第47話 できる女の実務処理、のつもりが地獄の入口だった件
母様がティルクを看病に連れて行くことなって俺も一緒に行こうとしたのだけれど、セルジュさんから話があると呼び止められて、何だろうと思ったら、セルジュさんがビアルヌの町に行く間の打ち合わせのようだった。
「セイラさん。エグリスさんが他の生き物の体に幽体を移す技術の研究をしているのは知ってのとおりだが、アスリーさんの幽体が入っているフェアリーデビルたちの幽体を統合する技術のことは何か分かったでしょうか。」
俺はセルジュさんの質問に首を振って否定して、ビアルヌで捉えた魔族の身柄を確保してもらうように頼んだ。
「ここの研究員たちの記憶では、アスリーさんの幽体を切り分けてマーモちゃんたちを作ったのは、ビアルヌの町で捕まえたグループのリーダーだったゴダルグだったようです。
でも、研究員たちは記憶操作がされていて、サクルクから離れると本人でも研究内容が思い出せないようになっているので、ゴダルグをここに連れてこないと分からないと思います。
幽体を移す方法とその器機の使い方は私が倒した研究員が知っていたので、同化した際に覚えておきましたので、エグリスさんには伝えておきますから、セルジュさんは、明日にでもゴダルグをここに連れて来てもらえませんか。」
セルジュさんは少し考えて了解の返事をしてくれたのだけれど、話題を変えて他のフェアリィデビルたちの扱いをどうするつもりか、俺に確認してきた。
セルジュさんがトーマちゃんたちのことを気に掛けているのを意外に思いながら、特に考えがないと俺が答えると、セルジュさんは提案をしてきた。
「トーマがこの辺の森のボスとなったのなら、子どもや赤ん坊もいるだろう全部のフェアリィデビルを私たちが連れて歩くことはできないでしょう。
神聖魔法の使い手には及ばないが、テイマーとなら多少の意思疎通はできると思うし、セイラがビアルヌ男爵の影響下にあるテイマーに橋渡しをしてあげて、この辺りを人間とフェアリィデビルとの共存地区にするよう支援することはできないでしょうか。」
セルジュさんの提案は、これから私たちがシューバの討伐に向かうのにもフェアリィデビルたちにもビアルヌの人たちにも良い提案だと思ったので、俺は感謝してセルジュさんの提案を受け容れることにしたのだが、なぜ幽体の移す話からいきなりフェアリィデビルの話に飛んだのかが気になったので、セルジュさんにそのことを聞いてみた。
「おそらく話せば分かる方だと思いますが、ビアルヌ男爵が自分の手柄にしてしまおうと考えれば、魔獣の移動に魔族が関与していると報告してゴダルグたちを証拠として中央に突き出せば、男爵は私たちのことを抜きにしてアスモダの国内で上手く立ち回ることもできます。
男爵領で某かの利益のある提案があった方が話は進みやすくなりますからね。」
イケオジの見た目と男女への態度の違いとの表面で騙されそうになるけれど、セルジュさんは本当に周りをよく見ていて、こんなことをついでのように提案して交渉の知恵を貸してくれたりする。
母様もセルジュさんも性格に読みにくいをところがあるけれど、母様は大鉈を振るっちゃうところがあるし、セルジュさんならテルガの町でサングル子爵たちを上手く操縦できたのかもしれないな、などとふと考えてしまったのだが、タールモア家の覚醒者として選ばれたのは母様だったことを思い出して、仕方がないことだったのだと考えを打ち消した。
◇◆◇◆
セルジュさんとはあと少し打ち合わせた後に見送ったのだが、ライラからティルクはまだ母様が面倒を見てくれていると言うことだった。
それならどうしようかと思う間もなく、俺は威城のメイドの皆からマーモちゃんたちアスリーさんの幽体が移植されているフェアリィデビルの面倒を任されて、マーモちゃんからフォースちゃんまでを左肩、フードの左側と右側、右肩と鈴なりになってしまった。
こんな格好だと何かの作業をすることは難しいので、エグリスさんを探して幽体分離の方法を説明することにした。
エグリスさんはと聞いて案内されたのは休憩している冒険者たちがいるところで、リーラさんとエグリスさんが冒険者たち5,6人に囲まれて楽しそうに話していた。
「エグリスさんが幽体の知識を持っていそうな研究員には手を出さないでって飛び込んでこられたときにはびっくりしましたが、こんな緊迫した場面で自分の役割を弁えてられるのには感心しました。」
……ヴァリスさん、随分熱心にエグリスさんを褒めるんですね?
周りの冒険者たちもうんうんと頷いているのを見て、何となくイラッときたけれど、ここで反応しちゃいけない。
エグリスさん、と呼びかけながら皆の前に行くと、頭をフェアリィデビルの顔に埋もれている俺を見て冒険者たちが笑い転げた。
なによ、と膨れる俺の隣でマーモちゃんが、きゅきゃきゃきゃっ、と囀るのが余計に笑いを誘っているようだ。
これは言っても駄目な奴だと諦めてエグリスさんに話をしようとしたのだけれど、エグリスさんもけらけらと笑っていて、むー、と顎にできかけた皺を収めて話し掛けた。
幽体を他の生き物の体に移す技術と施設の使い方を説明したいと言うと、エグリスさんは今すぐにお願いしたいと希望してきたので、3階の幽体分離施設へと向かうことにしたのだが、エグリスさんの研究の主目的を聞いて、俺は狼狽えることになった。
「私の研究の目的は、ガルテム王国のダイカル国王様の幽体が攻撃を受けている状態を解決することと、アスリーさんの幽体を元に戻すことです。
私の目的は達成することができるでしょうか。」
「サクルクに来て、アスリーさんの幽体を分割した技術はビアルヌで捕まえたゴダルグが持っていることが分かったので、セルジュさんにここに連れて来るように頼みましたけれど、ダイカルさんの幽体への干渉を止めさせる方法のことは、すみません、頭にありませんでした。」
エグリスさんがびっくりしたような表情で俺を見る。
「私はセイラさんの事情をお聞きしたので、国王様との婚約が一方的な形式的なものだと知っていますが、国王様の婚約者として公表されている立場を考えると、国王様の問題が頭になかったと言ってしまうのは地位目当ての打算的な女みたいに聞こえてしまって拙いんじゃないでしょうか。」
エグリスさんに指摘されて、俺ははたと膝を打った。
「──そうですよね。
実際は結婚そのものを嫌がっているのに、結婚して玉の輿に乗るためなら結婚相手のことなんてどうでも良い女なんだと周りから思われたら、きっと風当たりが強くなって辛いことになりますよね。
これからは、少なくとも仲間以外の人がいるところでは気をつけます。
それに、ダイカルの幽体の治し方のほうは、明日、ゴダルグが到着したら何か情報がないか確認してみます。」
俺はエグリスさんの指摘で世間で国王の婚約者として認識されていることと自分がどう思われるかという評判が密接に関係していることを初めて現実のこととして認識して、これからは国王の婚約者の立場も考えながらどう処理するのが良いか、母様に相談しながら考えておいた方が良いと思った。
そして、そう思ったことはそのまま深く考え込むこともせずに先送りをして、3階でアルザの果実を使った香油で幽体を分離する方法や分離した幽体を誘導するための設備の使い方を説明し初めて、エグリスさんは幽体分離の技術を吸収するために一生懸命にノートを取り始めた。
俺は後で後悔することになる。
将来の姑と協力して婚約者とその妻を分け隔てなく救い出してきた娘を世間がどれくらい評価するか、もう少しよく考えてみるべきだった。




