第58話 デートのあとは……またデート?
お昼にかなり手を入れました。
申し訳ないです。
いつもならば夕食の準備の時間を気にするところだけれど、今はビアルヌに泊まっているし出掛けることは伝えているので、無理に夕食に合わせて帰る必要はない。
なので、まだ少し時間は早いのだけど、以前にゴダルグさんたちを捕まえたレストランにティルクと2人で行った。
俺が子どもと言っていい姿になってしまっているせいで入店審査で訝しがられたけれど、ティルクのことは覚えていたようで、支払能力問題なしで部屋へと通してくれた。
何を食べようかとティルクと相談して、以前美味しかった鳥肉料理を中心に注文して、2人で存分に味わって、楽しい時を過ごせた。
支払のときには、一応、男の俺が払ったのだけど、店の人は、、こっちの子どもが払うの?、というような顔をされた。
今後、この体でこの店に来ることはないとは思ったけれど、俺だってちゃんとした収入はあるんだぞ、と悪戯心混じりにA級冒険者の銀色の認識票をぶらぶらと見せたら、すごく驚きながらも納得してくれたようだった。
店を出てティルクと手を繋いでの帰り道、酒場の前を通り過ぎようとして、店内から聞き慣れたジャガルの旋律が響いているのに気が付いて、え?、と足を止めると、ティルクも気が付いたようだ。
この旋律の感じは、たぶんゲイズさんが店の中で演奏をしている。
聞いたことのない女性の歌の伴奏なんだけど──
うん、ゲイズさんのノリはいつもに比べたら格段に良くないな。
何となくそのことを嬉しく思いながら、店の前でどうする?、とティルクに目線で問うと、ティルクは笑いながら首を横に振った。
「今日のセイラ君は私とデートだけをしていればいいの。
ね、もう行こう? 」
言われて、自分が男の子の格好をしていることを改めて意識して、俺もそうだね、とティルクに笑って答えて再び帰路に就く。
男姿の俺が冒険者に見つかると説明が面倒なので城の側から空に飛んで窓から部屋に入ったら、案の定、部屋ではミッシュと母様が待ち構えていて、魔物との共闘をどうするかをセルジュさんやビアルヌ男爵たちと協議した結果を教えてくれたのだが……
「セイラ、詳しい話をする前に女の体に戻しておきたいから、まず男の意識を結晶化しましょう。
これを忘れると、せっかく今日2人で頑張った成果が台無しになるから、神使を変更するときには徹底してね。」
まずは神使の取扱注意があって、それから今日の一日で男の意識の増加量の確認があった。
「ティルク、頑張ったわね。
男の意識は以前より3割くらい増えて、全部で元の19パーセントだったのが25パーセントくらいになっているわ。」
(なぜティルクを褒めるんだろ、頑張ったのは俺じゃないの? )
『公の場で説明してあげてもいいわよ? 』
ミシュルが珍しく念話で聞いてきて、俺は慌てて首を横に振った。
何となく、説明を聞くとすごく恥ずかしい思いをして、真っ黒い歴史の一頁が増える予感がする。
そんなの、耐えられるかっ。
で、話は変わって。
シューバたちの討伐に魔物が参加する件は、セルジュさんとビアルヌ男爵が受けて調整中らしい。
今のところ、ミッシュにテュール、ヅィー二にあと一頭くらいがシューバ討伐に参加し、その有効性が確認できればミッシュたちがもっと広範囲に呼びかけをしてシューバの元になった魔物──ゴダルグさんによるとサクルクではシューガと呼んでいたらしい──の討伐のときに本格体制を整えられるよう、アスモダやガルテム王国に働きかけをしていくらしい。
「ねえ、人間と協力していける魔物がそんなにたくさんいるのに、なぜ日常では討伐対象なの? 」
俺が率直な疑問をぶつけると、ミシュルが苦笑した。
「逆よ。人に敵意を持つ魔物は討伐対象にされて長生きできないの。
ある程度の知能があって強くなるまで生き延びられて、人から危険でないと認識される幸運に恵まれた個体が生き残っているの。
だからね、今も生き延びている高レベルの魔物は、少なくとも人間との対立は望まない温和な魔物がほとんどなのよ。」
人間って怖いんだ、そう思った俺をミシュルが肯定する。
「そうよ、目的意識を持って数で攻めてくる人間は怖いわ。
たまたま私が関わりを持った人間と仲良くなれそうな個体は、人間と敵対しないように私も支援してきたから、以前より少しは増えていると思うけれど、残念なことに、最強レベルになれるはずの魔物が随分と人間に討伐されてしまっているのよ。
セイラが馴致したフェアリィデビルのこともあるし、これを切っ掛けに魔物と人間の関係が変わると良いわね。」
え、そんなに大それたことをしてないけど、と引き攣る俺に、ミシュルは軽く笑って話を終わろうとする。
「テュールとフェアリィデビルのことがあるから、みんなセイラの功績だと思っているし、諦めるのね。」
また何かヤバそうなこと言ってるけど、俺、知らないからね。
……知らないで済む訳ないんだけど、後から考えると、うん、こういうところで執着しないのが俺の大きな欠点だと思うんだ。
◇◆◇◆
打ち合わせが終わって、皆が遅めの食事を摂る間に自分の部屋へと戻ろうとして、部屋の前で息を切らしたゲイズさんに呼び止められた。
ゲイズさんはお忍びで出掛けていたんだろう、作り物らしい犬耳の上からフードを被り、思い詰めた顔をして、俺に頼みがあると言ってきた。
「さっき酒場で弾いていたジャガルの件ですか? 」
ゲイズさんは驚いた顔で俺を見ると頷いた。
「今、僕はセルジュさんを手伝って、各国との調整やとりまとめ役をやらないかと言われています。
でも本心では、僕はセイラさんたちと一緒に行きたいんだ。」
ゲイズさんは俺の手を握って頼み込んでくる。
「セルジュさんの手伝いが大局的な見地から大事な役目だとは分かっているけど、僕には冒険者として一緒に行きたい気持ちの方が強くて捨てられないんです。
セルジュさんからは、今回、組織が立ち上がるまでの間でいいと言われてもいるけれど、シューバ討伐の実績と経験を自分のものにできない焦りがすごく強くて、気持ちを整理しようとジャガルを持って酒場で人の伴奏をしてみたけれど……
お願いです、決心するのに今晩しか時間がないんだ。
セイラさん、今から僕と一緒に来てもらえませんか。」
ゲイズさんの手のタコは、剣でできたものとジャガルでできたものと、2種類がある。
俺は握られたゲイズさんの手からそれを確認して、少し俯いた姿勢から上目遣いにゲイズさんを見る。
「私でなければいけない理由は? 」
「……セイラさんの想像のとおりだと思います。
僕の夢は冒険者として成功することじゃなくて、この冒険の最後にセイラさんと一緒に演奏をしながら生きていくことなんだ。
今、セルジュさんの手伝いをすることが、その夢を捨てるわけじゃないと確認したくて頼むんです。」
(今、俺が断ることを考えないの? )
そう思って口に出さなかった俺の疑問がわかったのだろう、ゲイズさんが言葉を継ぐ。
「戦いの最後に僕が望むご褒美が出るかは、かなり分の悪い賭けだと思ってます。
でも、そこまで分かって一緒に走ろうと思っている男に、最後まで答えを教えないで夢の答えを保留していてくれるくらいの好意を期待しても良いでしょう? 」
(……ちくしょう、有効ポイント、取られちゃったよ! )
男前に面と向かって迫られるとこんなに堪えるのか。
こういうのにもっと抵抗できるように、男成分を残しといてほしいよ。
俺は溜め息を吐いてゲイズさんの申し出を了承して、それからゲイズさんにフードを取るように言った。
薄暗い酒場だからちょっと見には誤魔化せているかもしれないけれど、この付け耳、かなりできが悪い。
変形魔法(小)で犬耳の獣人に姿を変えてあげて、尻尾もよく見えるように付ける。
顔がよく見えるようになれば、ゲイズさんとは別人に顔を作る必要も出てくるので、少し黒みを帯びた野性的な風貌に変化させたら、さすが元が同行冒険者随一のイケメン、かなり良い。
俺も身元がばれないように変装する必要があるので、自分の部屋に戻って、ドアの内側で俺たちの会話を聞いておカンムリのティルクに両手で拝んで謝りながら身繕いをする。
髪と耳と尻尾はゲイズさんの雰囲気に合わせて黒のソバージュに犬耳と尻尾にして、体型をチェックして肉感的に見えるように胸と腰と太股にボリュームを追加してウェストを絞る。
暗色系の七分袖のブラウスの裾を縛って臍を出し、スカートはややたっぷり目のプリーツを選ぶ。
声帯も変わっていると思うので何度か歌を歌って、いつもよりやや迫力があるけれど声域が広い声になるように調整して、ゲイズさんのところへと戻る。
もう大分時間も経っているだろうから、酒場に戻るのなら急ぐ必要があるだろう。
俺は手を差し出してゲイズさんの手を握ると、そのまま2人で空へと飛び出した。
ゲイズの演奏のイメージにアコースティックギターのBGMを探していたら、マリウシュ ゴリというとんでもない人の演奏にぶち当たりまして、一日半ほどお話そっちのけでハマってました。




