第35話 な、なんじゃこりゃー! ……それ、ネタが古すぎるでしょ
翌朝、私たちはサクルクへ向けて攻略に出掛けた。
サクルク攻略の主な目的はアスリーさんの残りの幽体を確保してシューバに接近するための魔道具を入手すること。
実は先日魔族3人を捕らえた際に同化してそれぞれの意識を読んだのだが、魔族が神聖魔法を得意としているからなのか、ゴダルグさんたちの意識には研究に関する詳細を分からなくするブロックが何者かに掛けられていて、サクルクや研究の詳細は分かっていない。
彼ら自身がサクルクから離れると意識にブロックが掛かるようで、大切なことは意識に残るもののその具体的なことは本人も分からなかったりする。
なので、分かっているのは、シューバが自立的に活動をしていて魔族の研究者が研究のために近づく必要があるときにはサクルクにある何かの魔道具を使っていることと、サクルクの研究者がシューバ自体を研究をし調整しているグループとシェーバの改良を研究しているグループが5人ずついて、残り2人は両方の研究の補助をしていること、所長がいて研究の統括をしていることくらいだったりする。
ただ、ゴダルグさんはマーモちゃんを見た際に、自分たちがシューバの作成に関与していないにも関わらず、監禁しているフェアリィデビルとシューバの幽体には関連があるとの確信が読み取れたので、アスリーさんの幽体の一部がシューバに組み込まれているのは間違いないだろう。
そのほかに、私たちがフェアリィデビルと同じ色の布をたくさん用意したのは、ビアルヌの町で行方不明になっている獣人の噂にゴダルグさんとは別のグループが関与しているような意識が読み取れたからだった。
もし掠われた人がいて無事なのならば、できるだけ助けてあげたいし、そのためにはこの人達は敵じゃないよとフェアリィデビルたちに示す必要がある。
私たちがサクルクの近くまで来るとフェアリィデビルたちが集まってきた。
俺はフェアリィデビルたちが昨日の約束を忘れられていたり、悪戯したい誘惑に駆られていたら困るので、前に出てきたボス4頭に念話で昨日の約束を念押しして、収納空間から昨日たくさん収穫してきたサングをフェアリィデビルたちに1つずつ手渡しながら、上手くいったらまたあげるから頼むよ、と言い含めた。
フェアリィデビルたちは目をキラキラとさせて、きゃきゅきゃきゃきゃ、と1頭ずつ返事を返してきたからきっと大丈夫だろう。
俺は様子を見に行ったミッシュを待ちながら、母様が討伐開始の指示を出すのを待った。
◇◆◇◆
私は姉様がフェアリィデビルたちにサングの実を分けるのを見ながら、昨夜の出来事があってからずっとのし掛かっている心の痛みを抑えようとしていた。
私は今日の討伐で頑張るモチベーションに、姉様が男の人になったときにデートしてくれる確約が欲しかっただけだった。
いつも一緒にいて一緒に寝ている姉様は、私が頼めば気軽に、いいよ、と応じてくれると信じていた。
まさか私のデートの申し出に躊躇するとは思っていなかっただけに、あのときの姉様の戸惑った態度と私に向けられずに彷徨った視線は私にとって衝撃だった。
私は姉様の考えや性格が好きだし、姉様が男の人になるのなら絶対にお付き合いしたいと思ったけれど、姉様にとっての私は違うの?
女友達としては良くても、男性の目で見た私は魅力がないの?
姉様にとって私は子ども過ぎて、きっと異性として意識するには値しないんだ、その考えが昨夜から頭を離れない。
だけどそれはそれ。
今日は鬼人族や獣人や魔人族にとって大事な戦いになるはずの日。
きちんと切り分けて戦いに参加しないと、これまで可愛がってくれた姉様や母様に迷惑を掛けることになるし、それこそこんなことも弁えられない子どもだと自分から曝け出すことになる。
大丈夫、人に迷惑を掛けることなくちゃんとやるべきことを私はできる、私はそう自分に言い聞かせた。
◇◆◇◆
空間魔法が使えないので、トリックフォックスの偽装スキルで私たちが見えないようにするのだけれど、背景が透過して見えているように体を偽装するのは結構難しい。
なのでサクルクを襲撃するのは私とティルクの2人だけにする。
2人とも風魔法が得意なのが難点だが、何と言っても私たちの連携は日頃から鍛えられているし、使う技もほとんど同じなのですごく相性が良くて動きに無駄がないのが強みだ。
相手から見えないように背景を体の前面に投射してティルクと手を繋いでサクルク前の大きな道の真ん中を行くのは、見えていないと分かっていてもドキドキする。
でもそれで変な動きをすると却って投射した映像がブレるのでできるだけ平然と歩いてサクルクへと向かう。
何層にも張られた結界を通り抜ける度に少し体に抵抗があるが、風魔法さえ使わなければちょっとだけ動きにくい、ただそれだけのことで問題はない。
俺とティルクが建物前の歩哨を騒がれずに倒せばほかの警備要員からは見えないはずだし、そのまま2階に上って結界装置を探して壊せば森の中にはフェアリィデビルたちが隠れて待機してくれている。
サクルクの前に立っている歩哨1人に向かって真っ直ぐに歩いて、あと5メートルというところで玄関からもう1人が出てきて、フェアリィデビルが待機している後ろの森を指さしたらしいのだが、俺に向かっていきなり真っ直ぐに指を指された動揺が映像の乱れに繋がってしまった。
驚く警備員2人の姿を見て隠蔽が失敗したことを悟って警備要員たちに向かって走り出したが、結界が加速を削いで警備要員が侵入者を告げる声に間に合わなかった。
「敵襲だーっ!! 」
警備要員の叫び声を止めるために斬りかかって1人は仕留めたがもう1人は建物内に駆け込んで増援を要請しており、地の利も人数も向こうが有利な状況の中で味方は後の道の300メートルほどにいて切り離された状況になっている。
ここは慎重に、と思った横を、俺の判断に合わせるいつものティルクらしくもなく、こちらを見もせずにティルクが警備要員を追って建物内に駆け込んで行った。
「ティルク! 」
止めようとティルクを呼んだがティルクはすぐに見えなくなって、俺は仕方なくティルクが向かったらしい階段を駆け上がる。
2階の詰め所と思われた辺りから剣を打ち合う金属音と男の怒鳴り声が聞こえてきて、俺は声の方へと走って、廊下でナイフを構えた3人がティルクを押し包み、ティルクが剣の長さを扱いかねて土魔法を床から何本か突き立てて応戦しているのが見えた。
俺は剣を体の前で床と水平に構えてティルクの横から敵へと飛び込むと突きを繰り出して1人を貫いたが、前から貫くように水魔法が飛んできて右の肩口を貫通された。
痛みに構わず剣を引き、右肘が曲がらなかったので体に左腕をぶつけて剣を止め、左腕だけで剣を押し出すと途中からは右の掌を剣の柄頭に押し当てて突き出して2人目を倒す。
3人目はと見ると、ティルクがちょうど倒したところだった。
窓の外にはミッシュに乗った母様とリルとフェンが駆けてくるのが見えて、俺は詰め所の左右の壁一面に魔石が埋め込まれているのに気が付いてティルクに指示をする。
「ティルク、これが結界の動力だ。私はこちらを壊すから、ティルクはそっちを頼む! 」
「でも、姉様、肩から血が!
早く血止めをしないと姉様が死んじゃう! 」
俺の肩口からかなりな勢いで血が流れ出ているのを見たティルクが剣を放り捨てて飛んで来て俺に同化しようとする。
確かに量は多くないが貫通した傷口から血が吹き出すように流れているのは一刻を争うかもしれない。
俺は患部を強く押さえてできるだけ血が流れないようにすると、周りに人気がないのを確認して座り込んで、頼む、と言ってティルクが同化するのに任せた。
ティルクが患部を治療してくれるまでは時間にして2、3分だったろう。
俺が動けるようになったときにはミッシュと母様はここまで辿り着いて壁の魔石を破壊してくれていた。
流れ出た血はたぶんペットボトル1本に満たないくらいだろうが、俺の服と辺りは血まみれでティルクは真っ青な顔で俺に抱き付いていて、母様からはただ、無事で良かったわ、とだけ告げられた。
その母様の視線を見なくても分かってます、下手を打ちましたよね。
浄化をかけながら窓の外を見ると、フェアリィデビルが集団でこちらに走ってくるのが見えて、いよいよ彼らの念願が叶うようだ。
私たちは急いで中を調べて、マーモちゃんの仲間を保護しなきゃ。
まだ目に涙を溜めて青い顔をしているティルクに、ありがとう、もう大丈夫、と礼を言って、ふと思いついて昨夜の返事をする。
「ティルク、私、昨夜はびっくりしてどう答えていいか分からなかったけれど、今度男になったらデートしましょうね。」
「そ、そんなこと、今言われたら動揺して戦えなくなるでしょ。」
ティルクはプイと顔を背けた。
サブタイトルは、「太陽に吠えろ」というTVドラマで松田優作の演じるジーパンデカが刺されて血まみれの自分に気が付いたときの名台詞です。
さんざん再放送されているとはいえ、読者対象のR15で分かる人は何人いるんでしょうね。




