第1話 勇者召喚されたらしい
よろしくお願いします。
1時間後に第2話を投稿します。
「おーし、いくぞーっ! 」
俺はパスボールを受けると振り向きざま相手ディフェンスが駆け込んできた反対側へとボールを蹴り込み、カットインしてくるバウンドを拾ってキーパーの真正面に走り込みながらキーパーの股間目掛けてシュートを蹴り込む。
左右に蹴り分ける実力はないだろうと真正面に構えていたキーパーの予想をさらに超えて鋭く蹴り込まれたボールは、自分の足下を抑えようとするキーパーの反応より一瞬速く股間を縫って飛んでいきネットが跳ね上がる。
「うおーっ!! 」
たかが高校の授業だが、サッカー部の正キーパーを相手にあまりにも小気味よく決まったことに気を良くして、俺は片手を突き上げてポーズを取ってクラスメイトの方を振り返り──
そこで俺の記憶は終わっている。
気が付くと、白い場所にいた。
(あれ……ここ、どこ? )
周りを見回していると、白い長髪の美しい女性が霧から浮かび上がるように現れて俺に声を掛ける。
「私は女神のリーア。よく来ましたね、勇者よ。」
(女神? 勇者? 何のこと? )
いきなりのことに反応できないでいると、女神リーアと名乗った女性が説明を始める。
「明日葉静羅さん、あなたは先ほど落ちてきたゴールポストが頭を直撃してお亡くなりなりました。」
「はあ? ゴールポストが落ちてきたって……
あんな重いものがいきなり落ちてきたりしねえよ! 」
荒唐無稽な説明に俺が思わず声を荒げて異議を唱えると、女神様は哀れむような視線を俺に向ける。
その表情に、俺は今いる場所の異常さと相手が女神と名乗ったことを思い出してどきりとする。
「確率がどんなに小さくても、起こりうることはいつかは起こります。
今回、ゴールポスト、ですか、それに溶接と塗装の弱い部分があり、その部分の腐食が進行してゴールポストの前面が崩落して、たまたま下にいたあなたが運悪く頭部に直撃を受けてしまったのですよ。」
女神と名乗る女性のあまりな説明に俺は唖然とした。
馬鹿馬鹿しい説明だが、それを言えば、今の状況もそうなのだから。
それで死んだとして、格好良くシュートを決めてポーズを取った瞬間にゴールポストが落ちてきたら……事故の瞬間に反射的に笑った奴、絶対にいるだろうな。
クラスの皆に爆笑されながら死んだところを想像したら、気持ちが沈んできた。
俺の凹む様子を見ながら、女神リーアは俺に説明を続ける。
「あなたは、この世界で行われた勇者召喚によって外の世界からこの世界へ転移することとなりました。
当代の勇者は間もなく勇者の資格を失いますが、次に勇者となる候補は精神力に弱いところがあり、それを補うために、勇者の資質に恵まれ、かつ精神力が強い人物を選んで召喚したというのが、あなたがここへおいでになった経緯のようです。
召喚に私が関与した訳ではありませんが、異世界からこの世界へ来た魂に対して最低限の知識と補助をするのは、この世界の女神である私の義務です。」
この女神は俺を召喚した当事者ではない。それを聞いて、俺は女神の今の説明で気になった部分を確かめることにした。
「今の言い方だと……いや、ですと、死んだ中から資質のある人間を選んだ訳ではなくて、資質のある人間を選んで召喚したために死んだように聞こるんですが、ひょっとして俺は召喚で殺されたんでしょうか。」
女神の答えは簡潔だった。
「召喚魔法に召喚者を殺すまでの力はありません。ですが、事故発生の確率には関与したと思います。」
(いや、それ、殺したのと一緒じゃねえ? )
そう思ったが、目の前にいる女神を名乗る存在は当事者ではないらしい。俺は非難の言葉を呑み込んで、元に戻せないのか聞いてみた。
「女神、様。あなたの力で俺を元に戻すことはできないんでしょうか。」
(そこまで説明したなら、してよ。)
俺は半ば懇願を込めて女神リーアを睨んだが、女神は申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「ごめんなさいね。人のすることに干渉はできないの。あなたがこちらの世界で生きていけるようにサポートするのが精一杯なのよ。」
自分を殺した相手に利用される可能性が高いことを教えてくれた女神は、俺が元に戻す力はありそうだが、役割としてできないと言う。
じわじわと湧いてきた絶望感に俺が黙り込んでいると、女神が俺の様子を見ながら話題を変えた。
「相手は力があり、あなたの意思に関係なく協力を強いてくるでしょう。
ですから、私としても、あなたがこの世界の常識として取るべき態度が分からないことなどが原因で、すぐに死んでしまうことがないような手当だけはしてあげるつもりです。
まず、言葉が話せて字が読めないと意思の疎通ができないで行き詰まります。それらについてはこれまでと同じ感覚で使いこなせるようにしておきました。
それから、礼儀作法やこの世界の常識については、相手に失礼とならない動作・受け答えや行動ができるよう、自動的に反応して対応できる魔法を用意しました。
ただ、相手との交渉では望みに逆らわない行動をすることが基本になっていますから、あなたが対象と意識した相手の望む態度しか取れません。
あなたの意思を反映した振る舞いをするためには、自動的な反応を抑制するセーブモードに切り替えることを忘れないでください。
”オートモードセーブ”、”オートモードオフ”、”オートモードオン”。この3つの呪文は心の中で唱えれば作動します。
あなたの意思に応じた振る舞いをするためには重要ですので、ぜひ覚えておいてください。」
俺は頷いた。つまり、無知や行き違いで無駄に相手に不興を買うことがないようオートモードを使い分けてうまく受け答えをしながら、無茶や無理を押しつけられないように、オートモードをセーブしたり解除したりして、うまく立ち回れってことなんだろう。
器用に立ち回れる自信はないけれど、相手の望む返事をする部分と意見を言う部分を使い分けて上手く立ち回れる方法があるなら行動の幅が広がるな、と俺が考え込んでいると、女神がこちらの反応を窺いながら話を続ける。
「また、この世界には、自分や相手の強さが大凡分かるステータス表記というものがあります。」
このようにして、と女神は何かを摘まむように親指と人差し指をくっつけた後に指を離して伸ばしながら手首を横に捻る。すると、親指と人差し指が直角になったところでステータス画面が現れた。
名前 セイラ アシタバ
種族 人間
称号 勇者(候補)
職業 剣士
称号の下に経験値や各種ステータスの項目があるが、今は全て”-”が表示されている。転移するまでは適用されないということなのだろう。
「ステータスは役に立つでしょうが、人は常に同じ強さが発揮できるものではありませんし、どんなに強くても急所に有効打を貰えば死んでしまいます。あくまで目安程度に考えて、過信しないようにしてください。
それに、他人のステータスは、基本的に相手の同意がないと見ることができないので、覚えておいてください。」
この辺りの説明については、俺も多少はゲームの知識があったので、女神様の説明をすんなりと受け容れることができた。
俺がだんだんと前向きな気持ちになってきたの見たのだろう、女神様は話題を変えた。
「それから……そうですね、あなたを呼び出した相手と魔王について少し説明をしましょうか。」
女神様は少し考えると、2人の男の顔を映し出した。
「こちらが、あなたを召喚させたアトルガイア王国の国王です。」
国王と説明された男は50歳絡みに見える、背は高そうだが小太りで目に険がある男だ。
こいつが元の世界にいた俺を殺して、自分の都合で利用しようとしているのか。自分がされたことにムカムカと腹が立ってくる。
「そして、こちらが魔王です。」
魔王と説明された男は年の頃は20歳過ぎくらいのすらりとした長身に見え、やや黒みを帯びた銀髪の頭部には黒を基調に紫がかって渦を巻くような大きな角が生えており、鼻筋が通り意志の強そうな切れ長の赤い眼に薄い唇をしたずいぶんな男前だった。
(ちぇ、魔王、モテそうな顔してやがるな。)
そう思っていると、女神様から説明があった。
「勇者という称号は、アトルガイア王国のみが与えることができる称号、魔王もガルテム王国の王のみが名乗ることができる固有の称号となっています。
実は今日、当代の勇者は魔王と結婚しました。魔王と契りを結んだ勇者はその資格を失います。
そのため、次の勇者候補が勇者に繰り上がるのを見越して、アトルガイア国王が次代勇者の体にあなたの幽体を召喚して意識をすげ替えようと考えたようです。」
今の勇者、何してくれてんだ。
イケメンの魔王が勇者にモテた結果の被害者が次代勇者と俺だった。
想像していなかったとばっちりに、イケメン滅ぶべしと思った俺はきっと悪くない。
「私達の世界のいざこざに巻き込んでしまって申し訳なく思いますが、先ほどお話したように、私は人のすることに干渉ができません。
どうか、あなたの人生が良いものでありますように。」
女神がそう言うと、周りの景色がぼやけていく。
俺は、あ、まだ聞きたいし助けてくれ、と思ったが、瞬く間に女神様は見えなくなり、俺は意識が薄れていった。