第50話 名家の名残りは芳香を放つ
まだ身の周りが落ち着かなくて更新が遅めで申し訳ないです。
エグリスさんが神聖魔法を覚えて使い方も一通り練習したところで、俺とエグリスさんのゴダルグへの尋問を開始することにしたのだけれど、まだ少年の域にあるダヤルタ君に尋問は刺激が強い場面があるだろうと代理でビアルヌ男爵が立ち会うこととなり、こちらからも母様の代理でミシュルが立ち会った。
まず俺がゴダルグに同化して、ゴダルグがサクルクの施設内ではちゃんと必要な情報を覚えていることを確認する。
それから同化を通してゴダルグに軽い強制を働かせながら尋問を進め、同じく同化で知識の裏付けや付加情報がないかを確認しながら、遠方から幽体から分離した意識に焦点を当てて抽出する方法やアスリーさんの幽体を閉じ込めた方法などの確認を進めていく。
神聖魔法で同化を通すとされた方の自由が制限されることに若干の嫌悪を感じながら、彼の因果応報だからと自分に言い聞かせながら尋問を行っていた。
まず、アスリーさんの幽体を掠ったことに関係して、幽体を単に捕獲し保管できる器具のことはミシュルが知っていたけれど、幽体を分割、加工する方法が分かっていなかった。
ゴダルグは、幽体を分割、加工するための容器として、人族の体を用意して幽体を抽出、廃棄すると説明し始めてビアルヌ男爵の表情が強ばった。
この近くで人族の体を用意するとすれば、ビアルヌの町民が犠牲になった可能性が疑われるからだ。
このゴダルグという男、いよいよ以て救いがないわね、と俺はかなりの嫌悪感を抱きながら尋問を進めていたのだが、ゴダルグが幽体を分割するために人の脳にどのような制御を行っていくかの説明をさせ始めていて、疑惑が湧いた。
ゴダルグが説明している技術の内容は膨大かつ複雑で、細かなところまで一朝一夕に吸収できる知識でないことに俺は困惑しながら、それでも少しでも知識を吸収しようとゴダルグの説明を彼の幽体と照合することで確認していたのだが、ゴダルグが幽体の意識のあり方を操作するために脳を加工する説明したまさにその箇所に、ゴダルグの脳にも加工された痕があったのだ。
「ミシュル、エグリスさん、ちょっとこれを見てください。」
俺はミシュルとエグリスさんのそれぞれに神聖魔法でゴダルグの脳と幽体の状況を確認してもらい、3人で今後どうするかの相談をする。
「これを弄ってゴダルグに何かあるといけないから、まずは本来の目的を済ませてしまいましょう。」
ミシュルの提案でまずは幽体処理のノウハウをゴダルグから吸収することを優先することにして、休憩を挟みながら夕方まで尋問を進め、最後にそれぞれが同化してゴダルグの脳内の情報を精査して、一通りの知識を得ることができた。
ビアルヌ男爵はゴダルグの尋問の間、辛抱強く黙って立ち会いをしていたのだが、尋問の終わり頃になると何やら考え込んでいる様子だったけれど、尋問が終わって俺に話し掛けてきた。
「セイラさん。ゴダルグの脳に施された加工をガルテムとしてどうなさるお考えですか。」
(え、ガルテムとして? そんな国の方針みたいなこと、俺に聞かれても困るんだけど。)
俺の考えが顔に出ていたのだろう、男爵が視線を逸らすと独り言を呟くような調子で助言をされた。
「あなたは今や国王の妻と言っていい立場にあり、ここでは王太后様に次いで国の立場や方針を説明する義務を負っておられます。
自分の言葉で方針を作る必要はありませんが、国の立場の表明を求められることがあることは自覚なさっておいた方が良いですよ。」
(国王の婚約者の肩書きでこれか。何でこんなことになってるかな。)
母様の仕込みで思慮深げな笑みを作ってお礼の挨拶を返したけれど、自分の不用意な発言をしただけで国に影響するかもしれないという考えに堪えきれずに溜め息が漏れ出て、男爵にくつくつと笑われてしまった。
あう、とそっと男爵を見ると、大変なのは承知していますよ、という優しげな笑顔を向けられていて、不覚にも男爵に頼りになるおじさまを感じてしまってさらに溜め息が追加で漏れてしまったのだが、今度は何の溜め息だろうという男爵の訝しげな視線は敢えてスルーした。
◇◆◇◆
男爵は今日はサクルクに泊まり、子息や部下たちがきちんと役割を果たせるようになったことを見届けて、明日にはビアルヌに帰ることにしていたようだ。
ビアルヌの兵士たちはサクルクに来る時点で食料も持参してきており、夕食作りもライラたちの薦めを断って3人の兵士が自分たち兵士の食事作りをしようとしていた。
余談だが、その兵士の食事については悪戯好きのノーメに先導されてシャラとユルアが兵士たちの食事作りに乱入して手伝ったものだから味やできばえが覿面にいつもと異なることになって、メイドと仲良く食事を作っていたという風評がたちまちのうちに広がって、食事を作った兵士たちはビアルヌの仲間たちから嫉妬と憎悪を浴びることとなった。
食事を終えて、俺から母様にゴダルグが脳に何らかの調整を受けていることを話題にすると、ミシュルが脳の復元ができそうだと請け合った。
「ゴダルグの脳の制限をどうやったら解除できるか、エグリスと2人で相談しながら確認していたが、神聖魔法と光魔法で制限を施されたときと逆の手順で肉体の復元を行うことで、たぶん幽体の制限を解除できるわ。
幽体の分割と復元の知識はゴダルグから回収して、細かな調整は試行錯誤になるけれど、一応、幽体を復元する方法は分かった。
ゴダルグが脳に調整を受けているということは、今の魔族の侵略に賛同しない何らかの意思がゴダルグにあるのだと思うの。
エグリスはまだ2つの魔法を同時に使えないからエグリスの指示でセイラにゴダルグの脳の復元を実行してもらって、もしゴダルグを元の性格に戻せたら、ひょっとしたら魔族の事情をよく知る初めての協力者を得ることができるかもしれない。
ケイアナ、やってみる手だと思うわ。」
母様は、ミシュルの提案を聞きながら、何ごとかを考えていたが、やがて改まった態度でセルジュさんに話を向けた。
「兄さん、ガルテムとアスモダ、それに魔族の立場と利害関係が絡み合ってきてる。
これをガルテムからの討伐隊だけで処理することは無理があるのに、ガルテムの領事館だけの対応では心許ないわ。
兄さんを領事館経由でガルテムの全権大使として任命してもらうように話を進めたいのだけれど、考えてもらえないかしら。」
母様の話にセルジュさんがあからさまに嫌な顔をした。
「ケイアナ、冒険者の俺がいきなりガルテム王国の全権大使は務まらないし、信用されないだろう。
情実人事は人望を失う元になるぞ。」
セルジュさんの言い分を聞いて、王太后様のお兄さんだから全権大使というのは確かに乱暴だよね、と俺も思ったのだけれど、母様はセルジュさんの抗議を軽く笑い飛ばした。
「この地域で新しく何かをする責任者として、兄さんほど相手から信頼が得られる人は他にいないわ。
私が覚醒してターメルモアを継ぐことになったときに、私欲を捨ててタールモア家とテルガのために最善を尽くしたことや、私がガルテムに嫁ぐことになって、タールモアの代わりに兄さんに新たな家を興してもらう話が出たときも、功臣に機会をと言って固辞した経緯をこの辺りで知らない人はいないもの。
それに、この地域の事情を踏まえて交渉できるガルテム王家に繋がりのある人物としても、兄さん以上の人はいないでしょう? 」
母様の問いに同席していたビアルヌ男爵が破顔して頷いているのを見て、セルジュさんは押し黙ったまま視線を逸らし、ややあって、分かった、とぽつりと呟いた。
「セルジュさんは家名はお捨てになったとか。大使とお呼びしたので良いでしょうか。」
ビアルヌ男爵の問いに、セルジュさんは一瞬苦しげな顔をして、それから向こうに座っているゲイズさんを見遣りながら応えた。
「いや、他国の方にそこまでお気を使わせるのは申し訳ない。
あそこにいるゲイズにも少し手伝わせて、2人で共に旧家名を名乗らせてもらいましょう。
私のことはタールモア、そして、あそこのゲイズのことはサングルとお呼びください。」
セルジュさんの紹介に男爵は驚いてゲイズさんの方を見て、それから嬉しそうな顔でセルジュさんに頷いた。




