第57話 ティルクとデート(3)
サブタイトルを(1)から(3)にしてしまったのは、楽だけれどちょっと残念です。
書き終えた高揚感のままに好きに付けるのは、割と楽しい作業なんです。
投稿時間は元々18時が目安なんですが、「しばらくは不定期」のままとなっています。
滝壺の中からちょろりと現れて脇にある大きな岩の上で伏せてこちらを見ているのは焦げ茶の体毛にきょろんとした目との対比で顔の下半分がずんぐりとした小動物で……あ、地球で言うカワウソじゃないかと気が付いた。
カワウソはお腹をぺたりと岩の上に付けて愛嬌たっぷりにこちらを見ているが、何となく作為的にやっているのを感じて、ついあざといと思ったのを読まれたようで、こちらを見てキューキューと愉快そうに笑うのだが、これがまたいちいちあざとい。
『まあ、そう言うな。人間に可愛いと感じさせて生き延びるための隙を作らせるのは結構重要なことなんだぞ。』
どうやらいろいろと豊富に経験した人生訓があるらしい。
『それで、この先で狂った魔物を作っていた奴らをお前たちが討伐したというのは本当か。』
カワウソは、自分をヅィー二と自己紹介した上で、目をキョロキョロとさせながら先ほどの話題に戻り、俺はこちらの自己紹介をした後でそれを肯定した。
『俺たちは彼らがサクルクと呼ぶ施設を制圧して、今は彼らが作ったらしいシューバとか言う魔物を討伐する準備をしている。』
『セイラの念話は完成度が高いし、そちらのお嬢さんのも癖のないきれいな念話だ。
ひょっとしてお前たち、ミシュガルドを知っているのか。』
『あんまり使われてはくれないけど、ミッシュは俺たちと使い魔の契約をしているよ。』
俺たちの様子を観察していたヅィー二の質問に答えると、ヅィー二は、ああ、ならお前等のことは安心だ、と言うなりごろんと寝転がって腹を出した。
ヅィー二の思念から人間から可愛いと思われるのを計算しながらやっているのが判るってことは、ヅィー二のしたたかさが際立つだけなのを判ってやってるんだろうか。
ちろりとヅィー二を胡散臭げに見遣ると、これでも人間とは修羅場を潜りながら二百年生きてるんだ、と笑っていて、ティルクと2人で呆れるしかなかった。
俺はダイカルとアスリーさんが襲われてこの国の東部にいる魔物を討伐するためにやってくるまでの経過を掻い摘まんで話して、先日、サクルクを襲撃してついに問題解決の糸口を見つけたことを説明した。
『それで、この後はシューバを討伐するところまで来たんだ。
成り行きだけど、魔物からはテュールというアウルベアがシューバ討伐に参加してくれることになっていて、サクルクの守備にはフェンとリルというフェンリルとフェアリィデビルのトーマちゃんほかの数十頭が協力してくれることになっている。』
ついでだったのだけれど、今回の討伐に魔物も参加することになっていることを説明すると、ヅィー二は興奮し始めた。
『おい、それ、本当かっ。
俺の一族もこの先の魔物に何頭か殺されてて、王都の向こうにいるヤツには一族の半分くらいがやられているらしいんだ。
あの魔物をやっつけるんなら、俺も一緒に一族の仇が討ちたい。
俺もどうにか参加できねえか。』
ヅィー二のいきなりの提案にどうしようかと考え込んでいると、ミッシュから俺たちに念話が入った。
『ヅィー二、久しぶりだな、ミシュガルドだ。』
(ほら見ろ、自分は上手く逃げて誤魔化しておいて、やっぱり俺たちのことを監視してた。)
俺が憮然とした思念を向けるのを軽く無視して、ミッシュはヅィー二と話を進める。
『シューバとその母体となった魔物の討伐に魔物が参加してくれる案は面白い。今回の魔物討伐はシューバらの魔物に限られるから、他の魔物が参加しても識別は簡単なはずだ。
今、俺は人間が組織している討伐隊と話ができる位置にいるから、相談をしてみようと思う。
もし上手く連携できるようなら、テュールに連絡して、テュールから改めてヅィー二にも話をしてもらおうと思うがどうだ。』
ミッシュの提案にヅィー二は嬉しそうに同意した。
『そうと決まれば、セイラとティルクは俺の仲間だな。
どれ、仲間になった記念に俺の宝物を分けてやろう。』
そう言ってヅィー二が取り出したのは、ペアのネックレスだった。
『これはお互いの魔力を融通し合う効果がある。
見たところ、セイラの方が魔力が大きくてティルクの方が小さいだろう。
このネックレスは相手を想う気持ちを体の魔法の通路に流して真ん中の魔道具が想う相手と魔力を融通し合うんだ。
これは昔にミシュガルドからもらったものでな、魔道具部分は小さいがほぼ無尽に魔力を引き出せると聞いたよ。』
ヅィー二がペンダントに向ける視線は優しくて、ふとこの大きさや長さはカワウソ用に調整されているんじゃないかと気が付いた。
『ヅィー二、これ、自分が使っていたものじゃないの? 』
遠慮しながら尋ねると、ヅィー二はこちらへ優しい視線を向ける。
『もうジァニが死んでずいぶんになる。
新しいカップルが使ってくれた方がジァニも喜ぶだろう。』
『あのっ、私とセイラ君はまだそこまでの仲じゃなくって……! 』
真っ赤な顔で説明を始めて、事情が複雑で説明しかねて絶句したティルクにヅィー二はキュキュー、と笑いを向けた。
『そうなりたい気持ちがあるんなら、それで十分だ。
気持ちの性質はともかく、お互いを大事に思う仲ならばそのペンダントは取りあえずは動作する。
将来へのお守りと思ってもらっておいてくれ。』
ティルクは真っ赤な顔で俺をちらちらと見て、俺が頷くのを見てペンダントを受け取った。
そして俺に1つを渡してきたので、ペンダントを持って背伸びをしてティルクの首に手を回したら、ティルクはびっくりした顔で固まった。
ティルクの胸までしか身長がない俺は、熱を持った頭を垂れるティルクの顔に向けて体を近づけ、首を抱くようにしてペンダントの留め具と格闘している間、ティルクは唇が触れんばかりの距離にある真っ赤な顔を隠すことができなくて、目を見開いたまま顔を小刻みに動して抵抗する。
『ティルク、うまく結べないよ。動かないで。』
ティルクの抵抗が恥じらいだと知ったのは、やっとティルクにペンダントを付けて、お返しに覆い被さらんばかりにしてティルクが俺の首にペンダントを付けようとしてからだった。
少し興奮したお互いの吐息が至近距離で聞こえて、目の前一倍に赤い顔と濡れた目と唇が迫って、逆上せそうだ。
『その先は、俺と別れてからのお楽しみにしてくれ。』
キューキューと笑うヅィー二の念話に我に返って、あわあわと2人で口々にした説明をヅィー二が信じた様子は微塵もなかったのだけれど、一度通った道だからか、何となくこの体はまだヅィー二が思うようなことをするには準備ができていないんじゃないかと俺は本能的に感じていた。
(したくてもできないっての! )
何だかすごく理不尽な目に遭っている気がしながら、最後にティルクと視線を交わしてペロリと舌を出したことが、2人の距離を随分と縮めてくれたような気がしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ヅィー二と別れた帰り道、ヅィー二にがくれたペンダントを試しに使ってみたが、お互いの心に通じ合うものがあって2人で魔力を使うことを確認し合うことができていればそれなりに動作をするものらしくて、ティルクは俺から魔力が流れてきているのが分かると教えてくれた。
俺の魔力が自分の魔力を下支えしている安心感がすごくあるそうで、実際、試しに魔獣を狩ってみたところではティルクの動きや魔法の切れが1割ほども上がっているように感じた。
「ふふ、これ、セイラ君ともっと仲良くなれば切れ味も良くなるんだよね。」
ティルクが嬉しそうに見詰めてくる視線に、少しときめいてしまったことは、取りあえずティルクには内緒にしておくことにした。




