って2人で魔獣を討伐しながら、またヅィーニのいた湖まで行ってみたら素敵かなと思うんだけど、セイラ君、どうかな。」
男物の衣類や装備って、そういえば持ってないから、これから町まで一揃い買いに行くのはいいかも。
でも、明日のお弁当は俺も一緒に用意するよ、と言ったら、ティルクに首を振って拒否された。
「お弁当は彼女が作るべきものなの。
セイラ君は明日は男の人なんだから、私の役割を取っちゃダメなんだからね。」
ティルクのきっぱりとした言いように圧されている間に、じゃ、出掛けましょ、と勧められて2人でお出かけをすることになった。
お店の人には、おや、佳い人へのプレゼントかい、と冷やかされ、2人で少し顔を赤らめてきゃいきゃいと騒ぎながら、下着までを含めた服装と肩鎧と腰、膝の最低限を覆う装備を揃え、重いものはこっそりと収納空間へ入れ、それ以外の物は2人で抱えて帰った。
その夜、ティルクは明日の用意もあるから、と珍しく別室で眠り、俺は隣がぽっかりと空いた寝室で、自分だけの吐息を聞く独り寝の淋しさを意識しながら睡りに着いた。




