第39話 頭にきたぞ。テメエ、アタイに手を出そうなんて100年早いんだよ!
『ミッシュが契約者である私を助けに来てくれるのは理解できますし、ご母堂が息子の嫁となる私を助けようとすることも、理屈として理解できます。
でも、セイラさん、あなたは今、私の体お使いになっているでしょう?
私の体があるお陰で命を繋いだのでしょうし、今や魔王の妻の地位と待遇を得て、安泰の身分と暮らしが確保されているはずです。
自分の命と恵まれた立場を捨てて、あなたが私を助けに来ることに何のメリットがあるのでしょうか。』
大人のアスリーさんらしい分別で1頭のフェアリィデビルが念話で話し掛けてきたのだが、以前、母様が苦手そうにしていただけあって、随分と理詰めな感じだな、と思った。
そんな感想の某かがアスリーちゃん(仮)に伝わったらしく、自分に関するこんな説明が返ってきた。
『私は他のフェアリィデビルよりかなり大きいでしょう?
私にはアスリーの幽体の中でも論理的な思考をする部分が切り分けられていて、切り分けた部分の全てを格納するためには、これくらいの体がないと容量がクリアできなかったの。
ただ私の論理的な考え方というのはフェアリィデビルの知能水準からするとあまりうまく噛み合わないようで、私には感情的な反応は希薄です。
なので、今の私にはセイラさんに対する特段の感情はありませんが、それがアスリー本来の反応だとは思わない方が良いわ。』
(そう、アスリーさんの体を使っている俺に特段の感情がないのなら、今は時間もないし正直に話したほうがいいかな。)
そう判断した俺は、俺の身の上を正直に説明することにした。
「私がアスリーさんの体を使っているのは、実は私にとってあまり嬉しい状況ではありません。
まず、私の幽体は男なので、魔王妃をうまく辞めて男に戻ることが一番の望みですし、アスリーさんが無事に戻ってこられることはミッシュと母様─ケイアナさん─が強く望んでおられて、ミッシュはアスリーさんが帰ってこられても大丈夫なように私用の体を用意してくれました。」
俺が説明すると、感情がないという割にアスリーちゃん(仮)の大きな目に面白がるような色が浮かんでいるのを感じて、あ、くそ、と思わず唇を尖らせる。
だがアスリーちゃん(仮)は、俺の肩にしがみ付いているマーモちゃんを満足げな視線を向けていて、俺を信用することにしたようだ。
アスリーちゃん(仮)はほかのフェアリィデビルに声を掛けながら、俺にそれぞれのメンバーと特性を紹介した。
『セイラさんの肩にいるその子がファースト、アスリーの最初の人格と記憶を主に格納したフェアリィデビルよ。
そしてこちらがセカンド、主に思春期以降のアスリーの記憶を持っていて、こちらの子がサード、主にアスリーの気性や精神力に関する部分を格納しているわ。
それから、私がフォース、アスリーの論理的な思考方法や判断力を主に格納しているというわけ。』
アスリーちゃん(仮)は大人の記憶を持った幽体だと予想していた俺は、予想が外れたことに少しびっくりしながら、フォースと名乗ったアスリーちゃんに今回の作戦の目的について説明した。
「今回の作戦はサクルクに監禁されているアスリーさんの幽体を全て確保して、シューバに接近する方法を手に入れたら成功です。
アスリーさんの幽体は今ここに全員おられますし、シューバへ戦うことなく近づくための魔道具がどこにあるかも分かっています。
後は手早く魔道具を回収して撤退するだけなんですが、ついでに聞いても良いですか? 」
フォースちゃんが頷くのを見て、俺は確認したかったことを尋ねた。
「今、シューバとかいう魔物に移されているアスリーさんの幽体というのはどんな部分なんでしょう。」
人間から魔物に移植して利用できるような部分があるのだろうが、先ほどの紹介で人格的なものはほぼ残っているように感じられた。
なら、利用された幽体の部分は何だろう、というのが俺の疑問だった。
だって俺が聞く限りにおいて、アスリーさんってすごい人格者だから、魔物に利用できるような幽体がイメージできなかったんだもん。
『闘争心と自制心、それを奪われました。
シューバの元になった魔物は、制御不能のまま今もアスモダの東部で暴れています。
おそらくですが、制御可能な形に手を加えた東部の魔物を宿主としてアスリーの幽体と魔物の幽体とを組み合わせることで、自分たちで制御が可能な兵器を作り出すことを目的にしているのだと思うの。
だからね、もし、敵にとって有用な研究成果が得られそうだとかシューバの兵器利用と量産化の道が開かれそうだとかの事態になりそうだったら、シューバを倒せる力がありそうな誰かと連携して、私たちが死んで、幽体の欠損でシューバが本来の力が出せないうちに誰かに倒してもらうようなことができないかを皆で相談したりもしていたのよ。』
俺はフォースさんの話を聞いて、マーモちゃんに視線をやる。
「あの、ひょっとして…… 」
『あら、その子はそんなことは考えていないと思うわ。
自分の体と一緒になりたくて逃げて、セイラさんたちが優しくしてくれているから一緒にいると言うことだと思いますよ。』
セカンドと紹介されたフェアリィデビルが俺に笑いかけてくれた。
俺は何となく嬉しくしてセカンドさんにお礼を言いながら、さあ、行きましょう、と先頭に立って部屋を出た。
◇◆◇◆
部屋を出た途端に俺たちが立っていたのは、先ほどの廊下と同じだとは思えない場所だった。
痩せた木々がまばらに生えた岩場の斜面に監禁部屋のドアが開いていて、やや急ででこぼことした岩の続く景色は歩いて超えることが難しそうだ。
俺とティルクなら空を飛ぶことができるから、フェアリィデビルの皆を抱えて飛べばいいだろうかと思案していたところで、頭上の岩場に立つ男に気が付いた。
「お前たち、よくも俺の部下たちをミンチと膾にしてくれたな。」
この部屋を見張っていたあの2人のことなんだろうけれど、ミンチは俺がやったから分かるけど、膾の方は分からないから、フェアリィデビルがやったのかな。
そうだよね、とティルクと視線を交わそうとしたら、ティルクが部屋から出てこない。
改めて確認すると、俺以外は部屋の中にいるままなので、どういうことかとドアまで戻ろうとしたら、ドアが掻き消えた。
「さっきの戦いを見ていたら、彼女は神聖魔法が使えるようだからな。
捕らえて仲間を増やすための母体にでもなってもらうことにするよ。」
へえ、さっきの戦い、仲間を助けもしないで見ていたんだ。
で、神聖魔法が使えるなら母体にするって、神聖魔法は遺伝するのか?
思ったことは素直に聞いてみる。
「あはははっ、そんな訳がないでしょう。」
男に即座に否定されて、ならば母体ってなんだと思っていると、男がニタリと笑った。
「シューバを培養する媒体とするために、まず女性が神聖魔法でシューバと同化する必要があるのですよ。
我々の指導者が魔族に降臨なさった主な理由は、我々魔族に神聖魔法が発現する比率が高いことがありますが、今のところ、シューバの培養のためには神聖魔法を使える若い女性を潰す以外に手段がなさそうなことに困っていたところでしてね。
いや、今回、彼女を確保できれば大収穫です。」
俺は項の毛が逆立つのを感じた。
こいつ、ティルクをシューバを培養するための餌にするつもりだ!
しかも、俺も神聖魔法は使えるし、魔力量で言えばティルクは俺の比ではない。
つまり、俺のことが分かれば確実に餌にされる。
このベラベラと舌の回る警備の責任者なんだろう男を、絶対に叩き潰す!
俺が決意を固めて戦闘態勢に入ろうとすると相手の男は片頬を吊り上げて笑い、馬鹿にしたような口調で語りかけてきた。
「バカだな、君は私に強制的に同化されて、知覚の全てを私に支配されているこの状況になるためには、どれだけのレベル差が必要か理解できないのか。
神聖魔法を使える彼女から切り離されてしまった君に勝ち目なんかないよ。
私の名はドグニゴー ダフド、このサクルクの所長だ。
今晩、私に命乞いをするために、その体を綺麗なまま保っておいた方が得策だと思うけどねえ。」
へえ、聞こえないねえ。
悪いけど、母様から武術と魔法をてんこ盛りに習ったほかは、男に隙の見せ方を少しだけ教わった以外、何にも教わってないんだわ。
ああ、男の殴り方だけは、しこたま教わったっけね。
男の嘲笑に怒りで頭から血が噴き出しそうになった俺は、ちょっとこれまでとは発想の違う突き抜け方をしていた。
いや、これちょっと……
うん、母様の受け売りということにしておこう。




