第38話 小太りな人は個人的にちょっと……ナンパはお断りしています
俺とティルクが敵にそれぞれ強制的に同化されて魔力を吸われた。
ティルクの顔色が悪いのは、魔力量が激減しただけでなくその事実を認識したこともあるだろう。
「おやおや、2人とも白い顔をして黙っちゃったよ。
さっき下階に降りていったガーダスが、襲撃者の中に女が10人ほども居るって興奮していたが、こりゃ上玉だし、確かに確保しておきたいなあ。
おい、1人ずつ魔力を抜いて捕まえるしかないけど、魔力を抜いたあとで自殺とかされないように気をつけないと、今夜のお楽しみが台無しだぜ。」
目の前の男がクスクスと含み笑いをしながらもう1人へと話し掛けている内容を聞いて、この野郎、と思う。
(俺は元々が魔王に食べられそうになってるのを一生懸命逃げてるんだ。
お前らに美味しく頂かれて堪るか。)
こいつらの能力は神聖魔法の同化が基本だが、俺の持っている神聖魔法だけではこんなことはできないが、同じ能力を持つ奴が2人同時にいるのなら、レベルの壁を超える際に取得した特技を使っているというわけではなさそうだ。
ならば、神聖魔法と何かを組み合わせて使っているに相違なく、その組み合わせが分かれば、魔法属性を多数所有している俺とティルクならばそれを再現して対抗できるかもしれない。
ティルクの方を見て、同じ事を考えているのだろうことが分かる。
ティルクに視線で問うとふるふると首を振られた。
(うーん、分からないならば、もう一度くらいにいくしかないか。)
ティルクが少しふらつきながら防戦の構えを取ろうとする側で俺が攻撃体勢に入ろうとするのを見て、目の前の男が嬉しそうな声を上げる。
「ふうん。こっちの彼女は同化が浅かった分、まだ元気に遊んでくれるんだ。
じゃあ、行こうか! 」
廊下の左側から突進してくる男に右寄りに今度は結界を張らずに右下段に構えて肉薄し、こちらが廊下の幅いっぱいに避けることを計算に入れて突き出してくる剣の下を体を沈めながら開いて胴を薙ぐが、やはり手応えがなくて俺の体に同化してくる。
同化の最終形はこちらの行動の支配になるため、俺が男の支配権が少しでも及ばないように体を捩って男の体が同化している容積を減らして抵抗して、相手が同化のほかにどんな種類の攻撃をしているのか読み解こうとしていると、ふいにティルクの叫び声が聞こえた。
「姉様、前!! 」
見ると、ティルクの体に同化しようとしていたもう1人の男がティルクの体を突き抜けてこちらの体へと手を伸ばしている。
男の手を躱し、思わずしようとした舌打ちを、はっ、という気合いの声に変えて、風魔法を発動して天井へと張り付き、ドローンのようなぬるりとした動きで追いかけてくる敵を躱してティルクの後ろに着地する。
舌打ちなんかしない淑女の嗜みとやらをこの忙しい最中に反射的に守っちゃったのは、果たして母様の教育が素晴らしいのか私の意識の女性化が進行しちゃってるのかと、悩ましいことをちらと 考えた。
「ほう、まだそんな魔力が残っているのか。」
そう言ってきた相手の言葉で、俺のことを魔力切れ寸前とみていることに気が付いた。
(ああ、一般的な魔力量を考えればそうなるか。)
実際の俺はまだ魔力が7割以上も残っているのに、敵は俺の魔力がもうほとんど残っていないと思っているというのは朗報だ。
それに、彼らが使っている技も分かってきた。
もちろんベースは神聖魔法なのだが、そこに闇魔法を加えて事実の認識阻害を起こさせて相手の持っている魔法や使おうとしている魔法の力をほかに逃がし、又は光魔法を反転させて起動して回復魔法や魔法力の譲渡をこちらに行わせている。
闇魔法も光魔法も通常ではやらない使い方だし、神聖魔法自体の使い手が少ないガルテム王国などでは、何が起こったかも理解できないうちに終わるだろう。
ティルクに念話を送って反応を窺うと、微かに笑みを浮かべてこちらをちらと見た。
うん、伝わったな。
ティルクと2人並んでそれぞれの相手に向き合い、さあどうするの、という表情を向ける。
廊下のスペースで2対2で並んで戦うなんてことはできないから、幽霊が取り憑くみたいにただ同化だけをしに来るのでならともかく、このままでは戦うことなんか無理だし、さすがに腕が触れ合う距離で密集していれば剣や拳がいつでも届く訳で、敵も認識阻害だけで戦いが乗り切れる訳もない。
向こうがまず互いに廊下に距離を取って並び、彼らが私たち2人の内側に来るようにティルクに移動をするよう誘導してきて、ティルクが1人目の前を通り過ぎ、2人目の側に来たときに、予想どおりというか、攻撃をしてきた。
(こいつら、ホントに汚いことを平気でするな。)
俺は呆れながらもティルクに向かって走り、手前の男が阻止しに来るのに向かい合う。
さあ、ここからだ。
俺は敵に隠して発動していた空間魔法の出口を敵を中心に半円形にちりばめて設置して出口を開放する。
中から現れたのは、先ほどから外の屋根で集まってこちらの様子を窺っているのが見えていたフェアリィデビルで、俺が念話で誘導してきた約40頭全部だ。
敵はフェアリィデビルの群れを認識した瞬間に逃げようとしたが、俺が周囲を収納空間に収めて閉じたために同化ですり抜ける事もできないでいるうちに風魔法が無数に発動して空間ごとズタズタに切り裂き吹き飛んだ。
男は悲鳴をあげようとした表情のまま細切れにされて散らばり、一瞬を置いて肉体の同化が解かれて現実世界に定着すると、大量の血とミンチ状の固まりになって床に落ちた。
もう1人の敵はその状況を見て同化を止めて逃げようとしたが、今度はティルクが男に同化して行動の自由を奪うと光魔法で男の魔力を奪って周囲に放出する。
「お、お前、神聖魔法が使えるのかっ! 」
驚愕の表情のまま逃れようとするが、ティルクの同化を振り解くことができないまま魔力の全てを放出する直前にティルクに放り出された。
ティルクは全魔力を失う苦しさまで追い込むつもりがなかっただけだったが、フェアリィデビルたちに取り囲まれるところまでしか私たちは見なかった。
仲間が監禁された部屋の前で待っているマーモちゃんを抱き上げると、俺は鍵を外してドアを開けた。
中にはフェアリィデビルが3頭俺の中に入っていて、俺たちが入ると一斉にこちらを向いた。
そして、俺に気が付くと、フェアリィデビルの1頭が俺に念話を送ってきた。
「あなたが私の体を簒奪したのね。
一体今日は何ごとかしら。
それとも、新手の拷問? 」
この人がアスリーさんの幽体の大人の部分だ。
俺はそのほかよりも少し大きめのフェアリィデビルに向き直ると頭を下げた。
「アスリーさん、初めまして。
私はあなたの後任、次代の勇者としてアトルガイア王国から召喚され、女神リーアの配慮によってあなたの体に転移した、セイラと申します。
この元の体にあなたを戻すために、今、ここへはミッシュやケイアナさんが一緒に来ています。」
俺の挨拶に、アスリーさんは訝しげな視線を返してきた。




