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1話


 帝都から遥か遠く離れた、辺境の村アースラヴは、遺跡から帰還したある冒険者一行にざわめいていた。人里としては扶桑地図上の最も北に位置するこの地は雪に覆われ非常に寒く、体温をいたずらに奪われるため村人が外で口を開くことは滅多にない。が、この時ばかりは皆一様にその口を開き一行を称えた。


『おい、あいつらって――』

『もしやあのマギリ迷宮を踏破してきた帰り……ってこたぁたった一日で到達したのか!?』

『そんなまさか! 殆ど無傷じゃないか!』

『いやあの人なら』

『この村にも来たばっかだってのに……!』

『流っ石、扶桑出身のSランク冒険者なだけはある! 彼の脇を固めるあの二人も~……』


――――――――――――――――



「……はぁ」


 また、何か噂されている。

 この村にも何日か前に来たばかりだというのに行く先々で俺の顔を見るやいなや周囲がざわめきだす。もううんざりするほど見てきた光景だが、人の目が苦手な俺は未だに慣れない。


 この地も潮時だろうか。


 俺は周りに悟られないよう溜め息を吐いた。

 吐息は白煙となって空にのぼろうとするも、ちらつく粉雪に打ち負け儚く霧散していく。

 

 気分もそうだが、体も重い。

 今の俺はいかにも冒険者らしい重たい装備と防寒具に身を包み、討ち取った迷宮のモンスターの一部を彼等(・・)と共にズルズル引きずってここまで帰還しているのだ。寒さも相まって体力は底をつきかけている。


 何故俺はこんなことをしているのだろう。


 ……遡ること数か月前。

 俺こと【吾藤(ゴトウ) (ミコト)】は日本で就職活動という荒波を前に立ち尽くすニートでギャンブル依存症で社会不適合者の男だった。が、どういう訳か――気付けば俺は【扶桑フソウ帝国】と呼ばれる国の首都、通称【帝都】にいた。現実逃避や自棄酒のあまりついに頭がおかしくなったのか、言葉は日本語そのまま通じるくせにそのファンタジーさたるや現代日本においてはあり得ないものばかりで見たことも聞いたこともない。【迷宮】というワードを聞いた時は酒焼けした喉から乾いた笑いしかでなかった。

 夢だろう、夢が覚めるまで待とう。と本気にはしていなかった俺だが、その夢はいつまでたっても覚めず、ようやく自分は間違いなく異なる世界に迷い混み、存在しているのだと気づいた。


 訳が分からなかったが非現実的な世界に身一つで放り出され少しは目が覚めた俺はとにかく野垂れ死にたくはないという思いで異世界で初めて就職を決め、あがいてみようとした。


 未経験でも歓迎。

 "冒険者"、俺の扶桑帝国での職業名である。


 今思うと、これがいけなかったのかもしれない。

 俺はそうこうしているうちに……あれよあれよというまにSランクという帝国最高峰らしい認定を受けてしまっていたのである。


 能力測定・開発器。

 奴らがそう呼んでいる機械がある。

 一見ただ白い長方形の箱。しかし蓋を開ければ謎の光線が内部に張り巡り、電極があちこちから飛び出し、ご丁寧に決して外へ出られぬよう拘束具まで付いている。

 俺が冒険者になりたいと告げると職員に誘導され、職業訓練のようなものかと後を付いていったところ、気づけばあのサイバネティック棺桶に叩き込まれていた。

 何が起きたのか、定かではない。あの後は記憶も曖昧で、まるで以前とは根本的に違う人種に変えられてしまったような感覚があった。肌にまとわりついてくる空気すら違和感を覚え、気味が悪かった。

 その上、フォーチュン?だか何だか連中はファンシーな名前を俺に付けて驚くやら喜ぶやら、とにかく二度と行きたくない場所だということだけは認識している。

 能力器の判定は結果はランクS。

 全く訳が分からなかった、そしてそれからがひどかった。


 仕事仕事仕事。仕事の山。

 帝国から、貴族から、帝国ギルド本部からの無茶ぶり、名ばかりのSランクの俺と必要以上に組みたがる有象無象の冒険者たちの群れ。積み重なり止まることを知らぬ問題事。


 初めて異世界で就職した俺は、そのSランクのせいで何もかもが嫌になりはじめていた。 


 俺はただ野垂れ死にたくなかった、この訳の分からぬ異世界でせめてもの居場所が見つけて、ついでにちょっと遊ぶとか、まあギャンブルとか……以前と変わらない生活をしたかっただけなのに。

 数日前のある夜。元々社会性など無いに等しかった俺は遂にストレスの限界を迎え、帝国や知り合いから頼まれた依頼もそれまでやむにやまれず築いた人間関係も何もかも放り投げて、誰にも報せず密かにほうほうのていで帝都を脱出したのだった。


 ……あの無理矢理押し付けられた依頼群は果たして今どうなっているだろう。キャンセル料溜まってたりなんかして。そうだ、特にあれなんて鬼畜帝直々の依頼だったからな。まあそもそもそんなものキャンセルできないか……。


 とまぁ、そういった諸々の理由で逃げ出した俺は、帰るに帰れず一人(・・)でこの世界を転々とする旅をはじめたはずだった。そう、はずだった。





「あらら、とっても僕ら目立ってますねぇミコトさん」

「ん、そうだな……」


 目立っちゃ困るんだけどな!

 この楽しそうに白い息をふわふわ吐きながら俺に話し掛けてくる銀髪で背の低い男の名はヴァルト。俺と同じくSランク冒険者で、今回の迷宮攻略では魔法専門の後衛担当をつとめた。帝都の冒険者組合で初めて出会った時はその鋭い眼光から「僕は、天才なんで……取るに足らない貴方方とは違います」みたいな冷たい態度取ってたくせに、いつの間にやら毒気も抜けてこんな馴れ馴れしくなっちゃってまぁ。

 なんか二つ名もあるくらい強い。


「私たちはあのマギリ迷宮を軽く踏破してきたのだから、当然だろう? なぁミコトさん」

「むっ」


 後ろから聞こえてくるのは凛々しい女の声。

 淡い金髪で、今は防寒ローブの下に隠れているが動きを阻害しない程度には軽く且つ強固の騎士然とした鎧を身に付ける彼女の名はブリギッテ。同じくSランクの近接専門として今回の迷宮で前衛をつとめた。こいつも初めの頃より随分態度が変わったような気がする。そのおかげで帝国での面倒事が相当増えていたが。

 こいつもなんか二つ名あるっぽいけど忘れた。


 それからこのヴァルトとは姉弟、らしい。本人たちはそれを決して口にしないしすこぶる仲が悪いから以前にギルドが寄越した前情報がなければきっと姉弟だと俺には解らなかっただろう。言われてみれば確かに雰囲気が似ているような似ていないような。シュネーライン家とかいうどっかの外国の名門跡継ぎを争っている、と調書にあったのでもしかしたらそこら辺に二人は確執があるのかもしれない。

 が、だからと言って俺の前で喧嘩するのは鬱陶しいからやめてくれ。


「大して役に立たなかった癖して偉そうに」

「お前の方こそ」


「ほらお前ら、もう少しでここのギルドに着くし喧嘩はやめろよ。さもなきゃ帰れ」

「うっ、はい…………(ブリギッテのせいだ)」

「すまない、止めよう…………(ヴァルトお前のせいだ)」


 こういう、素直なところはいいんだけどな。

 帝都にいたころに無理矢理組まされたパーティーの中にはもっとひどい冒険者がゴロゴロいたし、こいつら程度ならまだ可愛いものだと思える。Sランクだから戦闘面では頼りになるし、何だかんだ俺なんかより全然年下だ、無下に扱うのはほんの少し不憫な気もする――



 ――じ ゃ ね え わ!! 

 おまえらさあっ! 一体どうやって俺が帝都から逃げ出したことを掴んだんだよ!!

 しかも何故ついてくる、足つくだろうが! 帝国に帰れよ!!


 ……と。面と向かって言えないのが悔しい。

 だってこいつら名ばかりSランクの俺より断然強いんだもの。一般人とは単純な身体能力も【スキル】?とかいう超能力も何もかも違う。意を決して付いてくるなと拒絶しようとしてもこいつらの底冷えするような笑顔に何も切り出せなくなってしまうのも仕方のないことだ。


 正直はじめのうちはこいつらを帝国の追っ手かと思った。

 "Sランク"というものはそれだけで利用価値がある。Sランク保持者を自国に置いておけば軍事的、政治的に優位に立ったりアイコンとしても利用できるため、各国こぞって手元に置きたがるらしい。そういう訳で一応名ばかりではあるもののSランク保持者の俺も帝国から追っ手が差し向けられたのかと思った。

 いや実際、その疑いは今も晴れていない。が……本当のところこいつらが何を考えているのかは未だにわからない、というのが実情だ。俺の動きを逐一帝都へ報告しているのかとも怪しんだがしかしこいつらも、というか高ランクのやつは大抵問題児。帝国の為、組合の為、人の為に何かするというほど良心のあるやつはほとんどいない。するとこいつらは何の為に俺を追いかけてくるのか。……考えてみたものの俺の頭では答えが出せない。


 ということで、とにかくこきつかってみた。

 プライドの高いこいつらが俺なんかにこきつかわれたらすぐに嫌気が差してお家に帰るだろう、と画策をしてのことだ。今引きずっているいるモンスターの死骸も、この帝国極北の地までずるずるときたのもその一環だったわけである。

 ……来ちゃったよ。来るところまで。

 理解できない相手というのは何よりも恐ろしい。やはりこいつらはどうにか追っ払うべきだ。役には立つがその分目立っては意味が無い。


 そう心の中でぼやいているうちに俺達は冒険者ギルド支部の建物に着いていた。


 カランコロン……と耳心地の良い鈴がなる。



 この辺境の地アースラヴのギルドは帝都に比べるべくもないこじんまりとした辺境らしい規模なため、灯りに照らされた建物内は非常に混み合っている。

 今日の悪天候はともかく真っ昼間といっていいこの時間帯からもごろつきの様なみてくれの冒険者連中がザワザワ大勢たむろしていて、依頼が貼り出される掲示板の前を占拠していたり、建物内なのに携帯用のコンロで肉をジュワジュワ炙っていたり、仕事の前に酒をかっ食らって職員に怒られていたり、男達は受付嬢のお姉さんを口説こうとしていたりと各人思い思いの行動をしていた。


 俺が言うのも何だけどさぁ……働けよ、お前ら。


「あっ! ――お帰りなさいませ!」


 しつこい男を追い払って、俺達の帰還に気付いたのだろう受付嬢が喜色満面といった顔で迎えてくれる。もはやこの受付嬢の笑顔だけが各土地土地での俺の癒しだ。


「あぁ、ただいま……早速ですまないがコレの買い取りを頼む」

「かしこまりました!」


 パタパタと走っていく受付嬢の返答が大きかったからだろうか、混沌の様相を見せていた彼らの視線が一気に俺達へと向けられた気がする。

 また溜め息をつきそうになるも堪えて俺達は今回の獲物をえっちらおっちら検分台の上まで運び、ギルドの色良い返事を近くの椅子に座って待った。


 この旅を続けるためにも、何より金が必要だ。幸い帝都で稼いだ時の金がいくらか貯まってはいたがそれだけでは心許ない上こんな逃避行だ、金はいくらあっても十分ということはない。今では底を突いている。

 ある程度値がついてくれればいいな。


『あの素材はまさか!?』

『あ、あれは指定A級でマギリ迷宮きっての危険度を誇るあの!?』

『やっぱり……倒してくれたんだ!』


 まだだろうか。

 鑑定士早く来いよ。

 なんだか建物内が騒がしくなってきたし、早く帰りたいんだが。

 そう思っていると奥から眼鏡をかけた歳をとった白髪の人間が出てきてこちらに声をかけてきた。


「長らくお待たせ致しました。買い取りの御用で?」

「ああ、それだ」


 俺たちは立ち上がってこの老鑑定士に、台の上の獲物を指で指して見せる。


「ではでは拝見させていただ……むっ!? こ、これは

 あの"大天背蟲ビッグ・ワーム"の角!! それに甲殻ですかっ!?」


「ビッグワーム……? あー、うんビッグだったな」

「そうですか、そうですか……! ありがとうございます、これでこの村も救われました……!」

「(宿泊費、移動費、食費、ギャンブルの軍資金と等々と……いくらあっても足りないな)……んん……?」


 騒々しくなる連中を無視するために頭の中でそろばんを弾いていたら、目の前の老鑑定士が感激した風にこちらに頭をペコペコ下げている。


「え、いや……」

「ミコトさん。素直に感謝は受けとりましょうよ」

「私たちはそれだけのことをしたんだぞ!」


 そう言う二人は満更でもなさそうに胸を張っている。

 俺は何もせずぼーっと後ろに立ってただけで実質迷宮を攻略したのは二人だ。この馬鹿でかい虫の素材も何に使えるのか想像すらできなかったがこいつらが持っていけとうるさいから持ってきた。俺は『気持ち悪ィッ! 虫の部位なんて持ってきてんじゃねえ殺すぞ!』くらい罵倒されるのを覚悟していたが。


「そ、そうか。なら代わりといったら何だが買い取りに色をつけてくれたら嬉しいかなー……なんて」

「勿論ですとも! 今日はまっことめでたい日です!」


 なんだ、まあ喜ばれるならいいとしよう。

 などと考えていると周囲が煩くなってくる。


『やっぱりあいつら、本当に迷宮の主を討伐してくれたんだ!』

『やっとあのクソ忌々しい迷宮が攻略されたか……! 今日は祭りだぞ、おおい酒持ってこいや!』

『主を潰さない限りはどうしようもなかったからなぁ』

『この村にもついに救世主が……ありがたや、ありがたや』

『オイテメェら、立役者の胴上げすんべ!』


「いやっ、まだ鑑定結果いくらか聞いてない! 離せ、お前らはなせっ――」



 今回も俺は現状を素直に受け入れられず近付いたり離れたりの天井を力なく眺めた。


 全く、溜息をつきたい気分だった。

 全てがうまくいくせいで、俺の人生はうまくいっていない。



***



 ――扶桑帝国・冒険者組合総本部


「あのっ、ミコトさん居ますか!? どこですか!?」


 汗をかいた女が駆け込んでくる。

 ミコト、ミコト、ミコト。いつものことだ。彼が頼りにされるのは。

 ベテラン受付嬢であるゼダはいつもの如く冷静に対応をはじめた。面倒事の前で、間違っても眉根を寄せないように。ここは天下の総本部。


「さあ、どこなんでしょうね?」

「はああっ!? あの冗談は困りますっ、緊急事態なんです! 早く出して!! "運命を司る者(フォーチュナー)"を早く!」


 緊急事態という言葉で何度組合が振り回されたことか。

 ゼダは落ち着きを払い、もう何年も従っていたマニュアル通りの対応を心がける。

 彼女はもう何日も寝ていない。ひどいクマを化粧で何とか誤魔化して、今にも崩れ落ちそうな体に叱咤を入れて働かせている状態だった。

 しかし口に染み付いた台詞だけは決して留まること無くスラスラと流れる。どんな状態でも彼女はプロだ。


「そう言われましても……ミコトさんは現在行方知れずでして。私共も全力で捜索に当たっておりますし――」


 ゼダは目の前の女がとんでもない厄を持ってきている、そういう確信があった。

 「次の方」その台詞を早く口にするまであと、2工程。

 原因を伝えたら、改善策を提示、そしてどちらにせよお引取りを願う。


 そんなゼダに女はずいっ!と顔を寄せて食い気味に言い放った。


「――世界存続の危機なんですよっ!!?」


 ああ……とゼダは頭を抱えた。


「ほんっっとにもう……ミコトさんどこ行ったのよぉ……!?」


 まさか扶桑の極北に件の彼がいるとは思うまい。

 今日も彼女の残業が確定した。

不定期更新。ゆっくりしていってね!

↓広告の下にある☆☆☆☆☆良かったら一個でもいいので付けて星ィ

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