第37話 サクルク攻略~初手を失敗しての闇鍋状態で掴んだこれ、何だ
「カウスさん、私と冒険者の半分でこの先の廊下を確認するから、あなたは残りの半分でこの廊下の左右の部屋を確認して。
中程の部屋は奥の通路に繋がっている部屋があるかもしれないから気をつけてね。」
「それではキューダを補助にして半分もらっていきます。
ケイアナさん、お気を付けて。」
この探索では一般人として行動を始めたためにもう習慣化したさん付けでカウスさんへと呼び掛け、カウスさんがキューダさんと共に冒険者の半分と威城のメイドを連れて建物の奥の方へと調査に向かうのを確認して、私は残りの冒険者を率いるゲイズさんとミシュルと共にエグリスさんとジューダ君を保護しながら建物の前面から調査を始めた。
サクルク本体は、縦方向には入口から奥に向かう通路が真ん中と左右の端にそれぞれあり、また横方向には左右に部屋がある形で廊下が2本あって、縦方向の中央の通路を挟んで左右に3部屋ずつあるように見えるが、どうも部屋の数は横6部屋×縦4部屋の24部屋ではなさそうだ。
というのも、廊下と廊下に挟まれた真ん中の部屋が2部屋のところと真ん中の壁を取っ払って1部屋になっているところがあるなど、複雑な間取りが多そうで何部屋あるのか正確に分からず、隠れるところもたくさんありそうなのが攻めにくい要因になっている。
それに、階段が横方向に両端と真ん中左脇の3カ所、縦方向には手前、中、奥と3カ所ずつの計9カ所もある上に、真ん中の階段は手前と奥の両側から上がれて踊り場で交差する設計になっていて、移動のための導線が自由すぎて、フロアを制圧するのが難しい嫌な作りになっている。
そのため、空間魔法や神聖魔法などで敵味方を探知しながら進むことが重要になるのだが、セイラたちが外の歩哨の攻撃に失敗して敵に私たちの攻撃が知られてしまった。
敵の人数は分かっているが実力や能力がよく分からず、存在を隠蔽するような手段と地の利を駆使されてしまうと攻略がかなり難しくなりそうだったが、今回、我々には相手の有利な状況を掻き回して地の利を薄めてくれる力強い味方が居る。
フェアリィデビル40頭ほどが、我先に突っ込んでいって、空間魔法で探知しながら手当たり次第に敵を攻撃してくれているのだ。
サクルクの1階は生活エリアのようで、奥の6室は間仕切りで1室を4室に増やしてサクルクで働く者達の個室となっていたほか、主として生活関連施設が設置されていたのだが、敵襲警報が早期に出されたこととフェアリィデビルが雪崩れ込んで攻撃したお陰で、敵は1階を放棄して上階に避難したようだった。
フェアリィデビルが敵を追って2階へと駆け上がって引き続き攪乱してくれていることに感謝しながらも、私にはフェアリィデビルが大きな怪我をしないうちに、早く溜飲を下げて安全なところまで下がっていて欲しいという気持ちもあった。
実際には残忍な面があるとの噂もあるが、アスリーの幽体の一部が入ったマーモちゃんの印象が強い私たちは、どうしてもフェアリィデビルを可愛い無邪気な生き物と考えてしまいがちになっている。
だが、私たちがサクルク1階の探索がもう少しという頃に、2階にいたフェアリィデビルたちの気配が急に一点から外へと散らばり始めて窓から外へ逃げ出したことに気が付いて、私は1階の残りの探索を敵の有無だけに切り替えるように指示して確認終了の報告を受けると、各階段の様子を確認しながら縦方向で真ん中の列にある3つの階段を手分けして2階へと上がっていった。
◇◆◇◆
敵の反応を探りながら到着した2階にはもはやフェアリィデビルの気配はなく、外に出たフェアリィデビルは建物の前面と右隣にある建て増し部分の屋根の辺りに上っていっている様だった。
(この先でフェアリィデビルを追い払った原因は何? )
「ケイアナ、気をつけて。この先に少し異色と言うべき能力を使う奴が居るわ。」
ミシュルからの”異色の能力”という抽象的な警告が具体的に何を指しているのかが分からずに苛立ちながら前に左脚を踏み出して、ある地点をこえたところで肉体の感覚が消えていくことに気が付いて、まだ感覚が残っている右脚に力を入れたのと同時にミシュルに後から服を掴んで引き戻され、何ごともなかったかのように戻ってきた肉体感覚に安堵しながらも、慌てて数歩後退った。
(この先に何者かの支配領域が張られている!
領域の境を超えると身体感覚がなくなるんだわ。)
私は結界が魔法で探れないか、土魔法、雷魔法、火魔法、風魔法などで順次結界に探りを入れて、ようやく光魔法で結界の境目を見ることができた。
この結界は見えにくい。
でも、それなら積極的に攻撃に使えば良いのに、こちらが踏み込んでくるのをじっと待っていた。
(攻撃的な能力ではないか、それとも発動に何か条件があるのかしら? )
結界があると気付かれてからも同じところにあり続けている敵の能力の性格を考えていると、ふいに結界が消えるのが感じられる。
(攻めてくる? )
敵が攻撃方法を切り替えたと神経を張り詰めて新たな攻撃に身構えていると、ミシュルがぴくりと反応して状況を伝えてきた。
「3階にセイラとティルクがいて、敵はそちらに向かったわ。」
あれに攻められたらセイラとティルクでも太刀打ちは難しいだろう。
私はゲイズさんを呼んで、皆でこの階の探索をするよう指示してからセイラたちの加勢のためにミシュルと共に3階へと駆け上がろうとしたのだが、3階の踊り場で2階の様子が見通せるようになって、敵の動きが感じられて足を止めた。
廊下の四隅から敵が冒険者たちに急接近してきていて、その強さはレベル4,000を完全に超えて5,000くらいまでありそうだ。
『廊下四方向から敵襲! 強さは5,000! 』
私は舌打ちしながら2階の冒険者たちに念話を送り、廊下の間の中ほどの部屋の幾つかからさらに増援が出る気配を感じて、これは冒険者たちだけでは保たない、エグリスやジューダ君の安全も確保しなければならないし仕方ないと、私はミシュルと共に引き返した。
ミシュルに左側の冒険者を指さして援護を頼み、
「奥から来るのをお願い!」
と階下の冒険者に奥から来る敵に全員で当たるように指示して、私は右側から来る敵に雷魔法を投じながら、手前の通路から攻めて来る敵が近いのを確認して向き直った。
迫る敵に剣で上段、肘、回し蹴り、肘、突きと連撃するが全て受け流されるところを見ると、やはり間違いなくレベルは5,000を超えている、そう確信した私は皆に『レベルは6,000かも! 』、と訂正して目の前の敵に打ち掛かる。
上段から撃ち込み左の膝と肘を突き出して肉弾戦を仕掛けるタイミングを窺い、相手が右側へ回避する流れを作りながら右横から斬りつけ、攻撃直後に右膝と右手からの肉弾戦を仕掛ける隙を狙うが、相手が間合いを取りながら反撃の構えを崩しておらず、こちらに隙を与えないように立ち回っていることに感心しながら、動作直後の負荷を突進力に替えて左手を柄頭に添えて突く。
これは以前に、私の理想の攻撃のうちの3手として、セイラが拙いながらも私のイメージをオートモードで汲み上げて形にしてみせた連撃だ。
セイラが曲がりなりにも技の連携を見せてくれたことで理解が深まり、この3手の完成度は私のほかの連撃を凌駕している。
敵は私の攻撃に驚愕の表情をうかべたまま崩れ落ち、私は右から来る次の敵に向き直った。
こいつはレベル4,000ほどしかなく、自分よりはるかに強い自分の仲間がわずか3手で倒されて動揺していることが隠せておらず、私は姿勢を低くして肉薄して下段から剣で薙ぐ。
(修行の練度が足りない、これならティルクでも負けないだろう。
うちの娘たちは強いよ。)
私は2人に対する自分の評価に頼もしさを感じて気を落ち着かせた。
そうだ、あの2人はちょっとやそっとでどうにかなるような柔じゃない。
(2人とも、頼んだよ。)
応援に行けそうにない眼前の状況に、私は気持ちを切り替えて対処し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
真ん中の階段の側にある小さな部屋に架けられていた鍵を取って、俺はマーモちゃんの指さす方へと急ぐ。
空間探知では目指す部屋に2人見張りがいるのを捉えているが、それ以外にこの階に人がいる様子はなかった。
俺が探知していることは当然ティルクも分かっていて、フェアリィデビルが監禁されている部屋の中に1人、その手前の詰め所のような小さな部屋に1人が隠れているのを感じ、お互いの視線で分担を決める。
ティルクがフェアリィデビルの監禁されている部屋に向かえるように、一応詰め所にいる男に向かって小さな円錐の土柱を100ほど作って撃ち込んだのだが、結界に阻まれて全て落ちた。
のそりと詰め所から出てきたのは小太りだが体が柔らかく敏捷そうなタイプの男で、ちょっと人を小馬鹿にするような表情に脂ぎった感じがぞぞ、と悪寒が走って、あ、俺、このタイプがダメなんだ、と初めて認識しながら、戦闘態勢を取った。
「うわははっ、美人だ! 胸はちょっと残念なようだが、いいねえ! 」
男の嘗め回すような視線と嫌らしい声に鳥肌が立って思わず腰が引けそうになりながら、お黙り!、と誰のキャラクターだか分からないような台詞が思わず口から飛び出して、結界を相殺する空間魔法を発動させながら前傾姿勢を更に前に倒す。
だが、相殺したはずの結界が消えておらず、斬りかかろうとした相手の剣が結界を通過して迫ってくるのに苛立って、俺は相手の手前に結界を張って攻撃を防ぎながら結界を自分の足場として突進した勢いを殺そうとしたのだが、自分の作ったはずの結界が感じられずに、敵の武器も自分の体も突き抜けるのを感じて慌てた。
何とか自分の剣で相手の剣を薙いだが、剣を返す前に相手が剣を捨てて体に組み付いてきて、俺は風魔法で体を反転させながら詰め所の天井を蹴りつけて廊下へと戻ったのだが、両者の体が離れる寸前に、俺の体から腕が引き抜かれていくのを確かに見た。
(こいつ、あの一瞬で俺に同化しようとしていたんだ! )
「ティルク! 同化に気をつけろ! 」
俺がティルクに声を掛けてときには、ティルクも俺と同様に組み付いてくる相手から逃れようとしながら同化を振り切るところだった。
瞬間的に体の4分の1ほどまで同化されたティルクの体は、ティルクが付けた勢いでだんだんと離れていき、やがて離れていったが、ティルクの顔色は蒼白になっており、詰め所の男とよく似たもう1人の男がにやにやと笑いながらこちらを向いている。
「えへへへ、ご馳走様。」
何ごと、と思った瞬間、俺も自分の体の魔力の5、6分の1がごっそりと喰われているのに気が付いた。




