第42話(改) 後始末は大変。懇切丁寧をモットーとしております(1)
「あら奥様、お目覚めですか。」
俺が目覚めたときに枕元に立っていたのはノーメで、お城にいたときのメイドの話し方で声を掛けてきた。
一瞬状況が分からずに、自分の隣に誰が寝ているんだったっけと、そうっと左右に視線を走らせていて、にまにまとこちらを見下ろしているノーメの表情に気が付いた。
(あう、揶揄われたあっ! )
「ノーメ、その役、一生やらせてあげても良いわ。」
「あら、でもセイラは男に戻るんでしょ。残念でした。」
ペロリと舌を出して応えるノーメに、俺は悔し紛れにまさかの場合の道連れを宣告してやる。
「男に戻れなくて、もし本当にそうなっちゃったときには、絶対に道連れにしてやるんだからね。」
ノーメは、ぎぇ、かんべーん、と大袈裟に言って俺の突っ込みを受けてくれてから真顔に戻って、ここに来た本来の用件を告げて部屋を出て行った。
「セイラ、ケイアナ様がお呼びよ。ティルクを連れて2人で来て欲しいって。」
俺は起き上がって隣で寝ているティルクを揺すって起こすと、母様が待っていることを話して、2人で簡単な身繕いを始める。
「でね、ティルク。敵には私たちが神聖属性の魔法が使えること自体を秘密にして、母様やミッシュたちと一緒に上位魔法である神性魔法の特性を調べていく必要があると思うんだ。
これから皆に相談しておこうと思うんだけれど、何か意見があれば考えておいて。」
俺は、口ではティルクとそう相談しながら、心の中では威城のメイドとして統一した灰色のメイド服を戦闘服としているマイナたちと王家の黒いメイド服姿とを思い浮かべていた。
まずはレギンスの上から短パンを履いて上は簡素なブラウスだけの自分とティルクの姿に見る。
色だけを見れば、俺の格好は深緑のレギンスに同系統の色の薄い短パンと黄色のブラウス、ティルクは黄色のレギンスにベージュの短パンと模様の入った赤茶系のブラウスを着ていて、モノトーンのライラやマイナたちに負けていないと思うのだが、所詮は稽古着。
色はともかく、何だか私たちだけ格好に華がない気がするのはどうしたものかと考えながら部屋を出た。
◇◆◇◆
母様はセルジュさん、キューダさんたち各パーティリーダーたちと2階の会議室で会議を始めようとしていた、というか、もう随分と長い時間、会議をしていたみたいだ。
「2人とも、すまないわね。
随分と疲れていた2人に貴賓客用らしい客間を見つけて2人に寝ててもらっている間にできそうなことは待っている間にやってしまおうかと思って、簡単な片付けと情報交換をやっていたんだけど、ここは研究設備も居住環境も整っているじゃない。
いっそここに数日泊まり込んでも良いんじゃないかという話が出てきたの。
それで、ちょうど昼になったし、そこら辺の検討も含めて、話はみんなで昼食を摂った後にしようかっていうことになったので、ノーメさんに2人を呼びに行ってもらっていたのよ。」
ああ、そういうこと。
ティルクが魔力のほとんどを吸われてしまったのと、俺が慣れない神性魔法を強引に習得していろんな使い方を試したせいで消耗してしまったぶん、随分と気を遣ってもらっているんだろうな。
俺とティルクはすぐに母様の話を了解して皆に加わることにして、ライラに食事の準備の様子を確認すると母様たちと一緒に台所へと向かう。
台所ではサファが中心になってシャラ、ユルアにリーラが30人前の調理に頑張っていて、そこへノーメが、援軍を連れてきたよー、と言ってそこへ復帰する。
後から母様を先頭に俺にティルクにエグリスさんが参加してこようとするのを、ライラが走って私たちの前で慌てて止めた。
「ちょっとお待ちください! 皆さん、もう人手は足りてます、充分ですから!! 」
ライラが慌てている理由は分かっている。
ノーメが連れてきた集団には母様に俺やティルク、エグリスさんがいて、常識的に考えるならば、母様と俺はライラにとって主筋に当たるし、ティルクはガルテム王国における母様の賓客、エグリスさんに至ってはエルフ国サーフディアとガルテム王国が正式なルートで交渉の末に派遣してもらった貴人となるから、ライラの立場からすれば、”その人たちを働かせるなんてとんでもない!”と注意書きが出て貼ってあるべき人たちであって、一緒に料理を作るという概念がそもそも成立しないはずなのだ。
「ライラ。今回の冒険の間は固いことは言いっこなしよ。」
ライラが不可能なはずのことが起きたりしないように一生懸命に流れに竿を差そうとしているのに、でも母様はてんで気にしていない。
ライラにそう言うと、厨房の空いている場所を探して、皆が使うように誰かが出して並べていてくれた食材を集めてくると、食材を手早く刻んで野菜や肉の種類ごとの山を作った。
そして、俺が母様に教えた雷魔法で鍋を加熱するという、俺自身もよく解っていない理論で鍋を温めると、鍋を振りながら食材を手早く炒めて調味料を放り込みながらかき混ぜては味見をし、母様が手慣れた様子で美味しい物を作っている姿を、やはり理解できないものを見るような視線で見ていたライラが、いきなり吹っ切って口角を吊り上げて笑顔になって頷いた肝の太さは、さすが次代のメイド長だというべきだろう。
続いて口を突いて出た、ティムニア様はどうなさるかしらねー、という台詞が本当に楽しそうに聞こえなければ、もっと良かったのにとも思うのだけど。
◇◆◇◆
一方でセルジュさんは、冒険者たちに将来出世したときのための経験と心構えを積むときだと説き伏せて、冒険者全員に家令と従僕の作法を叩き込み始めていた。
「ほらほら、君たち冒険者も、女性たちだけを働かせて遊んでいる訳にはいかないだろう?
女性たちが準備をしてくれている間にこちらも食堂をきちんと設営してあげようじゃないか。
そうだ、君たちはこれから功成り名を上げて将来は貴族になるんだろう?
だがな、元伯爵家の私が白状するが、貴族家の経営はなかなかに難事なんだ。
貴族家当主になる者はいろんなことに通じていないと、どこだか分からない指の隙間から金貨が零れ落ちていって、傾き潰れていく家が破滅へと至る様をこれ以上見ないでもすむように、誰かが自分の息の根を止めてくれるのを待つハメになる。
”安らかな寝息が立てられない貴族は首に賊のナイフを待ち焦がれる”というのは、そういうことだ。
もしそうなるのが嫌なら、一生懸命に勉強するか、細君か家令に切り盛りができる者を捕まえられる幸運を夢見るんだな。」
セルジュさんは流れるように自分の意図を説明して、叶えるべき夢のことしか見ていなかった冒険者たちの肝を冷えさせると、ゲイズさんに目を留めて彼を仮の家令役に任命した。
「そうだな、まずは家令頭役はつい先日まで貴族だったゲイズ君がいいだろう。
ゲイズ君、君が冒険者たちを仕切って皆に貴族の正式なテーブル設営を2テーブルずつ8パターン準備させながら、頃合いを見て厨房に人を派遣して食事を食堂まで運ばせて各テーブルの食事の盛り付けまでを準備をするんだ。
いいね?」
ゲイズさんは頷くと各パーティリーダーを集めて段取りをし始めたのだが、テーブル設営に必要なテーブルマナーの知識を欠片も持ち合わせていないパーティリーダーたちのことに気が付いて、すべきことだけを最低限説明して設営を指示すると、次の段取りに取りかかった。
パーティリーダーたちは何故そうするのか理解できていないために急速に曖昧になってゆく記憶を頼りにおっかなびっくりでバラバラなテーブルの配置やメイクをし始めると急に物事が進まなくなり始めて、余るはずの資材や椅子が足りなくなったりし始めて、各グループの間でちょっとした小競り合いまでが始まっていた。
セルジュさんは、実はゲイズさんが指示する様子を見ていて、指示に甘い部分があるとその傷が拡大するようにこっそりと何人かに別の指示をして、設営が上手くいかないように足を引っ張り続けていたのだが、現場を統括できていないゲイズさんはセルジュさんが自分の補助をしてくれていると信じてお礼を言いながら、纏まらない会場設営を仕切るのに躍起になっていた。
やがて、セルジュさんはテーブル設営の管理に手一杯になったゲイズさんに停止を命じるとゲイズさんをほかの冒険者と同様の従僕に格下げして、全テーブルに同じセッティングをさせてから全員を集めて講義を始め、各様式の名前と違いを説明しながら各様式の担当パーティを指定し、それぞれの設定を指示して瞬く間に8パターンを作り上げた。
それからセルジュさんは何人かを引き連れて厨房へと現れると、テキパキと指示して食事を大きなワゴンに乗せて食堂へと運ぶように手配し、最後に待っていた冒険者たちを手分けするとゲイズさんに指示して半分のテーブルの食器の配置と配膳を各様式ごとに準備させ、残りを自分で指示し食事の準備を終えると、冒険者をテーブルごとに割り振って女性がテーブルに着くときの補助の仕方を各様式ごとに教え込んだ。
母様以下の女性陣が食堂に到着すると、テーブルの側にたった何人かの冒険者がおっかなびっくりと椅子に座る補助をしてくれる様子を見て微笑みながら、母様はいたく満足した様子だった。




