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勇者召喚と聞いたのに目覚めたら魔王の嫁でした  作者: 大豆小豆
第2章 アスモダの深淵で見たもの
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閑話:セイラの恋歌、あるいはテュール



「ねえ、ソムエナ、すごい人出ね。」

 お城の前の広場は通常は謁見に使われていて戦士や冒険者などが集まることが多いが、たまに結婚式や貴人の訪問の挨拶などが行われて物見高い人たちが集まったりする。

 今日は、ガルテム王国の国王の母親と婚約者がビアルヌの町を訪れているとかで、ビアルヌ男爵様がお城に招待したらしい。

 普通、私はその手のお披露目には興味がないのだが、今日は国王様の婚約者のセイラという人がガルテム王国で話題になっている歌を初めて披露するということで、興味を持った親友のルノリアに強引に誘われて歌を聞きに来ている。


 ルノリアがなぜ私を強引に誘ったのかは分かっている、仲の良かったレスノンが先月魔獣との戦いで行方不明になってから、私が家に引き籠もっているからだ。

 カエンチャの町に魔獣が来ているときにはそんなことはなかったのに、ビアルヌの東から魔獣が移動してくるようになってから、ときおり行方不明になる人が出ていて、彼らが帰ってきたという話はない。

 レスノンも仲間たち5人と魔獣討伐に出掛けて一緒に戦っていたのが、3,600ほどあった彼のレベルから考えたら負けるはずのない魔獣が逃げるのを1人追いかけていって、それきり行方が分からなくなった。


「ねえ、やっぱり私、帰ろうかと思うの。」

 私はルノリアに自分の気持ちを正直に打ち明けた。

 これから披露される歌は”セイラの恋歌”と呼ばれていて、これから始まる戦争に向かおうとする国王様を励ます歌だと聞いた。

 私とレスノンは恋人になるまで仲が進展してはいなかったけれど、私がレスノンに思いを寄せていたのは確かだし、国王様から求愛されて正式な婚約者となった幸せな人が歌う恋人の武功を願う歌なんて聞きたくない。


 ルノリアに私を心配してくれる気持ちは嬉しいけれど、と話している間に、でも謁見は始まってしまった。

 今から広場を出て行こうとするのはすごく目立つだろう、ああ嫌だな、タイミングを逃しちゃった、と後悔する私を余所に、お城のバルコニーでは王太后様とセイラ様の短い挨拶があって、すぐに歌の伴奏が始まってしまった。


 隣国だけれど近所のテルガ地方の三連符のお祭りのイントロが聞こえて、セイラというお姫様が歌い出した歌は、ありふれた景色のありふれた男女の景色で、私にも似たような経験があって、チクリと心に刺さった。

 ああ、止めて、と思ううちに男の人の戦う様子に歌の場面が変わって、アスモダの聞き慣れたリズムが入り混じって、レスノンが戦っていただろう様子が思い描かれる。

 セイラ様の歌は巧みで、レスノンの姿が瞼に浮かんで苦しくて、彼が私に告げてくれなかった思いを歌が告げて、止めてと思ったところで歌が止まった。


 音が聞こえなくなって、え、と耳を澄ませてしまった私の耳に、透き通るような音色で私の思いが聞こえてくる。

 そして、私がレスノンに伝えることがなかった思いと辿り着くことができなかった願いが聞こえてきて、私は泣き出した。

 私もこんな風に思いたかったし、彼には無事でいて欲しいと今も願っている。

 でも現実には私はレスノンと何も共有できなかったまま1人で引き籠もり続けている、そんな私の思いを乗せたまま、セイラ様の歌は終わった。


(やっぱり来るんじゃなかった。)

 私は後悔しながら帰途に就こうと腰を上げたときに、またざわめきが起きた。

 見るとセイラ様ともう1人の女の子がバルコニーの外側に浮いていて、もう一曲だけ、とアナウンスが入って賑やかな演奏が始まった。


 浮かんでいる2人は大きな動作でゆっくりと動きながら元気の良い曲を歌い始める。

 元々は男女のデュエットを想定しているんだろう、2人で掛け合いのように絡みながら、どんなに大変でも負けないぞ、というようなことを言葉を替えて声を張り上げる。

 大きな光の周りに小さな光が煌めきながら吹き上がる魔法がそこら中に起動して、2人の動作をまだらに浮き上がらせて、私はさっきまでの寂しい気持ちを停止させて見入る。

 周りのそこここから手拍子が湧き上がって合わさり、ドン、ドンという大きな音に変わっていき、私の沈んだ心がだんだんと心が浮き立ってくる。

 僕たちは戦うぞ、という歌詞が繰り返されて、わあーっと歓声が上がった頃には、私も何だか少しだけ元気が出てきたような気がしていた。


 歌が終わると曲は少しずつ静かな旋律へと移行していって、セイラ様たちがお辞儀をしてお開きになった。

 私は歌でかき混ぜられた感情が納まるのを待ちながら帰途に就き、自分の後悔の悲しい気持ちが少し落ち着いて、レスノンのことは待ち続けるけれど自分もできることはしていこうという気持ちが芽生えてきているのを感じていた。


 セイラ様は、私たちを慰めて勇気づけてくれるために、わざわざ異国の知らない町で歌ってくれたんだな、そう思うと温かい気持ちが溢れてきた。

 皆感じているはず、セイラ様は優しい人だ。

 あんな人が自分の国の王妃になるのなら、絶対に支持して、幸せになって欲しいと思うだろう。

 私はセイラ様が自分の国の王妃になられないことがちょっぴり残念な気がした。


(どうか、セイラ様が国王様と幸せに結ばれますように。)



◇◆◇◆◇◆◇◆


『それで、ミシュガルドの旦那、儂はどこへ行けばいいんだい。』

 テュールはテルモの町の避難民をテルガまで送り届けてすぐにアスモダへと向かった。

 だが、元々カエンチャからテルモまでの道はアスモダが巡回・整備をしなくなって荒れていたところにテルモの町が廃棄されたせいで、テルガからカエンチャまでの街道全部が今では危険な街道になっていて、テュールはこの道を通ろうとして立ち往生したり魔獣に襲われて難儀していた人たちを保護して、先に進めなくなっていた。


 本来、テュールは人に恐れられることが多いためにあまり積極的に人前に姿を現すことはなかったのだが、セイラが付けてくれた人に馴れている印とテュールがカエンチャとテルガの間で旅人を支援しているとの噂が広がっていたことがあって、最近は旅人がテュールを怖がらなくなったこともテュールが旅人を抱え込む原因になっていた。


 今日はアスモダの支店を閉鎖してガルテム王国の家族の元へ帰ろうという商人5人ほどを保護していたところで、ミッシュからそろそろアスモダに来ないかと連絡があったのだった。


 考え込んでいるテュールに、最近知り合って、時々一緒に野営をする冒険者のジュアナが話し掛けてくる。

「約束があるんなら、そちらへ行ったほうが良いんじゃない。

 私たちはまだしばらくこの街道で修行しなくちゃならないから、旅人の保護は私たちができる限り続けるわよ。

 それに、聞けばテュールが行くのは魔族を討伐してこの状態を改善するための約束なんでしょ?

 ここで旅人を抱え込んでいるより重要度はそちらの方が高いんだから、絶対にそちらに行くべきよ。」


 ジュアナはまだ15歳ですでにS級の冒険者なのだが、父親から引き受けた依頼のために現在はこの街道を往復することを日課としていた。

「俺もそう思います。

 テュールはセイラさんと約束しているんだから、そちらを優先してください。」

 そして、レベルが2,400まで上がってようやくテュールと念話ができるようになったアイザルも、汗を拭きながらそうジュアナの意見を支持した。


「そうね、あなたがもっとレベル上げを頑張れば一緒に行けたのにね。

 いつまでここで足踏みしているつもり? 」

 ジュアナの皮肉にアイザルは仕方ないという風に肩を竦めて眉を上げる。

「俺もテュールと一緒に行きたいのは山々なんだけどね、父さんとの約束でレベル3,000を超えるまではアスモダに入国しないことになっているんだ。

 その代わりにこうしてテュールが保護した人たちをテルガまで送って人の役に立てるんだから、良いんじゃないかな。

 レベルも上げないで急いでアスモダに行ってもセイラさんの足手纏いになるばかりだろうしね。」


「はいはい、アイザルは二言目には、セイラさん、セイラさんって、それ以外にないんだから、もう聞き飽きたわ。

 テュール、行くでしょ? 」

 テュールは二人の様子を見ながら頷くと、それでは後を頼む、と言い残してアスモダへ向かって街道を辿り始めた。



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