誰だ。 バレンタインなんて考えたのは!!
今日は朝から妙な感覚を感じていた。
何か心の中でソワソワとしたくすぐったい気持ちだ。 なんだか今日、この時に俺はいつもと違う日常を贈れるのではないかと、そう思った。
朝ご飯を食べて、学校に登校するといつもと違う感覚はより強く鮮明に感じ取れた。
なんだ・・一体今日は一体何だってっていうんだ!!
俺はそんな違和感を覚えながら靴箱を除いた。
おかしい。 何かがおかしいのだ。 本来なら、この靴箱に入っておかなければならない何かがあるはずなんだ。
・・・そう。 例えば隣のクラスにいる超絶美女のツンデレ生徒会長が照れ隠しの「ふん! べ、別にあんたの為に用意した訳じゃないんだからね!!」みたいな手紙が置かれてある箱状の物がそこにあるはずなのだ!!
『 いや、そんな都合よくあるわけないでしょ。 』
スマホを見ると、そんな返信が帰って来た。
『 現実を見なよ君。 そんな恋愛ハーレムラノベにありそうな展開があると思うかい? 』
続いて送られるメッセージに俺は口角だけを上げてスマホ画面を強く押しながら返信した。
「 いやいやいや。 もしかしたらだよ? も・し・か・し・た・ら!! 別に本気でそんな展開があるわけねぇじゃねぇか。 」
『 ふ~ん? その割には君が学校に登校している間のSNSの呟きには結構気にしているような内容があるけど? 』
「 ウグッ!? 」
メッセージには、今日俺がSNSで呟いたログの画面が添付されて送られてきた。
その内容は逐一にSNSに呟かれているもので、『下駄箱なし(泣)』『引き出しなし(泣)』『義理なし(泣)』『放課後にくれる人なし(泣)』と言った一言だけのものだ。
『 君、そんなにチョコが欲しかったの?(笑) 』
「うるせぇぇぇぇぇぇぇちくしょォォォおおおおおお!!??」
俺はスマホに向かって叫びながらクマが大泣きして叫んでいるスタンプを連続に送り付けてやった。
ここまで言えばわかると思えば今日は2月14日のバレンタインデーだ。
今や友チョコや家族チョコなどと言った親しくある人へ日頃の感謝を込めてチョコを贈るという風習がある。 他にも、それほど親しくはないが話したことがあったり友人の友人であったりクラスメイトの1人であったりして義理チョコと呼ばれる物もある。
そんなただ人にチョコを渡すだけの行為に1つジンクスとも呼ばれる風習がある。
それが好きな人へ思いを伝えるという物だ。
まだ片思いで相手に気持ちを伝えられない女子が勇気を振り絞って手作りして告白する日であり、すでに付き合っているカップルが彼氏にチョコを贈る日でもある。
誰だ。 バレンタインなんて考えたのは。 今すぐここに顔を出して土下座しろコンチクショー。
『 まぁまぁ(笑) 君がチョコを貰えないなんてずっと昔からじゃないか(笑) 今さら悲しむ必要なんてないだろ?(笑) 』
「 よ~し分かった。 喧嘩だ!! 」
『 おぉ~怖い・・・モテない男は短気で困る(笑) 』
・・こいつ。 いつか絶対に泣かしてやる。
かなりフレンドリーにメッセージをやり取りしている俺達ではあるが、実はまだ1度も直接あった事がない。
3年前、暇つぶしに初めて見たSNSでメッセージ越しで出会い、趣味や会話が気が合い今迄ずっとほぼ毎日こんな日常的なメッセージのやり取りをしている。 今日学校であった事。 クラスメイト達とくだらない話をした事。 そんな何処にでもある普通のメッセージだ。
1度くらいこいつと会ってみたいと思うが、どうやら向こうの両親は厳しい人らしく、学校から帰り道の寄り道も禁止でさらには高校生でありながら17時は家に帰らないといけないという超ハードなルールがあるという。
住んでる場所も俺の近所からは離れているらしく中々会えそうにないという。
―――まったく。 そこまで厳しい家だというと、こいつかなりのお坊ちゃまだな。
「 そういうお前こそ。 今年はどうだったんだよ。 」
返信されたメッセージは画像だけが添付されていて、中身は机の上に大きい紙袋に一杯入ったチョコレートの山の写真が送られてきた。
『 ん? なんか言った? 』
「 ナゼダ・・お前と俺は同じ人間だろう。 ナゼそこまでの差があるというのだ。 」
『 顔じゃないかな? 』
「 おや~? ナチュラルに自分がイケメンだと自慢してきたぞぉ~?? 」
『 え? 何? もしかして顔見たい? 』
「 いいえ。 イケメンだったらショックが大きいので結構です。 」
『 気にしなくてもいいのに(笑) 君も十分カッコイイヨ('ω')ノ 』
「 そんな心の籠ってない同情なんていらない!!?(/ω\) 」
そんな他愛もないメッセージのやり取りをしていると気が付けば時刻は午後22時を回っていた。
『 それじゃあ今からお風呂に入るからそろそろメッセージ終わるよ。 』
「 オ~了解。 また明日な~。 」
最後にクマが寝間着で布団の中に入ろうとしているスタンプを送信して、俺はスマホを勉強机の上に置いた。 体を椅子の背もたれに重心を預けて力一杯に背筋を伸ばす。
実の所、さっきまでメッセージをやり取りいていた相手とは会ったことも無ければ名前も知らない。
SNSのアカウントには晴天の空の写真が貼られており、アカウント名もそれに因んでか【ソラ】とだけしか書かれていなかった。 SNSに呟かれている内容もほとんど天気の事ばかりで「今日はいい天気だった。」「今日は雨だった。」とかそんな物ばかりだ。
そんな奴となんでメッセージのやり取りをするようになったかというと、俺が偶々《たまたま》適当に呟いた内容にソラが反応した事だった。
その呟きと言うのが俺がはまっているアニメが兎に角面白いという話だ。 別に反応がある事を期待したわけじゃない。 ただ折角始めたのに何も呟かないのはもったいないと思ったから適当に思いついたものを呟いただけだ。 しかし、そんな呟きをすると一件の反応があった。
『 それってそんなに面白いんですか? 』
当時、ソラも友人に勧められ何となくSNSを始めたばかりだったらしい。 そんな時、偶々《たまたま》俺の呟きを見て興味を持ったという事だ。
それから俺達は何が好きで、どんな趣味を持っていて、どんな日常を過ごしているのか少しずつメッセージを通して知っていき、気が付けば3年間もこのやり取りは続いていた。
我ながら凄いと思う。 だって普通1度もあった事のない顔も本名も知らない相手と3年間に渡ってメッセージのやり取りをするなんてありえなくない?
ただ・・まぁ、これだけ続くのもソラとは気が合う友達なんだと会った事がなくても何となく理解できてしまっているからだろう。
「さてと、俺も風呂に入ろうっかな!・・・って、ん? ソラからまたメッセージ?」
どうせ俺と同じように寝ようとしている何らかのキャラのスタンプだろうと思いながらSNSを開くと、俺は頭を斜めにした。
『 最後に言い忘れてた。 君はバレンタインに女子が男子に渡す方法が下駄箱とか引き出しとか手渡しとか思っているらしいけど、実はまだ他にもあると思うけど? よく考えてみたら? 』
そして今度こそ最後に猫が寝間着で寝ようとしているスタンプを贈られてメッセージは終わっていた。
「え~なにこれ。 お前は他にもチョコを貰えるシチュエーションがあるというのか? けしからん。 羨ましいぞこの野郎。」
いつも通り、俺をからかってのメッセージだと受け取り俺は気にせず風呂場へ向かおうと椅子から立ち上がると机の上に置いてあった学生鞄が腕に当たり足の小指に直撃した。
「イッタッ!! な、なんだ?!」
しかし、学生鞄が落下して直撃したにしても何やら角ッポイ物が入っているのか予想の倍の痛みが小指を襲う。 俺は涙目になりながら小指を押さえ鞄の中身を確認する。
通常、俺の鞄の中身はノートぐらいで教科書などは学校に置いてきているのだ。 ノートにしては当たった感覚があまりにも尖り過ぎている。 俺は他に何を入れたのか考えながら鞄を探ると、手の平サイスの箱状の物が出て来た。
綺麗にラッピングされており、それは何処からどう見てもバレンタインに相応しいチョコレートが入った箱だった。
「・・・・・・・・・。」
よし。 ソラにメッセージを贈ろう。
◇ ◇ ◇ ◇
今日は2月14日の世間で言うバレンタインデー。
学校ではまだかまだかと女子にチョコを貰えないかソワソワしている男子達が落ち着かない様子で席を離れたり座ったりを繰り返している。
「あ、あの!!」
そんな空気の中、背後から女子の1人が緊張した声で話しかけて来た。
「え?」
「こ、これ! チョコレートです! どうか受け取ってください!!」
「あ~・・えっと。 うん。 嬉しいよ。 ありがとう!」
「!!?」
チョコレートを受け取ると女子は嬉しそうな満面の笑みを浮かべて様子を見守っていた友人グループの元へ走って行ってしまった。
「はぁ~・・・。 相変わらず凄いね~青空。 今年も朝から凄い量のチョコレートだ。」
隣で友人が苦笑した表情で手に持っている紙袋に入ったチョコを見る。
「やっぱりイケメンは違うねぇ~。 この量を見ればあんたがどれだけモテモテなのか嫌でも分かるわ。」
「アハハ。 嬉しいのは嬉しいんだけどね。 でも・・やっぱり女である以上は何だか複雑な感情だよ。」
私は昔から中性的な顔立ちであるせいか、よく女子から好意を持たれる事が多い。
嬉しいのは嬉しいのだが、やはり一応私も女子である為、こういう日に女子から綺麗にラッピングされたチョコを貰うと周りからの男子の目線が痛い。
「随分贅沢な悩みねぇ~。 でもそうね。 もしもその悩み事を無くしたいならいい方法があるわよ?」
「え? どんな?」
「アンタが男子にチョコを渡せばいいのよ。」
「!?!?」
友人は私の顔が真っ赤になるのを確認すると悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべる。
「まぁ頑張んなさい。 今日こそ渡すんでしょ? 彼に。」
友人が親指でさした方向には席を離れては教室を出てまた入って席に座り引き出しの中を何度も確認してる男子生徒だ。
第三者から見ればかなり変質者である。
「・・・あれの何処がいいの?」
「あははは。」
友人の指摘に私はただ笑う事しかできなかった。
確かに彼は何処にでもいる平凡な男の子で特にこれと言ってかっこいい所はない。 なんなら顔だけなら私の方がイケメンだ。
だけど、私にとって彼はとてもかけがいのない人だ。
昔、私は幼少の頃からよく男の子として見られてきた。 普段着ている服装も男の子用ばかりで遊ぶにしても周りは男の子が多かった。
ある日、姉がいつも着ているような服に興味を持ち白いワンピースを着ていつも遊んでいる男友達に会った時だ。 その男の子達は私を見て笑いながら似合わないと言ったのだ。 私は恥ずかしさのあまりその場から逃げ出して川の橋の下で1人で泣いた。
分かっていたのだ。 私みたいに男に見られる女がこんな可愛いワンピースが似合わない事なんて。
しかし、その時に彼は現れた。 虫取り網を片手に持ち不思議そうな目で私の事を見ながら話しかけて来た。
『どうして泣いてるんだ? 折角可愛いのにもったいないぞ?』
ただそ一言。 それだけで私の心は彼に夢中になってしまったのだ。
「まぁアンタが選んだんだから変?な男じゃないんだろうけど。 何なら私があの男子呼んできてあげようか?」
「えっ!? そ、それはダメ!!」
「? なんで?」
彼女は去年から1年生でこの学校の生徒会長を務めている。 先生や先輩方からの人望が厚いのは確かであるが、1番人気なのは彼女がもの凄く美人である事だ。 スタイルよし。 しかも文武両道となればどこのラノベヒロインだと思うほど、完璧な存在である。
そんな彼女に今日という日に声をかけられ呼ばれれば、彼は浮足立った状態でついてくるだろう。
あれ、なんだろう。 想像しただけでマヌケな顔をした彼がムカついてきた。
「と、とりあえず! ダメなものはダメなの!!」
「ふ~ん・・まぁあんたが言うなら別にいいけど、でもほら。 そうこうしてるうちにあの男子どっか行くわよ?」
「え? 何処に?! まさかチョコを貰いに!!」
「あっ、トイレに入っていった。」
友人はまた面白そうに笑みを浮かべながら私を見る。
絶対にからかってるだけでしょ!!
私は頬を膨らませて彼がいなくなった教室に身を潜めて入り周りを気にしながらすぐに友人の元へ戻った。
「え~? そんな所に入れても気づかないわよ普通。」
「いいの! 気づかなかったら後で教えればいいだけ!」
「? どうやって? アンタあの男子とまともに会話した事あったっけ?」
「・・・ふふっ! 内緒!」
私はそのまま友人を置いて隣の自分の教室に戻った。 友人はまだ納得していないようだったが、実はここ3年ほど私は彼とよく会話をしている。
直接声を通しての会話はまともにした事がないが、それでも私は3年も彼と他愛もない会話をしているのだ。
まだ、彼には本来の私を伝えてはいないが、この気持ちだけは今日何とか伝えられた。 直接ではないが後でメッセージで鞄の中を見るように仕向けてみよう。
誰だ。 バレンタインなんて考えたのは!!
ただチョコを渡せば気持ちを伝えられるなて、なんて素敵な日なのだろう!