第12話 ”お帰りなさいませ、ご主人様!”
前話の訂正:セイラの種族は人間なので、変身後の姿の”白い巻き角”は忘れてください。うっかりしました、申し訳ありません。
「ふうん。セイラさん、あなた、体と幽体の素質が一致していたら、今ごろ宮廷魔術師でも目指していたでしょうに、残念だったわね。
分かった、人間だけどいい娘みたいだし、王太后様の紹介状があるなら申し分ないわ。こちらへ来て。」
俺は朝一番で城詰めメイドの詰め所へと行き、メイド長のアイシアさんに連れられてメイド詰め所の裏にある4人部屋の一室へと案内され、部屋長のマイナさんに紹介されて、ここで他の皆と共に協力をして仕事と生活をするように命じられた。
「へえ、行儀見習いに来たんだ。それで帰ったら結婚かな、羨ましい。」
マイナさん、違います。俺は心の中の返事を打ち消して、予め練習していた説明をする。
「えっと、私、周りに同じ年頃の女の子がいなくて、お城に行って同じ年頃の子と少し交流してこいって送り出されたんです。」
俺の返事にマイナがしげしげと俺を見る。
「キャーッ、お嬢様よっ。いいとこの箱入り娘が来たっ。ちょっとみんな来て来てーっ。」
部屋の片付けなどをしていた女の子達が集まってくる。
「紹介するわ。こちらが今日から行儀見習いに来たセイラ。そして私達は右からシャラ、ノーメ、ユルアよ。」
それぞれの人とお互いに挨拶をする。
マイナさんは紫の髪に黄色い目に獣耳で、部屋長なので敬語を使うこと。シャラは黒髪にブルーの目に額に短く先の丸い緑の角、ノーメは青い髪に赤い目に頭の横に巻き角、ユルアは金髪に青い目に頭部に白い短い角と長い耳が生えていて、マイナさん以外はタメ口で大丈夫とのことだ。
「今日は初日だから様子見だけれど、基本、私達の仕事は受け持った10部屋の管理とお客様のおもてなしだから頭に入れておいて。で、部屋を出て右の突き当たりにメイド服の受け渡し場所があるから……」
マイナさんにメイド服の受け渡し方法と部屋の使い方を教えられて、早速メイド服をもらってきたのだが、この世界に来てから服はライラに着替えさせてもらっていたので、自分でやると服の着方がよく分からない。
もたもたとしていたら、何してるの、と言われて、服の着方が分からないと答えて呆れられた。
「セイラ、本当に箱入り娘なのね。だったら礼儀作法は問題ないのだろうけれど、いい?、我が儘言っちゃダメよ。」
マイナさんが着付けを教えてくれながら忠告をしてくれる。
あー、俺、ぼんやりしてると我が儘娘のレッテルを貼られるかもしれないな。ちょっと頑張ろう。
食堂でマイナさんに紹介されて集まっていたメイド達の全員に挨拶をして朝食を摂り、受け持ちの場所へ行って皆で分担をして掃除をする。
受け持ちの半分は宿泊もできる来客用の部屋で、お客様の泊まっている部屋には部屋の様子を窺いながらお客様の用事に間に合うようにドアをノックして声を掛けると教えられた。
部屋が空いていることを確認して、お客様の持ち物には手を触れずにベッドメイクをして回収した物を洗濯するのだが、力が足りずに洗濯物がなかなか綺麗に洗えないのを見て、ノーメにステータスの”強さ”を聞かれて、52と答えたらまた呆れられた。
「呆れた、どれだけお嬢様なのよ。”強さ”50なんて、10歳の子でも持ってるわよ。それで、今のレベルは40くらい? 」
レベル86と答えると、ノーメから可哀想な子を見る目で見られたのだが、次に魔力とMPを聞かれて2,810と4,658と答えたら大仰に驚いていた。
何でも魔法使いを名乗れる数値なのだそうだが、魔法適性がないと言うと、すごく不憫な子を見る目をされた。
うん、俺も充分分かってる。
「でも、メイドの仕事をする上でセイラのMPが高いのは私達にとってラッキーだわ。
毎日、朝昼晩とそれぞれのお部屋の魔法道具の全部に魔力を供給する必要があるんだけど、私達の魔力だとちょっときつかったのよね。
でもセイラがいれば、1人で全部を供給するのも訳ないもの。」
魔法道具に魔力を供給する方法を知らないことを例によって呆れられながら、ノーメに供給の仕方を教わりながら魔力を充填していく。
「そう、自分の中の魔力を感じられるのが一番良いのだけれど、もし分からないようならその魔法道具の赤いところに指先を押し当ててコックを捻って。何か流れ出ていくのが分かる?
分かるならば次からは魔力が流れ出るようイメージして赤いところに指を押し当てるだけで魔力が供給できるわ。」
やってみたら、一部屋の明かり5カ所と冷暖房装置、給湯器に魔力を供給して使ったMPは200に満たない。
うーん、担当以外のこのフロア全部の魔力を供給するにはちょっと無理があるかなあと思いながら2人で部屋の魔力の供給に回っていると、不意にカチャリと部屋のドアが開いて、魔王と他の数人が部屋に入ってきた。
魔王も予想していなかった偶然のようで、あっけにとられてこちらを見ている。
魔王とひたと目が合って、俺はメイドとして何か挨拶をするべきだと思ったがどう声を掛けていいのかが分からない。
いらっしゃいませ? 相手はこの城の持ち主なんだからちょっと違うな、と考えながら、とにかく何か挨拶をしようと焦って口を開いて、出てきたのは前の世界でテレビなんかでメイドの格好をした女の子からよく聞いたあの台詞だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様! 」
にっこりと笑って優雅にカテーシーを決めたけど、あー、これ、違うなと、口にした瞬間に分かった。
一瞬の間を置いて、ぶっ、と魔王から声が漏れて、それから大笑いをし始めた。
ここでブレてはいけないと、俺は顔を真っ赤にしながらも素知らぬふりで部屋を出ようとしたのだが、後ろから声が掛かった。
「君、名前は? 」
魔王に尋ねられてしまって、慌てて振り向いてお辞儀をする。
「はい、セイラと申します。」
俺があくまで平静を装って答えて出て行こうとするのを魔王のヤツはニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
お母様に告げ口するのは勘弁してください。
俺は心の中で思いながらもう一度カテーシーをして部屋を出た。
◇◆◇◆
「セイラ、すっごーいっ。私なんか、もう2年もいるのに、まだ国王様どころか、偉い人に名前を聞かれたことなんかないよっ。」
ノーメが興奮して駆け足で付いてきた。
「失敗して笑われただけだし、悪目立ちしてるんだし。」
俺が口を尖らせて言うと、ノーメは真顔で俺の肩を掴んで言う。
「それでもだよ。私達はたくさんいるメイドのうちの1人に過ぎないんだから、上の人に名前を聞かれることなんてないのが普通なの。それが、城勤めの一日目で国王様に名前を聞かれるなんて、ありえなくらいにすっごーく運が良いことなんだから。
ね、1ヶ月と言わずに3年くらい務めてみたら?
国王様は今はまだ新婚ほやほやだけど、2年、3年したら、ひょっとしたら次の魔王妃に選ばれるなんてことがあるかもしれないわよ。」
魔王妃、持ってます。欲しくもないんです。説明もできないし、しても分かってくれないだろうけど。
にこにこと笑って首を振りながら、俺は心の中で呟いた。
昼食の食堂内は、城勤めの初日で国王様から名前を聞かれた幸運な娘がいるという噂で持ちきりだった。
ノーメがあちこちに吹聴して回り、俺は祝われたり、笑われたり、励まされたり、それから数人には睨まれたりした。
睨んだ人達、絶対に目の敵にしてくるよな。俺は少し気が滅入ってくるのを抑えて、にこにこと笑いながら食事をする。
そして、昼食後。
あちらこちらから、”お帰りなさいませ、ご主人様! ”、の挨拶が聞こえたという。
しかも、けっこう受けたらしい。お陰でメイド長アイシアさんの知るところとなり、俺は呼び出されてお説教を受けている。
ご注進に及んだのは、やっぱり俺のことを睨んでいた人達のようで、詰め所から出てきたら、束になってあざ笑われた。
ああ、女社会ってこれがあるんだったっけ。
こちらに聞こえるように自分達の仲間内で大声で俺の悪口を言ってるが、反応したら負けだろうと無視して帰ろうとしたら、5人ほどに取り囲まれた。
我慢、我慢。そう思いながら笑顔を取り繕う。
「何をヘラヘラ笑ってるのよ。あんた、自分がしたことが分かってんの。」
「はい。下手な挨拶をして悪目立ちしました。ご免なさい。」
「ゴメンじゃないわよっ。軽い言葉で流そうとして、あんた、私達メイドの信用がどれだけ落ちたか分かってんの! 」
あー、やっぱり謝れば図に乗るのか。どっちに行っても駄目なヤツだ。
こういうの、勘弁してくれないかなあと思いながらも、これ、多分当事者ではどうにも話が収まらないよね、収める気が向こうに無いんだから、と誰か味方になってくれないか回りを見渡す。
助けに入ってくれたのは、同室のシャラだった。
「セイラー、こっちおいでー。さっき皆に朝のことを言いふらして騒ぎが大きくなっちゃったことをノーメが謝りたいって。」
向こうでノーメが今日”お帰りなさいませ”をやったらしい6、7人と一緒になって、手を合わせてこちらに頭を下げている。
向こうの方が数が多いのを見て、囲んだ人達は舌打ちをしながら去って行った。
そうか、これが女の子社会の洗礼か。
俺は胸を撫で下ろしながら助けてくれた同室の女の子達に笑顔を向ける。
「シャラ、ノーメ、ありがとう! すんごく助かったよー。」
そのまま10人ほどのグループに混ざって、俺の女の子としての社会生活が始まった。




