目覚めれば美少女。だけど不安しかない。
ふと目が覚めた。
頭や体が重たいと感じつつ起き上がる。私はベッドの上で寝ていたようで、ぼんやりしながら辺りを見回す。やたら大きなベッドはふかふかでシーツの肌触りがいい。高級ホテルみたいな部屋だ。
ぼんやりしていた意識は次第にはっきりしていき、私が先程と言っていいのかわからないけど、神の御使いと話していた事を思い出した。それと同時に別の記憶も。
「いた、いた、いたたたたっ!」
二人分の記憶が一気に襲いかかり頭がパンクしそうなぐらい痛い。頭を抱えて唸っていると、部屋の向こうからノックの音と誰かの声がした。
「お嬢様? 如何なされましたか?」
痛みが収まり深呼吸すると、返事をしなかった私を心配してか、声の主が部屋に入って来た。格好からしてメイド。ひとつお団子頭にした大人しそうなメイドさんは、落ち着いて来た記憶の中にいた。そして思い出す。今世での私の事を。
プリシティア・クローツ。中流貴族の一人娘。両親は遅くに生まれた娘が可愛くて溺愛。見た目も妖精のようだと評判だけど、ちょっと勉強とダンスが苦手。て、何処のヒロインだ。来月から貴族学校に行く為に、目の前にいるメイドさんと準備中。
このメイドさんの名前はエリー。幼い頃から私に使えてくれた苦労人。記憶の中の私はよく我が儘を言ってはエリーを困らせていた。
「おはようエリー……大丈夫よ、ちょっと怖い夢を見たの」
うわ、めっちゃ高くて可愛い声!? 本当に私の喉から出たのこれ?
「大丈夫でしょうか? 御気分優れないようでしたらお医者様をお呼びした方が……」
「あ、全然大丈夫だから気にしないで」
「え……はぁ」
頭痛はすっかりなくなって、お腹が空いてきた。朝食の用意がもうすぐ出来るそうで、着替えて待つ事に。ベッドから降りる時に気付いた。今の私、めっちゃ手足細い。色白だし、髪金髪のふわふわパーマだし。もしかして美少女とか?
ドキドキしながら鏡の前に立つと、驚きのあまり一瞬息が止まった。
鏡に映る私は華奢な小柄体型で、金髪というよりピンクゴールドっぽい感じのふわふわパーマ。柔らかいのなんの。目はぱっちり大きくまつ毛長っ。綺麗な海のような青色の瞳、鼻筋も綺麗で唇は可愛らしいピンク色。
なにこれぇぇええええっ!??
こんな美少女見たことないんですけどぉおおお!!?
フランス人形ってこんな感じなのかな? こんなに可愛くてあんな可愛い声が出るなんて完璧か。両親が溺愛したくなるのもわかる! ありがとうございます神の御使いさーん!
あ、でも中身が私になってしまって、残念になってしまったかも。多少我が儘でも可愛らしい女の子の方が合ってるよね。うん、私には無理だ。でも可愛い容姿になれるのは嬉しいからあまり下品な事はしないようにしよう。
「……お嬢様?」
興奮ぎみになる私を、エリーは戸惑いながら見ていた。ヤバい、自分の姿を鏡で見て興奮するなんてただの怪しい人。咳払いをして何でもないと答えると、心配そうにするも追及はして来なかった。危ない危ない。
クローゼットを開け、今日はどの服にするのかと聞かれるけど、はっきり言って私の趣味じゃなかった。フリフリヒラヒラのワンピースとか何処に着てくの? 仮装か。この服が貴族としての身だしなみなのなら、メンタル鍛えなきゃいけないのでは……
明るい色ばかりの衣装の中に、ひっそりと隅っこに真っ白なワンピースがあった。レースがふんだんに使われているけど、これがまだマシだと思う。
「これにする」
「こちらで、ございますか? よろしいので?」
なんで戸惑うのかわからないけど、そのワンピースがいいと言うと着替えさせようとする。着替えの手伝いとかいらない。いやもう絶対いらない。どんな羞恥プレイだ。
「一人でやるからいいです」
「え、しかし……」
さらに困惑した表情を見せる。困らせているというのがわかっていても、簡単には受け入れられないよ。しかし頑固なエリーは決して譲らない。どんなに頼んでも頷いてはくれなかった。身の回りのお世話もメイドの仕事だもんね。
渋々手伝ってもらうと、プリシティアとしての記憶があるからか、それほど恥ずかしくはなかった。エリーの着替えさせる早さのおかげかもしれない。
朝の支度を整え、朝食を食べる為に移動。廊下には高そうな美術品が並び(価値は全くわからないが)、通りすがりのメイドや執事が丁寧に頭を下げてくる。思わず頭を下げ返したくなるが我慢。貴族とし生きるって庶民には大変だ。
「おはようプティ。あら、今日は清楚な格好なのね。素敵よ」
「おはよう私の可愛いプティ。いつもの服も可愛いが、その服も似合っているね。プティは何を着ても似合うな」
食堂では既に両親がいた。記憶がある為、きちんと両親だと認識出来る。朝から誉め言葉でいっぱいで気恥ずかしいけど、褒められるのは誰だって嬉しいから素直に喜ぶ。
「おはようございます、お父様お母様。そんなに褒められると照れるわ」
「ああ、なんて可愛いんだ。春の妖精のようだ。いや、妖精より可愛いよプティは」
「そうね、プティは私達の天使。微笑むだけで周りに花が咲いたように華やかになるわ」
もうご馳走さましたい。
褒めすぎだよ! どう返事すればいいのか困るわ。
苦笑いしつつ朝食を取る。色とりどりの野菜やフルーツが食卓を彩り、食欲がそそりおいしくご飯を食べていると、お母様が驚いたような表情で見ていた。
「プティ……あなたお野菜食べられるようになったの?」
その一言で思い出す。
プリシティアは偏食だ。甘いものやお肉を好み、野菜や魚は食べない。お皿に出されるけど、殆ど手を付けずシェフ泣かせだったはず。だけど前世の私は好き嫌いがなかった。元々食べる事は大好きで、部活の為に健康にも気を使っていたのだ。
記憶が戻った今の私は、どちらかと言えば前世の記憶が強い。その為野菜は食べるし、魚は大好物だ。だけどそれを知らない両親は、いきなり嫌いだった野菜を食べ始めたのだからそりゃ驚きもするはずで。
「えーと……美容の為に、食べようかなーなんて、ははは……」
「まあっ! なんてえらいのかしら! そうね、美容の為にはお野菜や果物は食べないとね。今のままでも十分可愛いのに、えらいわプティ」
「はは、そんなに可愛くなってどうするんだい? 食べられる事はえらいが、無理をしてはいけないよ。嫌いなら食べなくていいのだからね」
甘過ぎじゃないかお父様。もう十六歳になるのに好き嫌い許すとか。でも何とか上手く交わす事が出来てよかった。
「あら、でも美容は大事よあなた。来週には学園での生活が始まるのですもの。プティは可愛いからお相手には困らないけど、綺麗になる事に損はないもの」
「うーむ。だからこそ心配なのだよ。プティの可愛さに悪い虫が寄って来ないか心配なんだ。それに、そんなに急いで婚約者を探さなくてもいいと思うしね」
この世界の貴族は、十六歳から十八歳までの二年間学園に通わなければならない。学業や社交を学ぶだけじゃなく、婚約者を見つけるのも貴族として大事な事らしい。
ははは。彼氏いた事ないのに、いきなり婚約者とかハードルたかっ。でも私の人生は誰にも愛されず孤独死なはずだから、それほど気にする事はないかな。あ、でも行き遅れて変なおっさんの所に嫁ぐのは避けたい。
そんな事を考えてい矢先、私の脳裏にある言葉が響いた。
《私、王子様と結婚したいわ!》
は?
《私、王子様と結婚したいわ!》
《私、王子様と結婚したいわ!》
え、なにこれ?
ずっと頭の中でプリシティアの声で聞こえるんですけど?? こわっ!
繰り返し浮かび上がるその言葉。困惑していると徐々にその声は大きくなり、次第に頭が痛くなってきた。マジでなにこれ!?
『必ず行わなければならない行動や、仕草、発言は必ず行って下さい』
『回避は不可能であり、もし拒否しようならば激しい痛みがあなたを襲います』
そういえば神の御使いが言ってたような。必ず言わなきゃいけない発言って、この頭の中に響いてる台詞の事? これを言えば痛みは消える訳?
考えてる間にどんどん頭痛は酷くなるばかり。
ちょ、マジで痛い! 頭割れそう!
『下手をすれば死にますねぇ』
冗談じゃないぃぃっ!!?
「私!」
「「プティッ!?」」
思わず立ち上がり、両親だけじゃなくメイドや執事達からも視線を集める。
「私、王子様と結婚したいわ!」
そう叫んだ瞬間、嘘のように頭痛が消えた。同時に頭の中で響いてた声も。私の考えは間違ってはいなかった。いなかったけどもっ!
「まあまあ! 王子様と結婚したいだなんて可愛いわね。昔からの夢だったものね、王子との結婚は」
「王子との結婚かぁ。王太子に嫁ぐとなるとこの家を出なければならないから、出来れば他の王子がいいな」
「まあ、あなたったら」
クスクスと笑うお母様の声。溺愛する娘を嫁に出したくはないと不機嫌になるお父様。和やかな空気の中で、私の心の中は穏やかじゃない。全然穏やかじゃない。
毎回強制的な発言がある度にこの痛みがあるわけ? 聞いてたけど想像よりずっと痛かったんですけど。
この先どんな強制的な事をさせられるのかと思うと、おいしかった朝食が味をなくしていく。果たして、無事生き抜く事が出来るのだろうか。不安は強まるばかりだった。