第33話 細工は流々、仕上げをご覧(ろう)じろ。こら、そこ。あ、忘れてたとか言い出さないっ!
ビアルヌ城で歌を歌って一夜が明けて、俺がやったことの結果はビアルヌ男爵が朝から訪れてきてくれたことで分かった。
「昨日は、領民に過分な慰問をして頂いて誠にありがとうございました。
セイラ様が愛する人と共に戦おうという思いを分け与えてくださったことで、領民もさぞ勇気づけられたことだと思います。」
(ちぇ、やっぱりそう受け取っちゃったかあ。)
ものすごくがっかりしたが、思った感想はもちろんおくびににも出さないで、いえ、拙い歌をお聴かせしました、と謙遜しておく。
結果的には俺のことは、民衆のことを慮って親身に慰問してくれた優しい人というふうにビアルヌの町の人たちには受け止められてしまったようだった。
まあ、アニメの設定はヒロインを引き立てるための工夫だったし、そううまくはいかないよねー、と諦めるしかない。
なにより国王様の婚約者という聞きたくないレッテルを我慢できて、避けることができないだろう歌を歌うという行為を乗り切ることができたんだから、それで良しとしなくちゃ。
俺に関してはそんなところだったのだけど、ティルクの身の上に変化があった。
ビアルヌ男爵からティルクの身の上について尋ねられてなんだろうと思ったら、昨日の歌と踊りを見ていた近隣の鬼人族から問い合わせが集まってきているという。
「今来ている申し込みはいずれも本人や親からの見合いの申し込みのようですが、いかが致したら良いでしょうか。」
鬼人族からティルクへの見合いの申し込みがすでに5件ほども来ていると相談されて、ティルクは顔がたちまち真っ赤になって俺や母様と顔を見合わせた。
「ね、姉様、どうしよう。」
俺の服の裾を掴んでオロオロと狼狽えるティルクに、母様が微笑みながらアドバイスをする。
「ティルクにその気があれば受ければ良いけど、私としてはガーダさんから娘さんを預かった身だから、親御さんの知らないうちに見合いをさせることには気が引けるわね。
ティルクはどうしたいかしら。」
母様の言葉を聞いて、ティルクは俺の方を見ながら何やら考えていたが、うん、と一声呟いたと思うと、今は別の用事の途中ですので、機会があればまた改めて、と断ることにしたようだ。
ビアルヌ男爵のところには冒険者ギルドのイエーグさんから魔族を討伐することの報告もされていて、こちらについては母様が昼過ぎに改めて訪問することを伝えて男爵は帰っていった。
◇◆◇◆
男爵が帰った後に冒険者たちも食堂に降りてきて、いつもより少し遅めの朝食となった。
宿は魔王の眷属が集合したことで、魔獣が出るようになって久々の満室らしく、母様や俺など普段来るはずもない有名人が泊まっていることもあって、宿の主人が用意した朝食はかなり気合いが入っている。
きっと母様や俺たちが泊まったことに加えて俺たちから良い評価がもらえれば今後の宿の箔付けになるということなんだろう。
元々、このクラスの宿にしては割と居心地が良いというセルジュさんや冒険者たちの評価だし、俺たちが悪く言うことなんてないけど。
食堂でまず目に付くのは、トーマちゃんが青、ユーラちゃん(雌)がピンク、サーヤちゃん(雌)が赤と、それぞれマーモちゃんと色違いのベストをマイナたちが作ってあげて着ていることだ。
俺を見つけるとトーマちゃんを先頭に3頭が得意げにやって来て俺にベストを報告するように見せて、きゅきゃきゃ、と鳴いて、俺がうんうんと頭を撫でてやるとそれぞれ元へと帰って行く。
さすがボス猿、ってユルアが揶揄いに来たけど気にしないもん。
それからゲイズさんには昨日の演奏のお礼と歌の意図が微妙な結果に終わったことのお詫びをして、ほかの冒険者たちにも軽く挨拶をした。
ゲイズさんは恐縮していたけど、演奏はすごく良い出来だったし、歌が狙いどおりに行かなかったのは仕方がないことだから、そんなに気にすることないのに。
セルジュさんの隣に座っているエグリスさんは連日の長距離移動で青い顔をしていて、今日1日は使い物にならないだろうけれど、明日実行予定でこれから相談しようとしている魔族討伐には同行するつもりのようでしっかり休んでいて欲しい。
エグリスさんの隣ではジューダ君が自分より弱い初めての仲間に、僕が護ってあげるんだ、と張り切っている。
君、子どもにしては強いけど、まだレベルは1,000に行かないんだから、少し自重して欲しいかな。
「それで、偵察をしてきた結果ですが── 」
ミシュルが話を切り出して、皆の注意がミシュルに向く。
「25人の敵の半分はの警備要員ということですが、私が見た警備員は3人ずつが6時間で交代して見張っていましたから、少なくとも外の見張りは4交代制でしょう。
つまり警告を出されないように3人を倒せばサクルクの中には進入できます。
ただ、フェアリィデビル対策に風魔法と空間魔法を防いで自動的に反射する結界が張ってありましたが、強弱のブレがない強力なものでしたから、人が張っているのでなくて何らかの魔道具を開発して使っていると思われます。
風魔法を得意とするセイラとティルクにとっては風魔法と空間魔法が使えなくなるのでやりにくいかもしれません。
見張りに気付かれないように剣で突破して見張り3人を倒して魔道具を破壊するまでは辛抱ですね。」
ミシュルはそこまで言ってから何だか人の悪い笑みを浮かべてトーマちゃんたちを見る。
「それで、こちらにはトーマがいますが、彼はあの森のフェアリィデビルの中ではかなり強いようですから、セイラが同化してトーマに話を通しておけば、魔道具を壊した後にトーマが先導して付近のフェアリィデビルたちと突入して日頃の恨みを晴らしに行きたがる可能性があります。
もしそうなれば、混乱の中を攻略できますので、やりやすくなると思いますが、セイラ、トーマに話しておいてもらえますか。」
俺はミシュルの提案を聞いて笑いながら頷いた。
トーマちゃんの戦力が3頭の中で最高で3,584、サーヤちゃんが一番低くて3,020ほどのレベルがあって、あの森には数十頭のフェアリィデビルがいる。
仲間を見分けるための印を何か考えて、味方を攻撃しないように徹底できれば、あの森にいるフェアリィデビル全部が俺たちに加勢してくれたら、それはすごい戦力になる。
後でトーマちゃんとよく話をしなくちゃ。
ミシュルの話は外から見た建物の様子の話になって、真ん中に3階建てくらいの大きな箱形の建物があって、前面と右横に2階建ての建物がくっついているそうで、俺たちが止まっている4人部屋の大きさで考えて40から50部屋くらいありそうな大きな施設で後ろ崖になって進入が難しいらしい。
「正面2階と右の1階に警備の詰め所のようなものが見えますので、詰め所から気付かれずに警備を倒して建物に侵入して、詰め所にあるだろう結界の魔道具を壊すことが鍵になりますね。」
ミシュルの説明は続き、それに対してセルジュさんと母様がアイデアを出して、それを現地を見たミシュルと検討して計画を立てていく。
俺たちは3人の計画を聞いて、気になることを確認して計画の穴を埋める手伝うのが役回りになった。
やっぱり実戦経験が豊富なセルジュさんと戦術を知っている母様が中心になってしまうのは、仕方がないものね。
会議が終わって、俺はミッシュの補助も受けて、トーマちゃんたちと念話による相談に没頭した。
トーマちゃんたち、人間でいうと10歳の子どもくらいの知能があるので話は出来るんだけど、性格に遊び好きな面があって興が乗ると何をするか分からないところがあるので、ほかのフェアリィデビルとどう連携してもらうかが難しいんだよね。
色々と話をした結果、私たちを攻撃しないで協力してくれたら、森のほかのフェアリィデビルにもトーマちゃんたちと同じベストをあげるのが良いんじゃないかということになった。
助けてくれたら、ベストをあげる。
邪魔をした子にはあげないよ、というのが効果的なようだった。
トーマちゃんたちには上手く話が纏まったらもう1枚ベストを作ってあげる約束をして、フェンに乗ってトーマちゃんと森のフェアリィデビルたちとこれから交渉をすることになった。
俺はマーモちゃんをティルクに預けながら、皆で今日中にできる限りのベストを作ってもらうように頼んでミッシュと一緒に森に出掛けた。
『セイラ、テュールが今こちらに向かっているんだが、ちょっと明日には間に合いそうにない。
サクルクは俺たちで攻略して、シューバの討伐にはテュールも参加してもらおうと思うんだが、それでいいか。』
森に向かう途中で、ミッシュからいきなり相談を受けて、ええ、それは仕方ないわよね、と返事をしたんだけど、ミッシュ、そういうことは会議のときまでに段取りしておくべきことじゃないのかな。
ミッシュにそう伝えたら、忘れていたとあっけらかんと言われたんだけど、ミッシュ、神様って、そんなので務まってたのって聞いてみた。
『仕方ないだろ、神力を捨てて処理能力も人間並みの方向に落ちてきているんだ。忘れることだってあるさ。』
ああ、そうなの。
(でも、アスリーさんや俺に関わる大事なことは忘れないでちゃんと対処してね。絶対だよ? )




