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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第2章 アスモダの深淵で見たもの
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第51話 だけど涙が出ちゃう。いや、今の台詞なしでっ

 夕食後しばらくして、ミシュルとエグリスさんと俺の3人でゴダルグの脳の調製痕からの復元をすることになって、その間に母様がセルジュさんとゲイズさんを全権大使とその補佐に任命し、対外的な措置としてタールモアとサングルの家名を名乗る許可を与えるよう、ガルテム王国への書状を用意することになった。

 母様の書状は今夜のうちにミッシュが持ってカエンチャへ出発するとかで、ミッシュ、誰の使い魔なんだっけね、とつい思ってしまった。


 私たち3人は腕に枷を嵌めたままのゴダルグを連れて客間へと移動し、ベッドに横たわらせたゴダルグをミシュルが闇魔法で眠らせて、エグリスさんが同化でゴダルグの脳を調べて俺に指示を出すのをミシュルが検証する手順で進める。

 エグリスさんが幽体の分割や復元を取扱い始めたのはライラたちがサーフディアのルーリア女王にアルザの実を使った香油の照会を持ち込んでからで、それまでは肉体と幽体が相互に及ぼす影響を調べることを専門分野としていたとのことで、ここに来て土地鑑のある分野に入ってきたらしい。


 脳の復元自体は神聖魔法と光魔法の同時使用による肉体組織の復元なのだけれど、調製痕(ちょうせいこん)にはいくつかの作業の(あと)があり、復元の順番を考慮しないと肉体を復元するときに削除されてしまうエリアが出てくるかもしれないとのことで、脳の調製痕を解す作業の指示が具体的で分かり易い。

 ミシュルも俺にエグリスさんの指示に同意の目配せを送ってくるところをみると、それで間違いがないんだろう。

 2人の指示に従って作業を続けることわずか10分ほどでゴダルグの脳の復元は完了した。


ゴダルグの脳の復元が終わって、エグリスさんの指示でミシュルが闇魔法の効果を止め、ゴダルグが目を覚ますのを皆で待つ。

 ゴダルグは目が覚めてしばらく、ぼうと焦点が合わない様子で天井を見上げていて、やがて周りに視線を巡らせると俺に気が付いたようだった。

「ええと、君はどこかであったことがあるよね。僕はいったいどうしたんだろう。」

 ゴダルグは自分に()められた手枷に視線をやって少し焦ったような表情をして、それから寝返りを打ってこちらに背を向けると押し黙った。

 うん?、会話を拒否するのかな、と俺が同化をしようとしているところにゴダルグから声が掛かった。


「これは夢じゃないんだね? 僕はドゥーダムの町にいるんじゃなくて、サクルクとかいうところで人を……ガラクタにしていたんだ。」

 言うと同時にオァ、というくぐもった声がしてゴダルグは吐いた。

 俺とミシュルは慌てて立ち上がって収納空間から布を取り出してゴダルグが撒き散らかした汚物を手近にあった容器に拭き取ったのだが、ゴダルグの嘔吐(えづ)きは止まらなかった。

 最初の数度に勢いよく噴出した後はもう出すものもないだろうと思うのだが、衝動が止まらないのだろう、無理にでもというように涙と鼻水を垂らして嘔吐きを繰り返すのを抑えてやりたいとゴダルグの背中を撫でる。


「落ち着きなさい、もう終わったことよ。これからのことを考えていきましょう。」

 自分がやってしまったことへの拒絶感がゴダルグの中にあるのだろう、そう思った俺が声を掛けたのだけれど、ゴダルグからは何を言っているのか、台詞のよく分からない切れ切れの(つぶや)きを押しのけるようにして嗚咽(おえつ)が漏れてくる。

 お、おあ、と不器用に声を漏らして泣くゴダルグの体と服と彼の周囲を2人で水魔法で濡らした布で清めて最後には光魔法の浄化で清めて、俺はなおもゴダルグの背中を撫でながら、母様に思念を飛ばして事情を説明して来てもらうことにした。


 母様はセルジュさん、ビアルヌ男爵と連れ立ってやって来て、俺に背中を撫でられながら泣いているゴダルグを見て、俺に頷くとゴダルグの前に椅子を3つ並べ、母様、セルジュさん、ビアルヌ男爵の順に座る。

 その様子に気が付いたゴダルグが身を起こそうとするのを母様は押しとどめて、ガルテム王国の王太后だと名乗った上で話を始めた。

「その様子だと、自ら望んでやっていたわけではなかったようですね。

 今、あなたはガルテム王国の国王夫妻に直接攻撃を行った実行犯として捕らえられています。

 あなたのように意思に反して行動をしている魔族がどのくらいいるのかは分かりませんが、魔族は世界の侵略者と認識されつつあります。

 侵略を受けている私たちとしては、魔族のことはよく分かっていないし、存在を悪と断じていくしかない流れになっています。

 あなたが魔族の侵略行為を止めたいと思っているのならばですが、私たちに魔族のことを教えてもらえないかしら。」


 ゴダルグは、ときおり低い呻き声を漏らしてはいたが、母様の話を聞いていた。

 その様子を確認して母様は話を続けた。

「私の後ろに座っているのは、ガルテム王国でこの方面で起きている魔族関連の問題を処理する全権を委任されるタールモア大使とアスモダのビアルヌ男爵よ。

 私たちはアスモダの大規模な魔獣の移動とガルテム王国の国王夫妻への攻撃を魔族の仕業と認定して取りあえず二国間の合同組織を作る相談を始めたところです。

 現状、魔族は私たち共通の敵として取り扱うこととなるけれど、魔族の中には意識を調整されて強制的に戦わされている人たちがいる可能性があることも認識しています。

 私たちが魔族の侵略を食い止めようとすれば、魔族を大勢殺すことにもなるかもしれない、でも紛争を小さいうちに終わらせれば多くの魔族が生き延びられることになるはずです。

 そのために、辛い選択になると思うけれど、私たちに協力してくれないかしら。」

 ゴダルグは涙でよく見えないだろう視線を母様に向けて話を聞いていて、母様の説得は続いた。


 そして、俺はというと──

「セイラさん、今日は一日私やダヤルタ君に魔法を教えたりゴダルグさんの復元を手伝ったりしてお疲れでしょう。

 私が側に付いていますので、お先にお休みくださいな。」

 エグリスさんに促されてその場を離れることになった。

 エグリスさんこそ、新しい魔法の習得に知識の習得にその活用にと大忙しだったのに。


◇◆◇◆


 3階から1階にある自分の部屋に戻ると、部屋には誰もいなかった。

(あれ? トーマちゃんたちはマイナさんのところかもしれないけれど、マーモちゃんたちはティルクが見てくれているのかな。)


 そういえば今日、ほとんど顔を合わせていないティルクはどこだろうと探し始めて、食堂の側まで来てティルクの声を拾った。

(うん?、誰と話をしているのかな。)

 食堂へと向かいながらティルクの話し相手はと耳をそばだてて拾ったのは、ゲイズさんの声だった。

(え、ティルクとゲイズさん?)

 組み合わせの意外さに少し驚きながら、万が一の可能性を考えて食堂に向かう足を止めた俺に、再びティルクの声が聞こえてくる。


「魔族の侵略が明らかになって、母様やビアルヌ男爵が国はどうするかという視点で動き始めたのを見たら、私も鬼人族の1人として鬼人族に(まと)まってもらうために何か行動を起こすべきなんじゃないかって思ったんです。」

「それならば男爵が地元の鬼人族と繋がりがあるようだから、男爵に渡りを付けてもらって……」

 2人の話に、ぴしりと足元に雷が落ちたような気がした。

 ティルクは鬼人族のことを考えて何かできることはないか、模索しようとしている。

 セルジュさんはガルテム王国のために全権大使として多国間協議の受け皿になろうとしているし、ビアルヌ男爵はそれを受けてアスモダの態勢作りをしようとしているのだろう。

 もちろん、それを指揮しているのは母様だし、ゲイズさんはセルジュさんの補佐役に就こうとしている。


(じゃあ、俺は? )

 ティルクのように自分の属する種族のことを考えて動くとしても、異世界から召喚された俺はどこかの種族に属している訳ではない。

 強いて言えばアスリーさんの体と同じ人族なのだろうけれど、アトルガイア王国はガルテム王国と戦争中の敵国なのだし、俺がアトルガイア王国に殺されて異世界に召喚されたらしいことやアスリーさんが受けたらしい仕打ちを思えばむしろ人族とは関わり合いになりたくない。


 一方で母様と一緒に魔族との戦いに向かっている俺が人々からどう見られているのかというと、婚約者である国王と王国の危機に立ち向かっている未来の魔王妃ということらしい。

 俺の望みはまず男に戻ることなのに、この視点からしか評価されないために、俺が動けば動くほど国王の婚約者として人望が集まって立場に絡め取られてしまって、俺の望みにとってはマイナスになってしまっている。


 こうした矛盾に気付いてしまってから進み辛さを感じてきていた俺は、ここは気晴らしとばかりに、マイナたちのところへと行くことにした。

 マイナたちの部屋まで辿り着くと、部屋からは、きゅきゃきゃ、とトーマちゃんたちらしいフェアリィデビル数匹の声が聞こえていて、ドアを開けようとノブを回して開けようとしたところで室内からノーメの声が聞こえた。

「……国王様になびくと思う? 」

 ドアを開けて声を掛けようとしたのを止めて思わず気配を消すと、シャラの声が続いた。

「なびくんじゃないかなあ。

 セイラはさぁ、最近、随分と女の子っぽくなってきててぇ、たまに冒険者たちの姿に見蕩れてるのかなぁと思うときがあるの。

 だからね、きっとセイラは」

 これ以上は聞いていられない。

 俺はドアをそっと閉めるとその場を離れた。

 途中、冒険者たちがこちらに気が付いて手を振ってきたけれど会釈して通り過ぎて階段を小走りに駆け上がり、2階の渡り廊下の窓を開けて俺は夜空へと飛び出した。



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