第34話 ボス猿決定戦。私に勝てるもんですか、きゃきゃきゃきゅきゃーっ!
フェアリィデビルの説得は予想外に手こずった。
まず、トーマちゃんは確かに森の中では強い方だったが、同格のフェアリィデビルが4頭もいた。
残忍なことを平気でやると言われるだけあってフェアリィデビルは衝動的な誘惑に弱く、かつ悪戯好きだった。
「あっ、このっ。トーマちゃん、私にくっついてて! 」
トーマちゃんと俺が姿を現した途端に攻撃されることは予想していたので結界を張って跳ね返したが、日頃、魔族の結界に跳ね返されて面白くない思いをしていたフェアリィデビルは、結界を張られたことが面白くなかったようだ。
フェアリィデビルからバシバシと四方八方から打ち込まれる空間魔法の総攻撃を食らって薄くなった結界をミッシュが下支えして、フェンが効果を絞った風弾を打ち込んでフェアリィデビルに混乱させてくれなければ保たなかっただろうがなんとか持ち堪えて、トーマちゃんたちと戦ったとき同様にフェアリィデビルの後ろに収納空間の入口を作って風弾で片端から収納空間に撃ち落とした。
空間魔法を得意とするフェアリィデビルにとって、収納空間に入れられるということは生殺与奪を握られたということが本能的に分かるようで、大半のフェアリィデビルはこれで観念したのだが、トーマちゃんと同格のボス猿4頭は違った。
収納空間から出て来るなり歯を剥き出してまた戦いを挑んでくる。
俺は小さくて可愛いフェアリィデビルを積極的に傷つける攻撃をする気になれずに防御に徹していたのだが、結界で跳ね返った風魔法がフェアリィデビルの1頭の腕を切り飛ばしてしまった。
俺はそれを見て、慌てて3頭を空間魔法の結界で木や地面に押しつけて動けないようにしてからミッシュに魔法を代わってもらい、フェアリィデビルの腕を拾って強制的に少しだけ同化して再生治療をしたのだが、腕が切り落とされたフェアリィデビルの腕がくっつき、血だらけの体が浄化で綺麗になったところを見て全員が大人しくなった。
トーマちゃんが勝ち誇った顔と声で、きゃきゃきゃっと鳴くと、ほかのフェアリィデビルたちもクアクア、と鳴きながら頭を下げて集まってきて、トーマちゃんのときと同じく俺が1頭ずつ頭を撫でていく。
ふう、これでこの森のボスは俺になっちゃったんじゃないかな。
それからようやく念話による話し合いが出来るようになって、明日、魔族の作ったサクルクを俺たちが責めるという話をして、結界が亡くなった後に魔族を攻める手伝いをして欲しいという提案をしたら、フェアリィデビルたちはすごく興奮して同意してくれた。
ようやくか、と安堵した俺は、俺たちは頭にフェアリィデビルと同じ緑色の布を頭に巻いておくので、俺たちの仲間は絶対に攻撃しないことを約束させようとしたらフェアリィデビルたちが視線を泳がせ始めて、悪戯したい衝動を抑えさせるための説得にまた時間が掛かった。
最終的にはトーマちゃんが協力してくれて、青いベストを得意そうに見せびらかせて、ちゃんと言うことを聞いてくれたらベストがもらえることと、魔族がいなくなれば自分たちが以前のように好きに暮らせるけれど、俺たちの仲間を攻撃すれば討伐対象となってまた同じ状況が続くかもしれないことを説得してくれて、ようやくフェアリィデビルが同意したときには、もう昼の時間も大分過ぎていた。
収納空間に以前に採取したリンゴに似たサングの果実がたくさんあったのでフェアリィデビルたちに分け与えて一緒に食べたのだが、フェアリィデビルはサングをことのほか喜んだ。
どうもフェアリィデビルの大好物らしくて、周りに何十頭ものフェアリィデビルが群がって幸せそうにサングを囓っている姿はすごく癒やされる。
ボス猿の1頭が俺の袖を引っ張って、明日はベストのほかにこれも欲しい、と念話で強請ってきたので、町で買ってくるつもりでオーケーしたのだが、今、町は魔獣退治で野菜や果実が極端に手に入れにくいことを俺は忘れていた。
ミッシュから、おい、その約束は拙いぞ、と指摘されたが後の祭りで、俺はフェアリィデビルと別れて魔族から見つかる心配がなくなるところまで戻ってから空を飛んで、午後いっぱい掛かってサングの実を探すハメになった。
サングの実はフェアリィデビルが食べ尽くすために森には木自体があまり生えていないそうで、カエンチャ方面にまた戻って探すことになったので、ミッシュとフェンには先にビアルヌへ戻ってもらって、ミッシュからフェアリィデビルを説得した結果の報告も頼んだんだけど、トーマちゃんは俺がサングの実を探すと聞いて付いてきて、ちゃっかりサングを1個食べながら、とろんと恍惚の表情をしていたのがすごく可愛かった。
◇◆◇◆
夕焼けが紫色に変わって夜に溶ける頃に俺はようやくビアルヌに戻り、ちょうど夕食中だった皆と合流することができた。
こんなに長く始めて離れていたマーモちゃんが泣きながら俺に抱き付いてくるのを受け止めて、収納空間からサングの実を1つあげると、それに気が付いたトーマちゃんだけじゃなくユーラちゃんとサーヤちゃんも急いで飛んできて俺の前で目をキラキラさせて、きゅきゅ?、と言いながら待っている。
うーん、これはあげざるを得ないかー。
仕方なく俺が1つずつあげると、3頭は両前足でそれを抱えたままひょこひょことパートナーのところに駆け戻って、パートナーのお皿のない場所に座り込んでシャリシャリと囓り出す。
それぞれのパートナーから眉根を下げて、おいちいですかー、とか話し掛けてもらっているのがすごく和むよね。
フェアリィデビルたちに約束したベストは、数が数十という話を聞いて、ライラが町の服屋さん数軒に緊急で外注して100着ほどを作ったらしい。
頭に巻く布も予備を含めて50枚ほどを用意したそうで、これでフェアリィデビル対策はなんとかなったかな。
そんなことを考えていたら、裾を引っ張られた。
「ねえ、私もフェアリィデビルが欲しい。」
「……でも、ノーメ、トーマちゃんたちは自分から来たんであって、私が連れ出したんじゃないよ。」
「でも、森にはまだ何十ってフェアリィデビルがいるんでしょ。
セイラが交渉してよ。」
「そうよ。ボスが口添えしてくれたら、子分は言うことを聞くわよ。」
「フェアリィデビルも人を選んだんじゃないのお。私には、ほら、ユーラちゃんがきたものねー。」
(こらー。シャラ、ノーメとユルアを焚き付けないでよ。
この2人、言い出したらしつこいんだから。)
わいわいとやっていたら、ティルクがマーモちゃんを抱き上げて迎えに来た。
「姉様、一緒にお風呂に行きましょ。」
ノーメとユルアが付いてこようとするのを、宿の人に許可をもらってあるから、リルとフェンも洗うんだけど、と言ったら少しリルが怖いらしいノーメが思い止まった。
ミッシュは一番最後にミシュルと一緒(?)に入るし、そんなに魔獣ばっかり洗っていたら最近は夜は涼しくなってきたから、風邪を引いちゃうからね。
毛の混じった水しぶきが口の中にまで入って、そこら中に散らばったフェンリルの毛を掃除して、たらいにぬるま湯を張ってマーモちゃんを浸からせながらティルクときゃあきゃあと入るお風呂は楽しかったし、湯上がりに氷を入れたお茶を飲むのはすごく気持ち良かった。
だから、さあ寝ようという段になって、ティルクから言われた言葉は不意打ちだった。
「姉様。この件が落ち着いて、今度男の人になるときには、私とデートしてもらえませんか。」
え?、と聞き返した俺に、ティルクは真っ赤な顔ながら真剣な口調で言葉を足してきた。
「私、姉様が男の人になったらどんな人だと感じるのか、それがすごく気に掛かるんです。
今日、お見合いの話を断ったのも、男の人になった姉様が先だと思ったからなの。
姉様も男の人になったときに、自分が男だと強く自覚する必要があるんでしょ?
私なんかと無理だと思ったらそこですぐに止めてもらって良いです、だから、今度、私とデートしてください。」
ティルクが真剣なのはよく分かった。
でも、今の俺…いや私は男の要素は全部捨てた女のセイラだ。
男のセイラはどう感じるだろう。
私は考え込んでしまって、でも私には答えが分かるはずもなくて、ティルクに困った顔で説明をしようとした。
「ティルク、あのね…… 」
「いや、いいですっ。
姉様、明日は大切な戦いがあるのに変なことを言ってごめんなさい。
もう寝ましょっ。」
ティルクは俺の言葉を聞きたくないとばかりに毛布にくるまって頭を毛布ですっぽりと包んで私に背中を向けた。
「ねえ、ティルク。」
「あはは、ごめんなさい、もう忘れてください。お休みなさいっ。」
ティルクは私の言うことなど聞こうともせずに背中を丸めてしまった。
私はしばらくティルクの背中を見ていたが、胸元に潜り込んでくるマーモちゃんを抱きしめて、やがて横になった。
何となく、ティルクは声を殺して泣いている、そんな気がしたが、私はそれを確かめる勇気がないまま、しばらくの間、まんじりとせずに眠れないでいた。




